132話
瞬間、僕の脳裏を過ったのはあの情景だ。
キューブに収まった過去の中で、僕を見る父さんと母さん――そして、泣き喚く赤ちゃんだった頃の兄さん……
いや、父さんと母さんと兄さんがコイツらゴミと同じなワケが無い。
同じなワケが無いのだけれど……
向けられる視線に宿る恐怖はとても良く似ている。
そこで、ふと唐突に悟った。
魔物は――魔物は、この人間社会に於いて父さんと母さんと兄さんのような一握りの偉人は元より、毎夜処分し続けてきた連中やコイツらのような魔物紛いのゴミ共にも劣る存在でしかないのだと。
……いや、まあ、最初から分かっていたコトではあるんだよ。
自分が父さんや母さんや兄さんの前に、いつぞやの女子さんなんかを始めとした哀れなる被害者、その予備軍である有象無象の一般人すら下回る程度の下等存在だってコトはさ。
ただ、毎夜見掛けるゴミ共をも下回るほどだったのかとは思ってなかったんだよ。
だってさ、毎晩毎晩見掛ける連中ときたら魔物とそっくりそのままにゲラゲラと嗤いながら人様を簡単に踏み躙れるヤツしか居ないんだから、必然『オレも魔物だけど、コイツらよりはマシ』って思っちゃうのはしょーが無いじゃん。
でも、違った。
魔物は魔物である時点で、偉人にとっても一般人にとってもゴミ共にとっても脅威以外の何者でもなく、ただ存在するだけで人の世を損なう存在でしかない。
なら、その人の世が生み出した概念である『存在価値』って判断基準に照らし合わせれば、人――偉人も一般人もゴミ共も包括した『人間』全てを脅かす魔物が最底辺の扱いになるのは当然だ。
ソレを弁えもせず、今日まで人間社会に紛れてのうのうと息をし続けてきた恥知らずが今の僕ってワケだ。
……ハハ、ハハハ。
そう考えると笑えて来るな。
今迄一体全体何を迷っていたのやら。
そう、今の今まで、ずっと頭の片隅で考えてたんだよ。
伯父さんの誘いをどう断るべきか、女子さんの感謝をどう受け取るべきか、ってさ。
今分かったよ。
迷う必要なんか無かったんだってね。
だってそうでしょ。
魔物な僕には、人より優先して行使できる権利も自由も無いんだから。
なら、そんな身で――この人の世に居させてもらってるだけの卑しい魔物の身でどう振舞えば良いのかなんて考えるまでもない。
簡単だ、向けられたものをそのまま返せば良い。
善意には善意を、感謝には感謝を、思いやりには思いやりを。
そして――悪意には悪意を。
それこそ、光を映し返す鏡のように。
或いは、与えられた命令の通りに寸分違わず動作するロボットのように。
え?
『いや、それじゃ魔物が人間を踏み躙る構図は変わらねえじゃねえか』?
『最底辺だってんなら、人間様に絶対服従してろよ魔物』?
ハハハ、いやいやいや。
確かに魔物は無価値だけど、だからってゴミ共のやりたい放題が放置されていいワケが無いじゃん。
ソレに、昔はゴミ掃除みたいな汚れ仕事はカースト最下層の仕事だったって言うし、うってつけだね。
だからまあ、伯父さんの心遣いも女子さんの感謝も、無駄な思考なんて挟まずにそのまま笑顔で受け入れれば良かったんだ。
伯父さんも女子さんも受け取って欲しいからこそ、ワザワザ僕なんかの為に時間や手間を割いてくれたんだから。
グダグダと自分の立ち位置なんかに悩んで躊躇ってるヒマなんか無いんだから。
そして――目の前のコイツらにも。
「プッ、クク……ハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
ああ、心が軽い。
軽過ぎてついつい笑っちまったよゴミ共め。
はてさて、どうしてくれようか――の前に、迷いを払ってくれた礼でも言うべきかな。
「いやはやまったく、バケモノ、バケモノか……まったくもってその通りだよゴミ共」
未だ湧き上がる笑いを含みながらそう言うと、ゴミABCDもまた未だ怯えたような目つきをしてたけれども、それでも多少は息も意気も整ったのか、
「……ハッ、どうしたよムッツリ野郎? 今日は口利けたんだな」
「そうそう、いっつも黙って俯いてるだけだってのによ」
「そのクセ、キレると馬鹿みてえに手ぇ出してきやがって……」
「まさに陰キャの典型だな、出涸らしのクズめ」
なんて、口々に噛み付いて来やがった。
ま、まだ尻餅つきっぱだけどね、プププ。
あ、立った。
にしてもD、別に僕の魔物呼びなんて知らねえだろうに、さっきのバケモノ発言と良い、中々に気が合いそうだ。
寸分たりとも嬉しくねえけど。
「おやおや、酷い謂れようだな。ま、オレが陰キャだろうがクズだろうが、テメエらがゴミでしかねえって事実は覆らねえワケだが、結局テメエら何の用だ?」
そうそう、グダグダ考え事ばっかしてて忘れそうだったけど、コイツらそもそも突然話しかけてきて未だに用向きについて喋ってないんだよね。
アレか、ただ喋りたかっただけ的な?
