121話
「……は? なにソレ?」
その淡々とした内容の――肉親の不幸のハズなのにドコか他人事のような言葉に、自分の口から出たとは思いたくない安っぽいチンピラみたいな言葉が出た。
そう、両方『言葉』だけだ。
僕の――いや、オレの声音に宿る怒気は伯父さん相手だって点を無意識に反映してか極力は抑えられていたけれど、それでも魔力を見れも感じれもしないハズの無表情な伯父さんの額に薄っすらと汗を滲ませるプレッシャーがあったし、伯父さんの方も自分の言葉に対して決して無感情なんかではなかったと思う。
ただ、ソレに気付けたのは後々にこの時のコトを振り返った時だったし、
「『幸い』? なにが? ドコが? 父さんと母さんと兄さんが喪われたってのに、どうすれば『幸い』なんてモノが見つかるッ!? 大体その言い草は特理共に責任を果たす気がねえってコトだろうがッ! なんだッ? なんだッ!? なんなんだッッッ!? あのクソ共は散々踏み躙ってきておいてソレを悪いとも思ってねえってのかッ、クソッタレがッッッ!!!!!!」
堪え切れない怒りで煮え滾るマグマみたく黒い魔力を全身から溢れかえらせていたこの時の僕には理解できてなかったけど。
だからこんな、責めるような声が出たワケだし、そもそもこんなコト言わせたのは自分の下手クソなコミュ力に基づく話題提供の所為だってのにね。
ホントに救いようが無い……
「それでッ!? 伯父さんはどう思ってんだよ、なあッ!? 毎月毎月お給料くれるクソ飼い主様がテメエの家族を踏みにじってるってのに、未だにクソにしがみついてるってのか、アァッ!? 伯父さんにとっちゃあ弟とその妻と息子よりもッ、父さんと母さんと兄さんを死に追いやったクソの方が大事だってのかよッッッ!!!!!! 答えろよッ、伯父さんッ!!」
…………ああ、もう、ホントに救いようが無い。
ああ、分かってる、分かってるさ、下らない。
正誤善悪を問うなら、伯父さんじゃなくて実際に手に掛けた魔王とソレに従う魔物と、ソイツらの存在を現代に至るまで隠し通した上で魔界と通じるマキョーイキって場所を放置してた特理共――より正確にはその方針を打ち立てて維持してきた組織の中枢共。
伯父さんがそのどれにも該当しないコトは、僕の足りない脳みそですらワザワザ回すまでもなく分かるコトだ。
だって当たり前だ。
魔力の『ま』の字も感じないし感じれない伯父さんが魔物共どころか魔術師的なジョブであるワケも無いし、起業して最初から社長やってた母さんと違ってお国様が作ったお堅い組織に入って下っ端から初めるしかない伯父さんが今こうして今僕の目の前――現場にいるって時点で立場なんか知れてるってワケだし。
だから、こんな腹の内を伯父さんにぶつけるなんてお門違いも甚だしいし、ホントに問題の当人達に償わせたいのならソレをできるだけの力もあるんだから、いっそ清々しいまでの八つ当たりだね。
……『ただ目の前に――一番近くに居るから』『無駄に魔力を消費せずに済むから』とかって卑怯千万な理由しかないんだから、ホントどうしようもないオレだ死ねばいい。
そんな、自分でも矛先の分からない怒りを、苛立ちを、存分に乗せた詰問は、その一言一言に籠っちゃった魔力混じりのプレッシャーを叩き付けるような圧に呑まれたのか、すぐに返答が返されるコトは無かった。
「…………なあ、なんとか言ったらどうなんだよ伯父――」
と、焦れて口を開きながらもただ伯父さんだけを注視していると、不意に伯父さんの肺が動き、喉が動き、口が動いたのが分かって、僕はすぐに雑音ばっかり吐き出す汚らしい口を閉じた。
――ああ、コレでやっと
「辛かったな、辰巳」
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「辛かった……? ああ、ああッ! 当たり前だッ!! 全身をグシャグシャに潰されて辛くない人間なんて居ないッ!! 夢半ばどころかまだスタートしたばかりの夢の旅路をッ、クソみてえな我欲に踏み躙られて辛くないワケが無いッ!! 特理共が何もかもを放置してた所為でッ!! 父さんと母さんと兄さんは誰よりも辛い目に遭ったんだよッ!!!!!!」
熱が湧いて止まらない。
魔力が際限無く湧いてくる。
『なんだソレはッ!?』って絶叫が頭の中にだけ響く。
でも、実際に出たのは僕のコトについてじゃなかった。
いや、別にソレが本心じゃない出まかせだなんて言うワケじゃないけど……別の感情を誤魔化す為に口を突いて出た、ってのが一番近いかな……
それから、コレ以上伯父さんにその言葉を続けて欲しくなかった、ってのもあるか……
「それを……そんな、当たり前のコトをなんだってッ――」
自分でも、ソコから先に何を言おうとしてたのかは分からないし、また止めてしまった以上はこの先もずっと分からないままでいてくれるハズだ。
だから、ココで聞きたくなかったハズの伯父さんの言葉が紡がれる瞬間に、またも口を閉ざした事実だけが残った。
「辰巳。今話してるのはお父さんやお母さん、景虎の事じゃない。お前の事だ」
そうして、僕は自分に向けられてるだなんて否定したかった言葉と向き合わされた。