136話
「ただいま~……ん? 今日は居ないのか、伯父さん……はぁ~――」
現在の時刻は午前六時。
どうせ今日も勝手に上がり込んでるんだろうし、なんてタカを括って(?)たのを勝手に裏切られたような気分になって若干気落ちしつつも、真っ黒い画面のまんまなテレビに映る自分の姿へ背を向けつつソファーに寝そべる。
ちなみに、手洗いうがい代わりに帰宅時の習慣となっている干渉・空間複合魔法『全身丸洗い』のおかげで、風呂も洗濯も無しにピッカピカの制服姿なまんまです。
いや~、身体や服の汚れだけじゃなくシワまで伸ばせるくらい精密に使えるようになったおかげで益々便利ですよ、干渉魔法。着た切り雀、ココに極まれり、ってね。
ま、その新品ピカピカ制服が今まさにソファーの上で台無しになってるワケだけれども。
って、そんなコトはどうでも良い。
問題なのは、『同じ時間に此処に来る。絶対にお前を諦めたりはしない』なんて格好良く言い放ってた伯父さんが、何故か今この場に居ないコトだ。
コレが単なる寝坊とかだってんならまだ良い――どころか、ずっと健全だ。
なにせオレが現れてからコッチ、特理共は恐らくてんやわんやだろうからね。
日常的に魔法を使ってはソナーと称して魔力を撒き散らし、放課後になれば朝までデビルシルエットなドラゴニュートコスでお出かけしては三桁にも上る産廃ゴミ共が出来上がって、ソレを収容するベッド確保の為に一つの病院で入院患者が丸ごと完治……
こんなマネし続けてるヤツが野放しなんだから、ソレをドゲンカセントな特理共はきっと夜も昼も無く働き詰めだろーよ。
……ホント、忙しくしちゃってゴメンね伯父さん。
うん、まあ、だから、『最近忙し過ぎて寝坊しちまったよあっはっは』ってんなら、平謝りからの『昨日は嘗めたコト言ってスンマそん。お願いですからお宅に住まわせてつかーさい(お目々ウルウル)』だって吝かじゃあないんだけれどもね。
……いやいやあはは。
「……来てくれなきゃ、何も伝えられないじゃんか」
柔らかい座面に突っ伏しながら思わず溜息を吐いちゃってるワケだけれども、その自分のセリフを聞いてハタと我に返った。
そう、昨日アレだけ頑なに断っておいて、勝手に方向転換して『やっぱり住まわせて☆』なんて宣おうとしてやがるオレの分際で『訪問を待つ』だなんて一体何様のつもりだ? ってね。
三国志の――なんだっけ?
三顧の礼だっけ?
『コッチから頼み事するんなら、自分から出向いてキッチリ頭下げやがれ』的なのがあったっしょ?
しかもソレって『コッチ=目上』の場合でもって話だったよね?
なら、オレみたいな魔物は猶更でしょ。
そんなワケで、パッと跳ね起きたオレちゃんは早速とばかりに、干渉魔法併用で『伯父さんが居る座標の近くに在るスペース』を検索、出現位置設定した転移を発動――させようとした一歩手前で何とか踏み止まった。
いやさ、ココで跳んじゃったとして『じゃあ転移先は具体的にはドコ?』って問題に気付いたんスよ。
いや~気付けて良かった。
だって、ねえ。
コレで跳んだ先が伯父さんと伯母さんの寝室だったとしたら、伯父さんはともかく伯母さんは確実にビックリするでしょ。
僕が突然瞬間移動なんてぶちかましたりしたらさ。
……いや、待てよ。
伯父さんは僕を引き取ろうって言ってんじゃんね。
なら、伯父さんが伯母さんや光咲に話してるって可能性も……?
