128話
「…………や、めろッ」
掠れる喉からなんとか絞り出した声は、まるで見っとも無く懇願するかのようで我ながら情けなくなる。
だけど、最低限女子さんの言葉を食い止めるだけの力はあったみたいで、その隙になんとか乾き切った口を多少なりとも動かせるようにはなった。
「なにが、『助けた』だ……イカれてんじゃねえのか、ドイツもコイツも……」
「え……?」
「イカれてるってんだよドイツもコイツもッ! この法治国家でッ! 暴力に頼ってッ! その結果が廃人の大量生産だぞッ!? そんなモンのドコが正しいってんだッ!!」
向けられた視線を睨み返しながらそう叩き付けると、気圧されたように――いや、『ように』じゃないか。
気圧された女子さんが、驚いてまん丸に目を見開きながらたじろいだ。
そう、そもそもが法治国家、現代社会で暴力を使っての問題解決に及ぶなんてのは違法、違反以外の何物でもない。
ソレが例え、魔法を使うコトによって物理的な痕跡が皆無であったとしても、まず『暴力の行使』って時点で社会通念的に悪行へカテゴライズされるのが当たり前だ。
「そりゃ確かに、アンタやアンタみてえな被害者を現在進行形で襲ってたゴミをブチのめして乱暴を止めさせるってまでは許されるだろうさ。『正当防衛だ』ってな。だが、その後は? 踏み躙って、踏み潰して、何度も何度も殺して生き返して、最後には関節砕いて神経削って耳も目も利かなくして口も塞いで身じろぎ一つできないただ息を吸って吐くだけの廃人に仕立て上げて――コレのドコに正当性があるってんだッ!? ドコが正しいってんだッ!?」
司法とか規則とかを無視して自前の暴力で問題解決――こんなマネを許せば社会が立ち行かなくなる。
当たり前だ。
ソレはつまり、暴力が法の上に立つのと同義なんだから。
あらゆるルールよりも暴力が優先されるだなんて弱肉強食のサバンナだ。
人間様が暮らす現代社会とは掛け離れてる。
だから、オレがコレまでやってきたことは全てが悪いコト、間違い、違法行為なんだよ。
バケモノに成り下がったとは言え――いや、だからこそ、人の世の秩序や倫理を守って慎ましく生きるべきなんだよ。
この人間界で現代社会の一員として生きるんならな。
だってのに――
「なのに、なんでだ? なんで誰も責めようとしない? 糺そうとしない? 自分の利益の為に他人共を踏み付けにするオレを、好き勝手に振舞うバケモノをッ、なんで誰も罰しようとしないんだ? 因果応報ってのは、今ものうのうと息してやがるゴミ共へだけじゃなく、オレの番すら回ってこねえのかよ? そんなのオカシイだろうが!!」
別に、『報い』なんてモノが正しく巡ってくるだなんて信じちゃいないさ。
無宗教で無神論者だからな。
実際、魔界で魔王には会ったけど、世界の外に出て魔界と人間界以外に世界が無いってトコも見たし。
でもだからって、間違いが間違いのまま放置されて良いワケが無い。
「いいかッ、オレがやってきたコトは法で裁けないってだけで最低最悪の悪行だ! アンタがされたコトを何倍にも悪辣にッ、残虐にしてバラ撒いてきたんだッ!! 尊厳も肉体も滅茶苦茶に踏み躙ってッ、何もかも台無しにしてやったんだッ!! ソレを感謝ッ? 『ありがとう』だぁッ? 笑わせんなッ!! 気でも狂ったかッ!? 自分が理不尽に晒されてた時の気分ってヤツをもう忘れたかッ!?」
吠えて、叩き付けて、吐き出して、見っとも無いったらありゃしねえ。
だが、我慢できなかったんだ。
伯父さんも、この女子さんも、あの特理共すらも、このオレの行いを止めようともしやがらねえんだから。
しかも、伯父さんや女子さんに至っては肯定すらする始末……
オレの所為だろうけど、ソレにしたってまともな倫理観ってヤツがマヒしてるようにしか思えねえよ。
でもって、特理共だよ。
アイツラらって政府組織なんだろ?
