13話
『オ、オッカミヌシ様が』……『キ、キサ――いや、貴兄は一体』……?」
そんなカンジでクマさんの素直でちょっとカワイイそうな振る舞いのおかげで少し和んでいた所だったのに、下で寝そべってる誰かの声で現実に引き戻された。
そう言えば、その誰かもクマさんと同じで、さっきまで暴れていたのが嘘のように大人しい。
まあ、元々それほど手子摺っていたわけでもないから別に良いけど、それ以前に僕の方が先に質問したよね? なして答えヘンですのん?
大体、ちゃんと喋れるなら最初から正直に喋れよな~。
魔物共ですら日本語喋ってたのに……
「オイオイ、質問はコッチが先だろ? それともアレか? オレは『アンタ、ドコのダレよ?』なんて簡単な質問をワザワザ繰り返さないといけねえのか?」
「『そ、それは、失礼致した』! 『我はトイクニのラハカと申す』!」
フンッと鼻を鳴らして不満を伝えてやると、組み敷かれている誰かも考えを改めてくれたらしく、無駄に畏まった口調で自己紹介してくれた。
けど、若干焦ってるのは何故だろう?
でも、答えてもらっといて難だけど、なんか疑問が増える答えだなあ……ドコよ、トイクニって?
ってかこの人、さっきからテレビの二重音声みたいに最初のワケワカメな言語とそれを翻訳してるっぽい日本語を併用してんだけど、何コレ? 腹話術?
「『トイクニ』~ぃ? 聞いた事もねえよ。そりゃあ地名か? それともまだ惚けてんのか?」
「『ち、違う』! 『此処の森を西へ抜けた先の平野を治める我らの故郷の事だ』! 『決して嘘偽りではない』!」
「ふ~ん、西ねえ……ところで、アンタさっきから話し方が妙だけど、何? トイクニとか言うトコで流行ってんの? それとも、ご自慢の特技を見せびらかしたいだけか?」
「『……』? 『仰っている意味が分からんが、話し方が妙と言うのなら貴兄の方が些か奇妙に思える』『我には貴兄の声が二つ重なって聞こえているのだが、之は如何なる御業か』?」
んん? え~っと、ど~ゆ~事~?
互いに心当たりの無い翻訳腹話術が聞こえてるって事?
しかも、喋ってる僕やこの人自身にも原因が分からない?
……ま、便利だから別にいっか!
現状、特に何かしらの不利益があるってワケでもないし。相手が分からないって言ったら、それこそ拷問ぐらいしか僕には喋らせる手段無いし。
そもそもココがドコかは自分の五感+αで直接調べた方が簡単そうだし。
「そうか……じゃあ、あとは勝手にしな……あ、くれぐれも邪魔してくれんなよ?」
言い終えた僕はそのまま手と膝を離して立ち上がると、今までの問答中もずっとコッチをチラ見しながら大人しく待っていたクマさんへと視線を向けた。
「――――ッッッ!?!!!?」
……なんか、声も上げられないってぐらいに驚愕しながら必死に視線だけでも逃げようとしてんだけど、チョイとビビリ過ぎじゃありませんかねクマさんや?
「……ハァ、別に食ったりしないから落ち着きなって。大体、霞みさえ食わずにいても餓死しない生き物が、そんな理由で誰かを襲うかっての」
堪え切れずに吐き出した溜め息と呆れ声を聞きながらも、背骨がある系のフサフサ動物が大好きな僕は、クマさんの硬そうな毛皮をモッフモフすべく歩み寄る。
ちゃんと日本語が出てきてくれてよかった……
ちなみに、魔力には魔法行使の燃料や身体能力の強化なんかの働きの他に、生き物にとっての《栄養》や《酸素》としての役目もあるから、この魔力が尽きない限り僕は餓死どころか窒息死すらしなかったりする。
まあ、元々人間の僕にはその魔力を魔粒子無しでほぼ際限なく生成し続ける手段があるから、魔界どころかコッチに来てからも魔力が尽きる心配なんて一度もした事無いんだけどね。
なんだかんだで、今も僕の内側では魔力が源泉かけ流しってカンジだし。
と、そんな不死身の究極生物紛いが心底恐ろしいのか、僕が目の前にまで迫った事で大人しく座っていたクマさんがとうとう小刻みに震えだしてしまった。
いやいや、生態系の頂点のクセにビビり過ぎでしょ。
アナタ確か新幹線に轢かれてもピンピンしてられるような生き物じゃありませんでしたっけ?
あんまり不憫だったからもうこのまま飛んでっちゃおうかとも思ったけれど、森のクマさん(モノホン)とのふれあい体験なんて滅多にない……かな?
なんて思った僕は、なるべく怖がらせないよう翼を小さく畳んで尻尾と一緒に背中へ隠してシルエットを小さくしてから、頭ではなく顎下へ向けて右手を伸ばした。
前にテレビで『頭上は動物にとって警戒すべき場所だから、触れようとするとストレスになる』とか言ってたからね。
「――――…………」
おお! どうやら成功だったみたい。
何故かクマさん思いっ切りソッポ向いてるけど、特に何か唸り声を上げたり歯を剥き出したりとかはしていない。
ならば、思う存分ナデナデして――って、やっぱり結構毛硬いな。
毛質は柴犬にも似たようなフインキだけど、それよりもずっと硬いから変身してなかったら刺さりそう。
それに飼い犬なんかよりずっと毛深くて油がベットリしてる。
このヘンはやっぱ野生動物だな~。
「――――――――……………………」
ウムウム、確かにこの野獣チックな手触りは万人受けするものではないかもだけど、コレはコレでまた違った趣があると言うか……ハァ――癒される……
そう言えば、こんなふうに何かを慈しむような接し方をしたのはいつ以来だろう……?
アッチではずっと血生臭い毎日だったからなあ~……あ、ヤバ、なんか虚しくて泣けてきそう。
ダメダメ、我慢我慢。
まだあの場所に帰れたワケじゃ――
「――――――――――――………………………………」
――っと、そうだった!
イロイロよく分からん状況に放られた所為で現実逃避してた。
そろそろ出発しないとモフモフだけで日が暮れる。
そう思い直した僕は、自分でも気づかない内に伸ばしてた左手と元々触れてた右手でクマさんの両頬を挟んでフモフモしつつ口を開いた。
「――それじゃ、そろそろ行くよ。多分、もう二度と会う事は無いけど、これからも元気でね」