127話
まあ、そうは言っても、
「そーかよ。そりゃ悪かったな。オレん中じゃクラスメイトなんて赤の他人カテゴリなんでな。んじゃな」
こーゆー主義なんで、用も無いのにコレ以上関わり合いになる気は無いのでせう。
「だっ、だから待って下さいっ、ってばっ!」
そんな態度が許せないのか、今までの緊張が少しだけ吹っ切れたっぽい女子さんが、自分を無視して通り過ぎようとしてた僕の手を狙って背後から迫りくる。
フッ、馬鹿め。
今更、その程度のバックアタックが回避できないとでも?
などとアホ丸出しなテンションになる必要も無く、背後から迫る気配――ニンゲンが出す動作音や衣擦れ、足音、脈拍や呼吸音の塊を悠々ヒラリと躱し、僕を追い越すように飛び出した女子さんの脇を通り抜けようとして――
「――っと、あ」
そのまま、踏鞴を踏みながらも結局は転びそうになっちゃってた女子さんの首根っこを猫掴み……
いや、反射的に手が伸びちゃったけど、コレほっときゃよかったよね確実に。
スッ転んで無様に隙晒す女子さんを振り切って――って……いや、それでもダメか。
この女子さんの自称『同クラス』ってのがホントなら――いや、顔も名前も覚えてないから、現時点で僕からは確認のしようが無いんだけどね――、結局は早朝で無人な2―Aの教室で合流しちゃうワケで『一対一でお喋り』ってシチュエーションは変わらないってね。
そうなれば、この明らかに喋り足りないってカンジの女子さんの所為で、折角の朝の書き取りのお時間が台無しになっちゃうワケで……
う~ん、どうにか撒くか、或いはもうココで女子さんに満足してもらうか――二つに一つってワケだ。
まあ、フツーに考えると昨日今日と連続して来ちゃってるワケだから、ココで誤魔化してもまた追われるハメになるのは明白で……
はぁ、仕方無い。
「……ハァ――、しょーがねえ……分かった。そんじゃまあ、待ってやるからさっさと要件に移りな、ドッカのダレかさん」
内心でも実際にも溜息を吐きながら、女子さんの崩れた体勢を片手だけで戻してやる。
すると、そこそこ良い塩梅で力加減で来てたハズなのにまたもや踏鞴踏み始めた女子さんは、されど何とか体勢を立て直してからキッとコッチを睨んできやがった……
んだよその目は?
煩わされて文句言いてえのはオレの方なんだけど。
「だ、だからっ、同じクラスの相原ですっ。学年トップクラスの成績優秀者の癖に、なんで毎日同じ教室に居る人の顔と名前が覚えられないんですかっ!?」
「は? 毎年入れ替わる連中のコトなんて一々覚える必要ねえだろ。脳の容量の無駄だ」
叫ぶようにケチをつけてくる女子さんに正論で返すと、なんでか信じられないようなものでも見るような目を向けられた。
ったく、信じられねえってのはコッチのセリフだっての。
「それより本題は? さっきの要らん礼だけで済ませる気はねえんだろ? サッサと言えよ」
まあ?
元々、こんなよく知らない女子さんを相手に時間を浪費すんのもバカバカしいので、コレ以上脇道に入る気はねえけども。
と言うコトで二度目の本題催促に移ると、何か言いたそうにジトッと見てきてた女子さんはワザとらしく口元に手を遣って軽く咳払いをして見せた。
「……分かりましたよ。と言っても、別に私の方も大した用事ではないですけど――」
「んじゃ聞かなくていいな。はい、解散。今後はしつこく付け回さないでくれ」
ったく、ワザワザ聞いてやるって言ってんのに下らねえ前置きなんかすんなっての。
そんな心境を隠さずに女子さんへ背を向けるフリをすると、効果は覿面だった。
「――っッっ!! だから待って下さいってばっ!!」
鋭い呼吸音の後にまたも怒鳴り声。
うんうん、もういい加減よく分からん緊張も取れてきたみたいだ。
コレなら、さっきみたく口ごもったり吃ったりサクッと本題に入ってくれるでしょ。
「だから、下らねえ前置きはいいから本題に入れっての。結局何言いに来たんだよ、アンタ?」
「――っ、……!! ――――――はぁ」
なんか、オモシロオカシイ百面相されたと思ったら、いきなり溜息吐きやがった。
おーい、本題は?