警察だって動かせるお国様そのものみてえな組織なんだろ?
ソレってつまり、現行法を書き換えて『魔法による暴力』ってヤツを違法って定めるコトも、オレの危険性を世間に公表してオレを人間社会から孤立させるコトも、警察から自衛隊から特理からあらゆる戦力を掻き集めてオレの討伐に乗り出すコトだってできるってコトだろ?
なのに、なんでやろうとしねえ?
あの特理共への『オシオキ』見りゃ分かるだろ?
オレがいつでもドコでも好きな時に狙った人間を殺して生き返すコトさえできる危険人物だってよ。
それでなんで排除に移らねえ?
なんで日和っ放しだ?
そんなだから、父さんや母さんや兄さんみたいになんの罪も無い人達が理不尽に晒されるってんだッ。
しっかり反省しろクソがッ!!
突発的に湧いた特理共への怒りを、『特理共に害された』って判定で『オシオキ』へと昇華しつつ、胸に溜まった熱を長く吐き出した息と共に排出。
そうして、多少は収まったテンションで、改めて女子さんへと向き直る。
「アンタは――アンタ達は、ただ得する側に回れたから、そうやって筋違いの感謝をしてるってだけだ。目ぇ覚ませよ。オレが振るった力も言葉も全部、全部ッ、オレ自身のタメのものだ。アンタ達なんて後付けの理由に過ぎん。オレがテメエの悪行から少しでも目を逸らして気持ちよく力ァ振るう為のな。オレにとって、被害者達の存在価値なんかその程度なんだよ」
こんなコト、ワザワザ口に出すだけ恥でしかねえが――そもそも、散々やり続けたオレが言えた義理じゃねえコトばっかだったが、それでも言わねえワケにはいかなかった。
今朝の伯父さんといい、この女子さんといい、なんでドイツもコイツも魔物を肯定するんだよ腹立たしい。
それじゃまるで、あの過去で見た父さんと母さんと兄さんが魔物に向けた恐怖が間違いだったみてえじゃねえか。
んなコトぁ無い。
魔物が恐れられるのなんか当たり前だ。
何も間違っちゃいない。
気分一つで簡単に人の命を奪える生き物を受け入れようとする思考の方が間違いだ。
だから、間違ってるのは伯父さんや女子さんの方で――
「……そうですか」
散々怒鳴り散らして捲し立てて、ソレを受けた女子さんは、しかして何故か平然としてた。
んん?
なじぇ?
「私を助けてくれた事も、私にもう一度立ち上がれる力をくれた事も、全部自分の為、なんですね?」
「……ああ、そうだ。だから、礼なんか口にすんな気持ち悪い。吐き気がする」
ずっと、真っ直ぐ見詰めてきてる女子さんがいい加減鬱陶しくなって、吐き捨てたセリフと一緒に背を向けてやる。
もう、この辺で良いだろ鬱陶しい。
些か喋り過ぎたし、オレちゃんはお先に教室行っちゃうぜ~っと。
ってなワケで、一方的に話を終えようと歩を進めだしたワケだけど、
「分かりました。なら、もうこれ以上理由は聞きませんし、しつこくお礼を言い重ねたりもしません。だから、最後に一つだけ聞いて下さい」
まだ何か言いたいらしい女子さんに、そう呼び止められちゃった。
いや、別にアンタの要求と引き換えに別の要求聞かせようってハナシにワザワザ乗ってやる謂れはねえんだけども。
まあ、ココで拒否ってまた付け狙われるんじゃ、ココでのおしゃべり自体が無意味になるから、ま~、聞いてやるともしょーがねー。
「……なんだ?」
「黒宮君の身に何があったのかなんて想像もつかないけど――でも、それ以上自分を責めないで下さい。今の貴方に救われた私からのせめてものお願いです」
………………女子さんの言葉を、オレは聞かなかったコトにして、そのまま振り返ることなく教室へと向かった。
さあ、書き取り学習のお時間だ。
雑念は全て捨てちまえ――