125話
――と、まあ……空テンションで無理やり目を逸らそうとしては見たものの、その『優雅な朝の一時』とやらをホントに心穏やかに過ごせてるかと言えば、まったくの否なのでせう。
ってか、まず満喫し終えて|も無いしね。
当然だ。
つい今しがたのハナシを忘れられるワケが無い。
無関心でなんかいられない。
伯父さんが、本気でオレを――今の怪物に成り下がっちゃった手遅れな僕を救おうとしてくれているコトに。
「なんでだよ……?」
ビュービューと耳鳴りがする上空で、いつまで経っても解けない疑問が堪え切れずに口を突いた。言ったトコで答えが出るわけでも返ってくるワケでもないのにね。
そもそも、その答えを知っている――ハズの人に背を向けて恥知らずにも逃げてきて←今ココなんだから、答えなんか得られるワケが無い。
いや、まず『答え』ってなんだよ?
『伯父さんが僕を助けようとする理由』か?
『ソレを受けて、僕はどうするべきか』についてか?
それとも『僕は救われていいのか?』ってか?
……その全部でもあるし、そのドレも当て嵌まらないような気がする。
ハァ……一旦、マジメに考えてみようか。
今迄みたいに『既に答えが出てるコトについて後付けで理屈や評論で肉付けする』ってワケにはいかないからね。今回はフリじゃなく、本気で考えないとだ。
まずは取っ掛かりとして、『伯父さんは本心から僕を助けたがっているのか』ってトコから論じようか。
いやまあ、我ながら悲観的と言うか疑り深いと言うべきかだけど、ココが否定されるとそもそもの前提が崩れ去るワケだから、いの一番に考えるべきだよね。
とは言え、心情的には、或いは感覚的には伯父さんの言葉に嘘は無かったように思う。そりゃあ、特理の一員としてオレの危険度を把握してる分、それなりの緊張は感じ取れてたけど、話の途中で不自然に鼓動が早まったり、ストレス特有の酸っぱ臭さとかが急激に増したとかも無かったからね。これが根拠かな。
でも、客観的視点から、そしてあの研究所でハゲデブに謳わせた特理の目的から考えてみると、どうにも怪しく感じるんだよね……
まあ、ズバリ言えば『伯父さんを利用しての懐柔作戦』なんじゃないのかってね。
だってそうでしょ。
特理の目的が『魔物や魔法の兵器運用』なんだとしたら、連中の目の前で盛大にやらかしたオレを利用しようと考え無いワケが無いし、実際にソレを狙ってか脱走直後に父さんと母さんの身柄を確保しようと動いてたワケだしね。
コレで疑うなって方が難しいよ。
つまり、これらの要素を総合すると、だ。
『伯父さんは本心から僕を助けようと動き、特理はソレを利用して善意の伯父さんを挟んだ間接的関係から僕を利用しようとしているんじゃないのか?』って疑いになるワケだ。
この疑念の面倒だけどラッキーな点を挙げるとするなら、あくまで伯父さんは特理の目論見を知らないってトコかな。
特理は目的を伯父さんに打ち明けないコトで、伯父さんを善意の第三者のまま利用しようとしてるハズだから、必然的に伯父さんは特理の意図を知らないままなワケで、それなら伯父さんの言葉は百パー善意だったって逆説的証明になるんだし。
……まあ、単純にコミュ力皆無な僕が勝手に勘違いしてただけで、伯父さんが実は思うままに脈拍から汗や体臭までコントロールできる演技の達人で、実際のトコは特理にベッタリだった~、なんて嫌な想像もできなくは無いし、その完璧な演技を魔法的な洗脳的手法で特理内のクソッタレに強要されてるって線も捨て切れないけども。
ハァ、魔法って存在の所為でイフの制限がなくなるのはホント厄介だ……
ま、今んトコ確かめようの無いもしものハナシは置いとくとしようか。
仮に、まあ、『伯父さんは本心から僕を助けたがっているのか』を是としたとして、次に考えるべきはやっぱり、それに伸るか反るか――ではなく、『どうやって、伯父さんに無駄な瑕疵を与えずにこの話を断るか』ってトコだね。
え? そこは『助けて貰うか否か』じゃないのかって?
いやいやいや、そんなの論じるまでもないよ。
だって魔物だよ? 父さんと母さんと兄さんの善意と厚意を最低最悪な結果で踏み躙った魔物だよ?
こんなの満場一致で地獄に落ちるべきでしょナニイッテンノ?
――ゲフン……とまあ、コレもさておき、問題は『角の立たない断り方』についてだったか。
……………………無理ぢゃね?
いやいや、まだ早いって。
もう少しよく考えてみようか。
まず、断るってコトはつまり伯父さんの視点で言うと、『親兄弟を失ったばかりの中学生を一人きりにして放っておく』ってコトになるワケで、そんな状況が放置できないから来たであろう伯父さんには到底受け入れられないコトなのは想像に難くない。
例えば、オレがもう手が付けられないくらいに暴れまくって物理的、実際的に同居生活なんて無理だって断念させられたとしても――もしくは、特理の上層部でも脅して組織の権力でこの話を差し止めさせたとしても――伯父さんはきっと、過程の違いに関係無く『助けられなかった』って結果に苦しむコトになるんじゃないかな。
なにせ、父さんや母さんや兄さんと同じ『正しい人間』で『善人』なんだから、『子供を助ける』なんて言う善行を果たせなかったりなんかしたら、自分で自分を許せなくなると思う……拒絶した僕が悪いのに、だ。
……………………やっぱ、無理ぢゃね? 断るって時点で詰んでね?
まあうん……断ると決めた時点でまったくの無傷ってのはあり得ないと思ってたから、ココは次善策として、如何にソフトにオブラートに包んで当たり障り無く納得して貰えるかを考えるべきかな。
…………いや、それも無理だわ。
そんな気の利いたセリフが言えるんだったら、そもそも学校でボッチになってたりしねえっての。
ん~、どうしよう?
ホントにどうしようか?
いっそのコト逃げるか?
ドコへ?
また月?
でも伯父さんから『もう押し掛けたりしない(言外の学校行け宣告)』って言われてる以上は登校しないと。
その後も魔力収集があるし……
――なんて、優雅とは程遠い内心で顎に手を遣って唸りながら浮遊するコト……
アレ?
今何時?
携帯なんて遠の昔に魔界で破片になっちゃってるし、腕時計なんてオサレな物も持ち合わせちゃいないんだよ。
仕方無い、チョット駅前にでも行くか――なんて帰結で、噴水と時計塔がある駅前公園へと舵を切ろうとして地上に視線を落とすと、ソコには通勤通学中と思しき子供と大人が駅への進路上にチラホラリ。
ふむ……コレなら別に時間なんて確認しなくても、昨日みたくサッサと転移しちゃえばいいか。通勤通学が始まる時間って言うと、大体七時前ぐらいにはなってるだろうし。
と、そんな判断の元で深く考えもせずに開いた転移門は、『僕だけが通れる』って通行制限は掛けてあっても、行先設定の方は『ワザワザ別設定を呼び出すのもダルい』って怠慢の所為で昨日と同じまま。
だから、まあ――
「……は?」
「あっ、お、おはよう……ございます」
昨日と同じく誰とも知れない女子さんとの謎エンカウントを引き当てちゃったのでした~っと。
うん、今思い出したよ。
そう言えばあったねそんなコト。