120話
「…………」
「……こんばんは。いや、おはようかな。で? 何の用なの、伯父さん?」
ツンケンとした短い言葉に『今更』の枕詞が無かったのは、単に前回の邂逅からほんの数日しか経ってないからだけれども、ソレを抜きにしても棘のある口振りなのは、未だ特理の一員であるコトを許せてないからでもあるかな。
まあ、それ以前に、過去改変の実験兼魔力収集で深夜中ずっとお外を飛び回ってたのに、いざ結構な量の成果をホクホク顔で持ち帰ったら人ん家に不法侵入してる人物を発見したとなれば、例えその人物が身内でも多少はモノ申したくもなるよね。
唯一、特理の人員が居ないってコトだけは許せる点だけども。
そんなワケで、午前六時前だなんて言う帰宅するにしても他人の家へ伺うにしても常識と照らし合わせれば首を傾げたくなる時間帯のマンションの一室、その居間にて再びの伯父さんとの対面が相成りましたとさ~、ケッ。
「辰巳……この前、伯父さんが言った事を憶えてるか……?」
伯父さんは相変わらず重っ苦しい見た目と態度と口調で、対面に座る僕へそう切り出してきたのだけれど……はてさて、そんな言葉に如何ほどの価値があるのやら。
どうやら、伯父さんには自分がどれだけ手酷く信頼を裏切ってくれやがったのかって自覚が無いらしい。
「ああ、うん。なんとなく憶えてるよ。確か、伯父さんが僕を引き取ってくれるだとか、特理の魔の手から守ってくれるだとか、だっけ? そう言えば、最近は周りに特理連中見かけないけど、それって伯父さんが頑張ってくれたってコトなのかな?」
言いながら、内心では自分の問い掛けに否定的だった。
だってそうでしょ?
少なくとも一般には知られてないだけで国家機関ではあるらしい特理が、タカが一構成員の働きで方針を覆すなんて考え難い。
方針――即ち、徒に魔力を、魔法を振るい、その頂上の存在を世に知らしめさせかねないオレの捕縛、ないしは討伐。そして、その後の確保したオレを使っての超常現象の研究、を。
「……一応、その話が纏まったから、今日はこうして迎えに来た次第だ。一緒に来てくれるな?」
疑問符がついてるようなイントネーションに関わらず、その言葉遣いはどうにも半強制的な印象があったから反射的には頷けない。
うん、頷けないのだけれど、なんでかその強制的な言葉は、まるで僕の意思を尊重しようとでもしているかのように穏やか且つ問うような語調だったから、
「……理由を聞かせてよ」
僕は、その真意を確かめたくなっちゃった。
まあ、真意なんて大仰な言葉になっちゃったけれど、簡単に言えば伯父さんの立場、スタンスを確認したいってコトかな。
今更特理の一員なのは疑いようが無いし、父さんのお兄さんだからと警戒心や嫌悪感が湧き難くって続き難いから、ハッキリ言って敵か味方か分かり辛いんだよ、伯父さんってば。
一応、伯父さん自身からは魔力なんて欠片も感じないし、直接危害を受けたどころかソレを指示してる姿だって見たコトは無いしで、現状を鑑みるに『消極的な味方』って言う立ち位置にはなるんだけれど。
それでもまあ、本人の口から聞きたいのでありまして。
「そもそも、なんで僕を引き取るなんてハナシになる? 父さんと母さん――ソレに僕と一緒に魔界へ堕ちた兄さんもか。三人共世間一般的には行方不明扱いになってるんじゃないの? となれば、親権は未だ父さんと母さんの元にあるワケで、僕がココを出る理由にはならないと思うけど?」
つらつらと疑問を挙げて答えを促す。伯父さんは父さんのお兄さんで兄さんの伯父さんでもあるって時点で、僕如きがココまで言葉を重ねる必要なんか無いんだけど、普段から口数の多い人じゃないのに前回の魔界帰りの初邂逅から更に口が重くなった感があるからね。
ある程度、こっちから働き掛けないとハナシが進まなさそうなんだよね。
「そうだな……確かにお父さんとお母さんは検死に掛ける前に行方不明になった事で死亡が有耶無耶になっている。その為に辰巳の親権が未だ二人のものである事は事実だ」
僕が口に出してたのもあるだろうし、弁護士の父さんに頼んで法律について根掘り葉掘りしてたコトが伯父さんにも周知されてたのか、チューガクセー相手に法律用語込みの肯定をくれた。
ついでに、『但し』なんて法律っぽい繋ぎの言葉を挟んで、
「それはあくまでも書類や手続き上の話でだけで、あの事故に捜査の手が伸びていた以上はお父さんとお母さんの死亡を目撃した者が警察内に多数居る。このまま行方不明として処理される線は薄い。幸い、遺体の引き渡しに特理が絡んでしまった以上は、警察からの公式発表で二人の遺体の行方についての言及は免れるだろうがな」
……なんて、あくまでも事実のみを並べるような言葉が続いたけど。