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他称『魔王』の穏やかな日常  作者: 黒宮辰巳
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110話

 兄さん――黒宮(カゲ)(トラ)の夢は宇宙旅行だった。


 そう、宇宙()()

 宇宙飛行士になるコトでも天文学者になるコトでもなく、NASAで働きたいとかでもなく、宇宙を自由に旅するコトだった。


 僕も、その夢を聞いた時に質問したんだよ。

 『宇宙飛行士を目指すの?』って。


 でも、兄さんはその問いに首を振った。

 縦ではなく横にね。


 意味が分からないって顔に出てたんだろうね。

 僕を見て苦笑してた兄さんは、どういうことなのか詳しく説明してくれたよ。


 曰く、宇宙って言う広大な空間を人間が自由に旅するには、乗り越えなきゃいけない要素が二つある。一つは『距離』、もう一つは『時間』だと。


 まず距離についてはワザワザ言うまでもないコトだね。

 『~光年』なんて言葉がまかり通る世界なんだから、()()()旅行にはそりゃあ最低でも光速と同等の移動手段が必要になるコトは想像に難くない。


 次に時間。

 コレは距離の問題に関連して発生する問題だね。

 『~光年』って概念は『光の速度で進んでも~年掛かる』って言う時間の単位なんだから、その移動時間を如何に遣り過ごすのかが課題になるワケだ。

 人には寿命(限界)があるんだから。


 ただ、この二つの問題は両方越えなければいけないってワケじゃなく、どっちか一方さえクリアしてしまえば支障は無い。

 当たり前だよね。

 SFのワープみたく一瞬で目的地に着けるのなら時間に追われる心配は無いし、無限の時間があるのならワザワザ急ぐ必要も無くなるワケだし。


 そんで現状、人類が実現可能な技術で越えられそうな壁は時間の方だ。

 所謂『コールドスリープ』ってヤツだね。

 コレならワープとか超光速移動なんかと違って、医療関連の技術として今も研究が進められてるし、僕らが生きてる間に実用化される可能性が十分にある。


 いや、ソレで言うなら『人体冷凍保存(クライオニクス)』って呼ぶんだっけ?

 でも確かコレは生きてる人じゃなくて死んじゃった人の蘇生を目的とした技術なんだっけ?

 あれ?


 まあ、どっちでもいいや。

 とにかく、人体を冬眠状態にする手法は研究が進められていて、ソレが更に発展して行けば完全な『コールドスリープ』の実現も不可能じゃなくなるって話。


 で、そーやって目的地までの道程を何十年、何百年と眠り続けて遣り過ごせるようになれば、晴れて宇宙旅行の達成ってワケだ。

 イエーイ、パチパチ♪


 ……ただ、この手法だとどうしても無視できない問題がある。ソレは、『移動中の時間経過そのものは無くならない』ってトコだ。


 何を当たり前のコトをって思うかもだけど、コレがなかなかに厄介なんだよ。


 だってさ、旅行に掛かった何十年、何百年なんて膨大な時間があれば、技術だって歴史だって幾らでも進んじゃうんだよ?

 二〇〇年前は江戸時代真っ只中だった――なんて言えば、理解もし易いかな。


 つまり、仮に兄さんや僕が大人になる頃には完璧なコールドスリープ技術が確立されて人類の宇宙進出が()()()()()可能になっていたとしても、世界情勢がソレを許さない――なんて事態になりかねないってワケ。


 折角の宇宙旅行から帰ってきたら国が無くなってた――とか、出発直後に起きた戦争の所為で地球側からの通信が途絶えて宇宙船が孤立――とか、そんな心配しなきゃいけない旅行の何が楽しいのかってハナシだね。


 だから、兄さんは幾らでも代わりに進めてくれる人達が居る研究者や技術者、専門家である宇宙飛行士なんかを目指すのではなく、今のトコ誰も手掛けていない分野――何十年、何百年と掛かる宇宙旅行に出ても問題の無い世界の形成を()()、って言ったんだよ。

 『やりたい』じゃなく、ね。


 うん、今思い返しても中々に大言壮語だけど、実際に兄さんはその夢を叶える為に行動してた。

 それも、この話を僕に聞かせるよりもずっと前から。

 『やる』どころか『やってる』ってワケだ。


 この話を聞いた一か月後くらいだったかな。

 兄さんは小学校を卒業したばかりで、一つ下の僕は兄さんの居ない小学校で六年生になってすぐのコトだ。


 金見市でも有数の高級ホテルで大ホール一つを丸々借り切ってのパーティーが開かれて、父さんと母さんと兄さんと僕はソレに参加した。


 他のメンツはこの手の集まりでは定番の横柄な上にデブかハゲかその両方のオッサン共やジジイ共とその家族やら関係者やら――コレを見て、最初はまた母さんが仕事の付き合いで僕ら一家を連れて来たのかと思っていたけど、全然違った。