まあ、でもそんなの現時点じゃ分かんないし、話してなかった場合が厄介過ぎるから、ココはいったん落ち着こうか、うん。
そうそう、ココは一つあの月でのリモート授業の時みたく中継カメラ宜しく行先の状況を覗ける門を作りまして、ソコから状況把握をば――と、光だけコチラ側へ向けての一方通行的に通過許可出した門を眼球前にセットした瞬間、
「…………は?」
疑問が脳内を埋め尽くした。
と同時に、停止した頭を置き去りに身体の方は迅速に動いてた。
さっき発動途中で止めていた『伯父さんのトコ』までを目標とした転移を瞬間的に発動させ、その留置所の中のような薄暗い牢屋の中に到着すると同時に、壁際の固そうなベッドの上で血塗れのまま寝かされてる伯父さんへと駆け寄る。
「お――、おじ伯父さんッ!? なん、どう、……どうしてぇッ!??!!!」
ワケが分からない。
意味が分からない。
目の前のコトが信じられない。
酷い悪夢があったモンだ。
さっき一瞬でも想像した自分を封殺したってのに、これじゃああんまりだ。
でも、もともと巨漢ってコトを差し引いて余りある僕側の魔力強化された腕越しに伝わるグッタリと重たい感触も、窓の無い牢屋の中を席巻する鉄錆の臭いも、何の否定もしようが無いほどに現実だった。
どれほど殴られたのか、元々厳めしかった顔は酷い腫れの所為で下手クソな福笑いみたく歪まされていて、血臭を辿った先にある手先足先はニ十本全てが削り取られた上で一応の処置として赤黒く濡れた包帯が巻かれてる。
「――伯父さん! 伯父さんッ!! ダメだ、ダメだッ、ダメだッ!! ああそんな――」
唯一の救いは、最悪なまでに弱っていても確かに呼吸音が聞こえていたコトだけ。
この惨状で、ソレがどれだけ足しになるかは分からないけど……普通なら。
「――あああッ違うッ!! そうじゃねえだろ黒宮辰巳ッ!!」
動揺がワケも分からずベラベラと口を動かしてたけれど、伯父さんのそのか細い息のおかげで目が覚めた。
勝手に出てきた叱咤は無視。
見据えるべきは伯父さんを苦しめる傷共。
このゴミ以下のクズ存在を消し飛ばす。
そうすれば、伯父さんが苦しむコトも無くなる。
そんな滅茶苦茶を押し通せるだけの力があるんだから、今振るわずしてどうするってんだッ!!
とは言え、ソレがどれほど無価値で無意味で不要な存在であったとしても、『伯父さんの~』と冠が付く以上は生半可な干渉力じゃあ撥ね退けられない。
未だに父さんや母さんや兄さんを呼び戻せないのと同じ理由だね。
まあ、今回は『死』とか『致命傷』とかってほどに大きくは無い――僕の主観的にだけど――から、決して届かないほどじゃないだろうけど……
ココは万全を期すべきか。
「待っててよ、伯父さん。すぐ楽にするから」
聞き手によっては処刑通告か介錯でもするつもりみたく聞こえるだろう言葉を吐きながら、重い身体を丁寧かつ迅速に横たえると、一歩跳び退きながら左の掌から現出する地金剥き出しの柄を握る。
そうして、干渉魔法の常時発動をしながら抜刀。
刃を黒炎の鞘に納めた小太刀『骨』を抜き放ち、改めて標的を見据え――変身。
黒鱗に覆われた筋肉と、窮屈な柄を両手で握りしめた『骨』へ全身全霊の魔力を叩き込みつつ――主観干渉、発動。
全身を余すコトなく連動させた渾身の一振りを以って干渉力とし、主観干渉による『存在の否定』が黒炎となって伯父さんの全身を覆った。
そして、
「――ほぁ~……良かったぁ~、助かった、助けられた……」
希望を蹂躙するように広がっていた血の臭いが消えた独房のベッド、その上で昨日と変わりない伯父さんの姿がソコに在った。
手足の指は全て揃っていて、潰れた鼻も腫れ上がった頬も砕けた顎も全部元通り……
はぁ~、本当に良かった……
だけど、僕の方はもう変身体も維持できなくなって、見っとも無くヘナヘナと力が抜けた足腰に活を入れる気力も無い。
まあ、そんな状況でも、伯父さんの無事な姿が見られたその安堵でどうにか魔力は回復しつつはあるけども……
さて、この落とし前はどうしてくれようかね?
スッと上げた視線の先、独房の天井に設置された監視カメラの画面越しにこの状況を覗き見てるであろう特理共を思うと、まだまだ魔力が沸き上がってきちゃうんだぜ☆