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他称『魔王』の穏やかな日常  作者: 黒宮辰巳
122/186

122話

「な、に……なに言って――」


「目の前でお父さんもお母さんも景虎を失って一人ぼっちで魔界に取り残されて、それでもなお諦めず泣き言の一つも聞いてもらえないまま戦い抜いたお前の気持ちを『分かる』だなんて、そんな傲慢な事は言えん」


 見っとも無く狼狽える僕が悪足掻きにベラベラと遮る余裕を与えないように、或いはもう見てられないとでも言うかのように、伯父さんは口を戦慄かせるだけの僕を置き去りにした。


「だがな、それがどれだけ辛い事だったのか想像する事はできるし、家に迎えて傍に居て一人ぼっちにさせない事だってできる」


「――――」


 開いた口が塞がらない――ってのとは違うのだろうけど、アホ面下げてるのは間違い無い……

 普通に伯父さんの目が鏡代わりに僕自身を映してるのが見えてるからね、分かるとも。


 ま、分かったトコロでどうしようもないし、抵抗もできない。

 まるで身体の制御権が奪われていくかのように指先からどんどん力が抜けていって、ソレに反比例するかのように頭には余計な熱が溜まっていって思考さえ覚束なくなってくる。


 なのに、その元凶たる伯父さんの言葉だけは、ボケた頭にも明確に染み込んで来て――


「だから、今日はお前を迎えに来たんだ、辰巳」


 そう言って、伯父さんは椅子から立ち上がると、互いを隔てていたテーブルを回りこんで僕のすぐ傍に立つと、


「辰巳、今日からは伯父さんの家で暮らそう。もう一人で我慢しなくていい」


 見た目の印象そのままなゴツゴツと固い掌を差し出しながら、目も耳も逸らせずに見上げるだけの僕を見下ろしていた。


 ――眩しかった。

 いや、朝日が差し込むベランダを背にしてるからまるで後光が差してる風に見えるけれども、そうじゃなくて……

 やっぱり、伯父さんも父さんや母さんや兄さんのように『正しい人』なんだなって、そう思った。


 だってそうでしょ?

 人間界(コッチ)に帰ってきての初対面で散々滅茶苦茶やって遠ざけたってのに、別れ際の言葉をきっちり守ってこうしてワザワザ一人で会いに来ちゃってさ。


 警戒心の欠如って言うか、フツーに怖いとは思わなかったのかね?

 なにせ、あの時は――キューブタワーの過去で父さんと母さんと兄さんに会った時は、あんなにビビられたってのに……

 そりゃあ、変身はしてなかったけど、それでも目の前でポンポン魔法を使って見せた挙句、その全てが()()らしい他者を害するものだったってのにさ。


 実際、心音とか呼吸から察するに結構なストレスにはなってたハズなのに、表情とか仕草とかにはソレを毛ほども感じさせずに居てさ。

 ソレが修羅場を潜り抜ける中で培ったクソ度胸なのか、はたまた別の理由によるものなのかまでは分からないけど……


 でもって、そうしてやってきた理由は僕を助ける為だってんだから、本当にもう、凄いよ。


 家族に先立たれて一人取り残された子供、弟夫婦の忘れ形見、甥っ子……

 伯父さんだけでなく、父さんや母さんや兄さんみたいに『正しい人』ならば、そりゃあ助けるのが当たり前なんだろうさ。


 自分にも既に守るべき人達が、掛け替えのない大切な人達が居て、その人達との生活だってあるだろうに、その輪の中に迎え入れようとしてくれてる……

 本当に正しくて善い人なんだよ、伯父さんも。


 だから――


「……断るよ、伯父さん」


 その手は取れないよ。

 取れないんだよ、伯父さん。


 だって、()()は間違いなんだから。


「伯父さんはさ、()()が今まで何してきたか知ってる?」


 差し伸べられた手を圧し折らないように、ただ拒絶の意思はしっかり伝わるように弾きながら立ち上がる。


 伯父さん相手だとそれでも身長差があるから、やっぱり見下されたまんまだけど、それでも頭に溜まった熱を無理矢理手足へ送らせて震えを止める。

 掌から零れ落ちた制御権を握り直す。


「ヒトを襲ってたんだよ。何人も何十人も、必要な魔力を集める為にな」


 さっきまでのありきたりな上澄みだけの感情なんかは極力排して、あくまでも淡々と事実だけを告白する。

 ハハ、さっき事務的に父さんや母さんや兄さんの扱いについて語った時は、伯父さんもこんな気分だったのかね?


「ドイツもコイツも活きが良くって格好の魔力源になってくれたよ。おかげで予想よりも早く魔力を集め切れそうだ」


 乾いた嗤いを含ませながらそう告げる。生憎と僕の座ってた席は壁際で、テーブルはダイニングキッチンに接してるから、目の前の巨体と相まってなかなか窮屈なカンジがするけど、別に問題は無い。

 伯父さんを実力行使で退かすような真似は最終手段だしね。


「ソレにさ、それだけじゃないんだよ。ドイツもコイツも、最初はギャアギャアと威勢の良いコトばっかり囀ってると思ったら、チョット撫でただけでピーピーヒャーヒャーと泣き言ばっかりでさ。最高に笑わせてもらったよ」


 伯父さんからの言葉は無い。多分、言ってるコトに聞き覚えがあるんだろうね。


 そりゃそうだ。

 特理の人間として、目下の重要案件の一つであろう()()の動向を把握してないだなんてあり得ない。


 まあ、夜のお出かけ中に気配を感じたりソナーに引っかかったりもしてないから、恐らくは病院で被害者の状況確認とか現場っぽい場所の捜索とかでもやってんだろうけど、僕が何もしてないだなんて絶対思ってないだろうね、特理は。


「しっかし、なんであーゆー連中ってのは、ああも自分勝手に生きられるのかね? 今まで散々好き勝手やってきておいて、いざ自分が踏み躙られる側に回れば――」


「辰巳」


 なんて、ペラペラと音を吐き出してる最中、不意に気配を察して口を噤むと唐突に名前を呼ばれた。


 そして、


「こっちを見て喋りなさい」


 と、怖くて上げられなかった視線を指摘された。

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