124話
「辰巳……」
我ながらなんとも情けない声だったけれど、どれだけ貧弱でも拒否は伝わったみたい。
とは言え、これ以上は限界だった。
肩に手を置いたまま穏やかに呼びかけてきた伯父さんを、ケガさせないけども抗えない程度に力を込めて押し退けると、もはや大分使い慣れてきた空間魔法で背後の壁しかないスペースに門を作った。
行先は適当に今と同じ座標の五〇〇メートル上空に設定し、上空の強風が室内を蹂躙したり追ってきた伯父さんが墜落しないように僕だけが通れるよう通過制限を設ける。
そうして、突き飛ばされた伯父さんが踏鞴を踏み終えてコチラへ向き直った頃には、魔法で作った陽炎は完成していて、
「じゃあね、伯父さん――」
と、別れを告げようとした……
うん。
したんだけど、背後の伯父さんの方からまた何かしら言おうとする気配を感じて、言葉を止めた。
すると、感じた通り伯父さんはまた口を開き、
「辰巳、伯父さんは明日もまた同じ時間に此処に来る。絶対にお前を諦めたりはしないからな」
なんて、なけなしの決意が砕けそうになる言葉を投げ掛けられて、今度は意識的にではない理由で言葉に詰まらされた。
「それから、もう学校にも押し掛けたりしないから、今日一日ゆっくり考えておいてくれ」
しかも、その隙を突くようにして、またコチラの行動を縛るような発言を……
いや、伯父さん的にはそんな意図なんて無いとは思うけど。
「――……」
今度こそ話は終わったようなので沈黙のまま門へと飛び込んで、転移完了と同時に変身と閉門。
取り敢えず、この場に留まるだけってコトで両翼だけ纏って風を掴む。
そうして、トンビのように羽搏きもせずに浮かびながら天を仰ぐ。
『これからどうしようか……』と。
「…………はぁ――――ああ、クソッ……情けない」
ああ、ホントに情けない。
下らない。
意味が無い。
無価値だ。
間違いだ。
ああ、ああ、確かに僕だって全く辛くなかったとは言わないさ。
そりゃそうだ、父さんと母さんを失って、目の前で兄さんまで手に掛けられて、それで平気だったなんてあり得ない。
一人ぼっちで魔界に放り出されて、力尽きるまで魔物を殺して、ガス欠になったトコを捕まって食肉加工されて、その苦痛と憎悪を糧に魔力練り上げてまた殺して――そんな生活を、少なくともその送ってた当時に笑い飛ばせてなんか無かったさ。
でも、今は違う。
そのクソみたいな魔界生活で練り上げた力は魔王すら殺せる域にまで達してるし、ソレを使えば喪った父さんと母さんと兄さんの蘇生すら叶うんだから。
そもそも度重なる戦闘と食肉加工を経て、腹裂かれて内蔵直接ズタズタにされようが脳みそだの眼球だのを沸騰させられようが眉一つ動かさずに居られるくらい平気になってるってのに、コレで何にどう苦しみ、何をどう辛く感じなければならないんだ?
意味が分からん。
だってのにさあ――
「なんで……救われた気分になってんだよ、クソが……」
幾ら血の繋がりがあるって言ったって、一応は同じ町に住んでるって言ったって、年がら年中毎日毎日顔を合わせるワケじゃない。
なのに、なんであんな風に知ったような口で『助けたい』だなんて言ってくるんだ?
そもそも、百――三人だったっけ? それだけの人間を廃人加工したって知ってて、なんでまだ家族であるかのように振舞えられる?
考えるまでもなく危険人物じゃん。
怯えろよ、避けろよ、受け入れんなよ!
危機感皆無か!
生存本能を投げ捨てた典型的現代人か!
サバンナに帰れ!
ふぅー、いや待て落ち着け僕。
今考えるべきは下らない感傷や動揺なんかじゃなくて、実際的な行動方針だ……
ってかサバンナってなんだよ。
意味不明だわ、ライオンに喰われて死ね。
ゴホン――そうだ、そうだよ、そうそう、今考えるべきは『どう思っているか』とか『何を感じているか』なんて精神的なコトじゃなく、『これからどうするか』についてだ。
とは言え、今迄の生活方式から劇的に変化させるって気は無いので、直近の問題としては『登校するか否か』ってトコかね。
まあ、伯父さんが押し掛けて来ないってんなら、昨日みたく一人リモート授業なんて受けなくても良いんだけど、だからって伯父さんの言う通りに登校しちゃうのもどうなんだろう……?
いや、伯父さんにしても特理にしても僕が所在不明な状態ってのは、あまり歓迎できないんだろうな~とは思うから、『なら、ワザワザ補足され易い場所に居てやるのもどうなの?』って特理への反骨心がメラメラとですね……
でも、逆に対特理の行動を取れば、ソレは『特理の所為で普段の生活リズムが崩される』って現状を受け入れてるようにも思えちゃうワケでどうにもままならない。
う~む、特理憎しで自分を曲げるか、特理など詮無きコトなりで普段通りを選ぶか……
ぶっちゃけどっちでもいいや。どちらにせよメンドくせえ。
となれば、ココは伯父さんの方を指針にして選ぶべきだね。
伯父さん的には、僕に学校行ってほしいんだとは思う。
ワザワザアッチからこんな話振ってきたんだし、まず間違いない。
まあ、その意図が特理の一局員としてなのか、伯父としての心遣いからなのかは断言できないけど……
後者なら嬉しいんだけどね。
どちらにせよ、学校行って欲しいってのは間違いないだろうから、まあ登校かな。
時間もまだ早いから問題無いだろうし、干渉魔法で風呂要らずの汚れ知らずな所為で制服姿のまんまだから、部屋に置いてきた荷物を転移させちゃえば今すぐにでも学校へ向かえちゃうし。
とは言え、流石に六時台の今行っても早過ぎて鍵開いて無いだろうし、施錠中の教室に転移して鍵登板の教師に見つかったらソレはソレは面倒に絡まれるだろうから、もう少し待ちかな。
そんなワケで、まだ通勤通学も始まってない早朝の金見市を見下ろしながら、ついでにゴミの捜索も行いつつ――流石に釣果ゼロだったけど――、優雅に朝の一時を満喫したのでした~☆