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他称『魔王』の穏やかな日常  作者: 黒宮辰巳
113/186

113話

 ――と言うワケでやって参りました、ザ・月!! In The Moon!!

 いや~、地球ってホントに青いのねえ~。


 ……いや、自分でもこんなに気楽に来れちゃって良い場所じゃねえってのは分かってんだけどさ、逆に考えてもみてよ。

 縄文時代だの戦国時代だの自分が生まれる少し前だのにタイムスリップできちゃうようなヤツが、今更空の彼方とは言え空間的には地続きに過ぎない――それも、地球から最も近い天体へくらい行けなくてどうするのさ、ってね。


 ま、変身体で昇ったから宇宙服無しでもへっちゃらだしね。

 ホラ、変身体って身体を作り変えてるんじゃなくて、魔力で作った肉体を生身の上に着こむようなカンジだからさ、変身体が宇宙服代わりになるってワケ。

 ソレに空気無くても、代わりに魔力を消費すれば普段は細胞呼吸で生成してる熱量程度は十二分に起こせるし。


 ただ、目とか鼻とか口とかの粘膜が露出してるような部位は水分が沸騰したり凍ったりで大変だから、瞬膜パチリのお鼻閉じ閉じの口チャック状態だけどね。


 あと、空気も吐き出しておかないとだ。

 ココみたいな低重力低圧力環境下だと空気が膨張しちゃうから、肺が膨らませ過ぎた風船みたいになっちゃうからね。


 ってなワケで、ハァァァ――……

 はてさて、その辺はまあ一旦置いとくとして、折角邪魔の入らない場所に来られたんだからさっそく授業を受けるとしようかね。


 まず、物理干渉で適当に地面を刳り貫いて囲炉裏的な座席スペースを作りまして、その上に持ってきた教材と筆記用具を広げま~す。


 で、次は空間魔法発動。教室中央の虚空――クラスの連中の頭上に極小の門を設置。

 ソレと通じる僕側の門は三ヶ所、右の瞼の内側と両耳付近の頭蓋骨の一部。

 当然、門には通過規制を設定し、三つとも教室から僕の元への一方通行で、通れるのは光と振動だけ。

 勿論、光は瞼の方にだけで、振動は両耳にだけ伝わるように設定。


 するとどうなるか――



『――あ~、授業を再開します。教科書の16ページを開いて――』



 よっしゃ、成功!

 右目は瞬膜越しだけど授業風景がバッチリ見えてるし、両耳ともキッチリ音声拾えてるぜい!

 左目はちゃんと手元のノートと教科書を捉えてるから、コレで授業体制は完成だッ。

 ん~、素晴らしいッ、完璧……!


 なんて自画自賛を嚙み締めつつお月様で一人リモート授業に勤しんだワケだけど……

 こんなふーに授業受けてると、なんと言うかふつふつと湧いてくるものがあるね。


 『コレならワザワザ登校する意味あんの?』とか『そもそも、授業なんて受けてどうすんの?』とか……まあ、勉強したくないヤツらがよく勉強しない言い訳に口にする類のセリフだ。


 でもまあ、実際に意味だの価値だのの話をしたら疑問しか無いんだよね、今の()()の状況って。


 だってさ、魔力のおかげで呼吸も食事も睡眠も要らない上に変身体を纏ってれば服も無用ってコトは、衣食住の全てが不要ってコトなんだよ。

 で、そーなるとその衣食住を賄う為に金を稼ぐ必要も無いから就職する必要も無い。

 なら、就職に必要な学歴を揃える必要も無いってワケで……

 うん、ココまで言えばもう勉強の必要性については分かって頂けたと思う。


 しかも、コレらはあくまでも身体の機能面や性能面から導き出された実際的、客観的な話なだけで、もっと思想的、主観的に見れば更にこの無意味、無価値の証明は補強されるよ。


 そんなの当たり前だ、なにせ今のオレは()()なんだから。

 全人類を統べるハズだった兄さんとその偉大になるべき兄さんをその領域にまで育てた父さんと母さんを殺した()()共の同類なんだ。

 この事実だけで、もう()()の存在価値なんて無に等しい――どころかマイナスに振り切っちゃってるね。

 うん、今すぐにでも死ぬべきだ。


 それなのに、恥知らずにも未だにのうのうと息をしてるのは偏に父さんと母さんと兄さんを呼び戻す為だ。

 その為にワザワザ夜の街に繰り出して()()モドキ共を狩って魔力を溜めてるんだから。


 でも、それならそれだけをやるべきだし、寧ろそれ以外の行動は全て無意味で無駄でしかない。

 勉強だの授業だのに割く時間があるのなら、それら全部を使って魔力収集に勤しむべきだ。


 なのに、なんで授業を受けてる?

 ワザワザ月にまで来て、その為に少なくない魔力を消費して、どう考えても時間と魔力の浪費でしかない。

 なのに、なんで――


『……黙れ、集中しろ』


 ほぼ真空の世界であっても、自分で声を出せば声帯からの骨伝導でちゃんと聞こえるんだけど、普段耳から通じて聞いてる分の音声が聞こえないから妙なカンジ……

 なんて、暢気な感想を浮かべながらも、冷徹な叱咤で気を取り直してノートに向かう。


 そうそう、こんなのは普段の暗記作業(写経)中にもよく湧く雑念と一緒だ。

 大体()()が言う意味だの価値だのなんて、結局は自分以外の誰かの考え方や主張を真似て作っただけの物差しに過ぎないんだから、父さんや母さんや兄さんが褒めてくれた努力(勉強)成果(成績)の方をこそ疎かにすべきじゃないのさ。


 ソレに、そもそもオレの魔法で()()()のは、父さんと母さんと兄さんが死んでしまった事実そのもの。


 つまり、成功した暁には父さんと母さんと兄さんの死が過去に遡って無かったコトになり、『父さんと母さんと兄さんが亡くなっている』って事象を内包するこの世界そのものが消えるんだから、今とこれからで何をしようが父さんと母さんと兄さんが生きる世界には何の支障も無いハズだ。

 ……あのキューブタワーでの過去改変は失敗してるから、『干渉魔法でなら成功する』だなんて断言はできないけど。


 うん、ま~、なら、今は授業に集中すべきだね。

 少なくとも、ココまでに消費した魔力が無駄ではないと思えるくらいには。


 そんなワケで授業再開。

 今度こそ何の妨害も無く、この日の授業は全部受け切ったのでした~、チャンチャン。

 ……勿論、学校での扱いは無断欠席になるだろうけど。

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