126話
「…………」
とは言え、だ。
どうしよっか、コレ?
まず前情報として、この場所が学校の昇降口でそれも僕の下駄箱前なコトを取り上げとこうか。
コレを踏まえて、恐らくは――同じガッコウに通ってるだけのどうでもいい他人なんかの顔なんて覚えてない――昨日居たのと同じ女子さんがこれまた昨日とほぼ同じ時間と場所に居るってコトが何を指すのか……答えは簡単だね。
そう――ズバリ、昨日の仕返しと見た!
だってそうでしょ?
突然の遭遇、それも今この瞬間に開けた下駄箱の持ち主登場からの瞬間転移。
そんな理不尽現象に遭ったらまず間違いなく遭遇相手がなんかしたと疑うし、そもそもが僕への悪意で持って行動してた相手なんだから、万一僕が関与してなかったとしても、逆恨みで更なる嫌がらせに出るだろうコトは想像に難くない。
となれば、コチラが執るべき方針は徹底抗戦一択。仕返しする気概なんて湧かないくらいに打ちのめしてやれば、もう煩わされることも無くなるハズ。
ってなワケで、空間魔法発動準備――展開先は女子さんの足元と転送先の金見市センタービル屋上。
駅前繁華街でも有数の高度を誇るビルの天辺に突然転移させられたら、例え高所恐怖症でなくたってトラウマモノだろうし、ソコで少し頭を回せば『同じ高さの空中に転移させられてたかも』って想像に行き着く。
そうなれば、真面な人間ならほぼ確実に関らなくなってくれるだろうし、そうならないなら今度は転移門の入口と出口を上下の直線状に繋いで延々と落下体験させてやろうじゃないか。
何ループも落ち続けてアホみたいな加速と永遠に続きそうな浮遊感にやられて吐瀉物塗れになった頃にでも止めてあげるよ。
な~に、心配は要らない。
落下を止める時は下から上へのループを上下逆に切り替えてやれば、どれだけ勢い付いてても何れは自由落下と相殺されるし、なんなら直接転移を掛けても良い。
門の通過と違って、転移は移動中の対象に掛けると運動エネルギーをその場に置き去りにしたみたく完全停止させるからね。自分で確かめたから間違い無い、安全性は保障するよ。
っと、ハナシが逸れた。
え~っと、転移先は設定し終えたし、門の展開位置も確定済み。
あとは門を開いて、女子さんを一発ギャグ系のバラエティ番組みたく叩き落してや――
「あっ、待って下さい! は、はな――伝えたいことがあるんです!」
と、ココで僕がしようとしてたコトに勘付いたのか、女子さんから待ったの声が……
いけね。
今朝伯父さんとお話した時みたく、つい相手の発言待っちゃってたゼ。
伯父さんと違って、少なくとも百パーセントの味方じゃないとだけは分かってる相手に対して酷く不用心だったね。
反省、反省。
「そ、そのっ……おっ、一昨日は危ないところを助けてくれて、どうもありがとうございましたっ」
…………?
『一昨日』?
『危ないところ』?
『助けた』?
深々と、腰を折って頭を下げながら早口で感謝の言葉を告げてくる女子さんだけど、僕の脳裏に浮かぶのは疑問符だけだった。
うん、意味が分からん。
全く身に覚えが無い。
辻斬りならぬ辻感謝とか、どう受け取っていいのか分からん。
辻斬りだったら即返り討ちで済むんだけど……
なんて世迷言交じりに首を捻ってると、反応を返せなかった僕を不審に思ったらしい女子さんが恐る恐る顔を上げてきて、
「あのっ、その、え~っと……おっ、一昨日、体育館倉庫でその……覚えてませんか?」
う~ん、緊張してんのか話し辛いコトなのか知らんけど、言葉がつっかえつっかえだったり発音やら抑揚やらが狂ってたりでイマイチ聞き取り辛い。
まあ、今のところは聞き取れてるけども。
ただ、そうか。
一昨日で体育倉庫だってんなら覚えがある。
あのデブハゲ教師モドキゴミを使って初めての魔力狩りをやった日と場所だ。
なるほど、あの時その場に居た被害者の女子さんってコトか?
ま、幾ら被害者とは言え名前も知らない他人さんの顔も声もうろ覚えだし、ゴミの悪臭が酷くて臭いも覚えてないから、騙ってるだけの別人って可能性も否定できないけど。
なのでまあ、一応本人確認をば。
「……へぇ、あの時の。じゃあ、夢から覚めたのか?」
うん、我ながら意味不明な質問だけど、まあこんなコト聞かれたらフツーは『なに言ってんだコイツ?』ってなるワケで――
「いえ、最初から夢なんて見てませんよ……その、あの時は本当にありがとうございました」
お堅く構えながら苦笑して、すぐにフカブカーなお礼の言葉に戻った女子さんは、どうやらあの時の別れ際のセリフを覚えてたみたいで、ソコから取り敢えず本人だと仮定はできたね。
ま、だから何だってハナシではあるんだけど。
「礼なんかいらん。コッチは単純にあのゴミとソレが作り出した状況が気に喰わなかったってだけだからな。それよりも、アンタこそ何の用だ? 連日人様の下駄箱漁って、妖精でも探してんのか?」
なんて、不快感を包み隠さず声音に乗せて質問してやると、バッと顔を上げた女子さんは慌てたように両の掌と首を振って、
「ちっ、違いますっ。ただそのっ、お礼が言いたくて……でも、黒宮君の連絡先なんて一つも知らなくて……ひ、人目がある場所だとできない話だから、その、」
なんてカンジで、しどろもどろの尻すぼみになっちゃうもんだから、結局何が言いたいのか分からない。
ココでまあ、合いの手の一つでも入れて上げれらればも少しスムーズに話が運びそうではあるんだけど、この時の僕にはソレができなかった。
「『その』? なんだよ? 要点纏めてから喋れや。別に待たねえけど」
今朝の伯父さんとのお話で精神的に揺さぶられてた所為もあるし、この女子さんが礼を言いに来ておいて嫌がらせしようとしてたなんて言うワケの分からない矛盾が解決しない苛立ちもあったし、何より――またオレの行動が肯定されようとしてるからでもあった。
「あ、やっ、待って下さ――」
「待たねえ。大体、なんで名前も知らねえ赤の他人とお喋りする必要がある? 互いに時間の無駄だ」
そう言いながら、手早くバックの上履きを取り出して外履きを仕舞い、女子さんを残してサッサと昇降口を後にしようとして――
「あっ、赤の他人じゃありません!」
「――はぁ?」
「2―Aの相原千沙、貴方のクラスメイトですっ! 黒宮辰巳君!」
…………そーだったのね。
なんかゴメン。
そういや、さっきも『黒宮君』とか言ってたね。