 だって、僕ら一家が最後の参加者だったのか、父さんと母さんと僕が会場に入ったすぐ後に照明が落ちて、パッと照らされた壇上から開会の挨拶をしたのは、到着後すぐトイレにでも駆け込むように別れた兄さんだったんだから。


 ポカンとしちゃった僕を置き去りに兄さんの挨拶やスピーチは続いて、気が付いた時にはもう兄さんは壇上から降りるトコで、ホール内は盛大な拍手で満たされてた。


 しかも、だよ。

 その拍手の大部分を占めるのは賓客のオッサン共、ジジイ共ばっかりで、兄さんを見上げるそのツラにはさっきまでの横柄さなんてドコへやら。

 まるで、おやつを前に待てするワンちゃんみたくキラキラした目をしてやがる、キモ。

 頭に負けてねえ(テカ)り具合とか。


 そんで更には、降りてくる兄さんの元に加齢臭共が密集していく始末……

 いやホント、どゆコト?


 そんな周回遅れ中の僕の疑問符を取り払ってくれたのは、普段なら兄さんの位置に居るであろう母さんだった。

 保護者としてか、或いは会社の代表である母さんに付き添う時のように兄さんの傍に立つ父さんを尻目に、母さんもまた兄さんの夢を知ってる前提で話し始めた。


 今まで兄さんがこの街のあらゆる分野の著名人、代表者、トップ達と接触、会談し、莫大な数のコネクションを築き上げてたコト。

 今日のこのパーティーはそのコネ同士を互いに結び付け合う為に兄さんが主催したコト。

 そして、ゆくゆくはこの繋がりを足掛かりに県外、国内、世界へと進出するつもりなんだとも。


 兄さんが埒外の天才であるコトは昔から知ってた――知ってたつもりだった。

 勉強もスポーツもなんだって一番で、男子も女子も陽キャも陰キャもパンピーもオタも不良も誰も彼も老若男女全員が兄さんを慕い、いつも人の輪の中心に居た。


 だから、人だかりの中心に居るコトに何の疑問も無い。

 ……その群がってる連中が金見市有数の企業の社長だか会長だかだったり、市議会議員だの商工業の組合長だの、金見市出身の著名人達――なんてメンツでなければ。


 小学三年生くらいから兄さんが毎朝新聞とかニュースサイトとかを読み漁るようになってたのはきっとこーゆー連中と話し合わせる為だったんだろうな~、なんて納得もあった。


 だから、僕は悟ったんだ。

 いつか必ず兄さんは夢を叶えるコトも、その結果として兄さんは人類史上初の『全人類の統一』を成し遂げるであろうコトも。


 だって、そうでしょ?

 何十年、何百年と宇宙旅行に行けるだけの安定した世界情勢なんて、もう世界()()くらいされてなきゃ維持不可能だろうからね。


 ま、フィクションなんかじゃ世紀単位で使い古されてるけど、世界征服――人類七〇億人の統一なんて間違い無く前人未到の偉業だし、『幾ら兄さんでも……』とは思ってたさ。


 でも、タカが一中学生の時点でこれだけの人間の中心に立てるのなら、そんな前提は簡単に覆るとも。


 ……今にして思えば、この時だったんだろうね。

 僕が兄さんや――その兄さんをココまで育て上げた父さんと母さんへ向けていた尊敬が崇拝に昇華したのは。

 全人類の王とその両親なんだから、当然と言えば当然だね。


 そして逆に、自前のコミュ障に端を発する他人共への嫌悪感が、被支配者達への選民意識へとすり替わったのもこの時だったと思う。


 その意識は、今も()()の中に渦巻いてる。


 『なんで、父さんと母さんと兄さんだったんだ?』


 『その辺に幾らでも替えの利く他人共がのさばってるのに。なんなら、出涸らし()一人が死ぬだけでも良かっただろうに……なんで、よりにもよって世界を統べる筈の兄さんと、その世で国父国母として崇められるべき父さんと母さんなんだ?』


 『なんで、どうして……理不尽だ不条理だ割に合わない巫山戯てるあんまりだなんでなんでなんでなんでなんでなんでななんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでななんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでななんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでななんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでななんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでななんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでななんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでななんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでななんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでななんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでななんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでななんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで――


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