かまってちゃんなのかね?
「ハ? チョーシ乗んな出涸らし陰キャが。こっちの質問が先だったろーが」
「そうそう、パパとママはドコでちゅか~? 黒宮ちゃ~ん?」
「ま、どうせ今頃はマグロ回収で警察署の霊安室にでも放置だろ」
「ハハ、モンペ夫婦のたたきとか、それこそ犬も喰わねえだろうよ」
う~ん、中々に元気だね。
元気過ぎて今すぐにでも黙らせたいけど、流石に被害者が魔物の僕だけな現状でソレやっちゃうと、さっきの悟りが台無しと言いますか……
と言うより、そもそも――
「ん~、ソレが分かんねえんだよな。テメエらってそもそも誰だよ? んな風に、オレの父さんと母さんの安否を気にするようなオトモダチなんて、まったくサッパリ覚えがねえんだが?」
そう、コイツらって一体誰なんだろうね。
さっきっからずっと滅茶苦茶馴れ馴れしいけども。
いやまあ、僕がどうでも良い他人相手だと例え相手が同じ教室で授業を受けてるヤツだとしても顔と名前が一致しない――どころかそもそも覚えようとしない、って悪癖の持ち主な所為の疑問だし、ソレをぶつけるのは中々にシツレイってのも分かるけどね。
でも、しょーが無いじゃん、覚えてねえんだもの。
ごめんチャイ☆
そんな僕の内心が伝わったのか、ゴミABCDは互いに顔を見合わせると誰からともなく笑い始めた。
どうやら、僕の言葉を冗談か何かだとでも思ったみたいだ。
う~ん、困った。
このノリだと結局名乗ってはくれなさそうだし、このままゴミABCDで通すしかないか。
ま、最終的に掃除するんだからドコのダレでも問題無いけど。
「ハハハ、出涸らしに陰キャにボッチでおまけに人の顔も名前も覚えられねえノータリンとかどんな四重苦だよ。カスのグランドスラムか?」
「或いはクズのカルテットとか?」
「あとは……クソの四天王?」
「ソレ、ただの四巻きのクソだろ」
僕が返答を待っていると、まあピーチクパーチクと騒がしい。
随分と調子が戻ってきたみたいだ。
形状記憶メンタルと言うべきか、或いは喉元過ぎればの鳥頭と言うべきか……
あと、いつになったら話が進むんだろーね?
「おい、いい加減にしろゴミ共。コッチはワザワザ付き合ってやってんだ、さっさと要件に入れ。ソレかサッサと失せろ、目障りだから」
溜息吐きながらシッシッと追い払うようにしてみせると、ゴミ共の目の色が変わった。
まあ、オレの時と違って比喩だけど、それでもその目が悪意に染まったのは分かった。
「んとにチョーシ乗ってんな。ならとっととツラ貸せよ出涸らし」
そうAが宣うと、ソレを合図にしたように残りのBCDが僕を囲むように位置取りし始めた。
ん~、どうもこの場じゃし辛い話でもあるみたいだね。
愛の告白かな?
返事は無言にグーでOK?