「おーい、黙り込むなよ。もう五秒も経ったぞ。いい加減話さねえってんなら、また昨日みたく――」
「…………なぜ、ですか?」
適当に急かそうとペラペラしてみたトコロで、漸くポツリとお言葉を頂戴致しましたよっと。
でも主語がねえから何が聞きてえのか分っかんねえや。
「あ?」
「なぜ……助けてくれたんですか?」
そう言って微妙に顔を伏せさせる女子さんだけども、まあ言葉足らずなコトで。
いや、いつのドコでのコトかくらい分かるし、女子さんも分かると思って言ってんだろうけどさ、でもソレって二日連続で早起きしてまで聞きたくなるようなコトか?
ま、別に聞かれて困るコトでもないし、サッサとゲロって教室行かないとだしね。
「別に助けたつもりなんかねえよ。気に食わねえゴミが気に食わねえマネをしてて、ソコにたまたま居合わせたのがアンタだったってだけのハナシだ。ソレ以上でも以下でもねえよ」
「……でもっ、貴方は私に『立て』と言ったじゃないですか!? 『敵を斃せ』とそう言って――気に食わない相手に暴力を振るっていただけじゃなかったじゃないですか!!」
オレの言葉を否定すべく力一杯叫ぶ女子さん。
うん、うるさい。
黒炎でお口チャックしちゃおうか?
この場に留まった意味も消え失せるからやらないけど。
それに、女子さんの方もすぐに我に返ったのか、続く語調は意図的に抑えられたものだった。
「……本当に助けるつもりが無かったのなら、ただその場に居合わせただけと言う私へ話し掛ける必要だって無かった筈です。なのに、なんであんな――」
『あんな――』?
なんだよ?
『人殺しさせたのか』か?
それとも、『人殺ししたのか』か?
ったく、理解が遅くて困るぜ。
言っただろうに、『気に食わねえからやった』ってよ――
「――自分の手を汚してまで私を救ってくれたんですか!?」
…………………………
……………………………………………………
……………………………………………………………………………………………………は?
なんだそりゃ?
「……おいアンタ、一体なに言って――」
「だって、そうじゃないですか。あんな風に怪我も死も無かった事にできるのなら、そもそも『あの場での出来事』だって無かった事にできる筈です。なのに、そうせずにあの場で私に自分で抗えるようにしてくれたのは、アレを無かった事にしても別の時、別の場所に同じような目に遭うと、そう心配してくれたからじゃないんですか?」
矢継ぎ早に告げられる言葉に、口が、身体が、心が、硬直した。
あり得ない、やめろ、違う、そうじゃない――そんな否定の言葉が脳を埋め尽くすのに、ついさっき受けたのと同種の衝撃にやられて、僕は一言口に出すコトすらできなくなった。
「あの時の感触を覚えてる。肉を打って、骨を砕いて、命を壊す、あの感覚――ソレを思い出すたびに、指先が震えるんです。後悔したからじゃなく、お母さんや美香ちゃんを――そして、私自身を守れたんだって、その実感に。だから、私はどうしてもあなたにお礼が言いたかったんです」
そう言って、そう区切って、一旦息を吸って呼吸を整えて、女子さんは俯かせてた顔を上げて、真っ直ぐにオレを見据える。
その視線には、バケモノへ向けられるべき恐怖も嫌悪も、何一つとして悪感情なんかのって無くて――やめろ、やめてくれ。違う、間違ってる、こんなコトあっちゃならない。伯父さんもアンタもどうかしてる。
こんな――
「黒宮君、本当にありがとうございました。あの時、私を助けてくれて」
――魔物を肯定するだなんて。