109話
「――着地っ、グニッとな☆」
三メートルほどの落下を経て辿り着きますは、だだっ広い駐車場に面した金見市中央病院の入り口前。
さっきまでいた港の廃工場に一番近いのは、駅前繁華街に在るこの病院だったからね。
ワザワザ他の病院にする必要も無いし、近場のココに飛んで来たってワケ。
「さてさて、入院患者さん達はドコに居るのかな~っと」
グニグニと鉤爪を立てないように先客共を踏みしめながら、見上げる病棟へ向けて魔力ソナーを照射。
病棟の外壁は真っ白に塗りたくられてて、その有機塗料に阻まれて魔力の浸透率がメチャ低いけど、ソコは魔力の量と放出圧を上げれば何とでもなる。そもそも、水中やら宇宙やらに立てられてるワケじゃないんだから気密性なんてガバガバだしね。
「……寝てんのが五〇〇と十二、動いてんのは看護師と夜勤の医者か。ま、ソッチは良いとして、取り敢えずコレが全部空になれば数日はもつかね?」
ってなワケで――照準。
狙うのは探知した大体五〇〇人の入院患者連中を患者足らしめている病気やら怪我やらの存在そのもので、使うのはさっきまでのジャックポットで溢れてる魔力。
うん、まあ、我ながら無駄なことやってる自覚はあるけれど、父さんや母さんから『オモチャで遊んだ後はちゃんと片付けるように』って躾けられたからね。
遊び場を散らかしたまんまってのも据わりが悪いし、仕方無いネ。
んじゃ、ズドン。
…………うん、感触的には成功。
コレで連中の病気や怪我なんかは消え去った筈。
いやまあ、いくら『物理法則なにそれ美味しいの?』な魔法でも、『どんな種類のどんな症状の病気でも一瞬で消し去り、手術跡だろうが手足の切断だろうが怪我にカテゴライズされるものは全部完治』って中々にワケ分からん。
別にさあ、ゴホゴホ咳き込んでるのが止まるとか、魘されてんのがピタリと止むとかならまだ絵面的に良いけどさ、なんで腕生えてきてんの? トカゲの尻尾? それともイモリかプラナリアの親戚? まさか魔物の同類!? って言い草は流石に酷いか、やった張本人としては。
「ま、ベッドが空きさえすればそれで良いけど」
そうそう、どうでも良いコトだ。
ただ偶然同じ市に住んでただけの、ただ偶々この病院に入院してただけのどうでも良い他人共のコトなんて。
そんなコトよりも気にすべきは、単純だけど無視できない算数の問題だ。
そもそも、今こんな無駄なコトしに来たのは、さっきまでに片したゴミ共の数が意外とバカにならない数字だったからだ。
で、そのバカにならない数字ってヤツをそっくりそのまま近くの病院に押し付けたワケだけど、今みたいに五十越えを毎晩やってたらどんなに空きを作ってもキリが無い。
この中央病院には約五〇〇の入院患者が居たワケだけど、単純なベッドの総数は八〇〇以上あるみたいだから、取り敢えず今週一週間分を此処に詰め込むことは物理的には不可能じゃない。
でも、そんなことできるワケが無い。
だって、人が生きてる以上は怪我人も病人も今後幾らでも現れるんだから、その未来の患者達の為にベッドの空きはどうしても必要なハズだ――ってか、そーしてくれないと父さんや母さんや兄さんが必要とした時に大変お困りになっちゃうよ。
しかも、中央病院はその大層な名前通り金見市でも随一の規模を誇る病院だ。
となると、他のトコはもっとベッド数が少ないハズで、それら全部を合計したとしてベッドの総数なんてタカが知れてる。
精々、万を超えるか超えないくらいじゃないかな。
対して、ゴミ共の方はどうだと言えば――うん、実数がハッキリ数えられるベッドと違って目安程度にしかならないけど、計算できないワケじゃない。
例えば、今日狩った連中みたく態度や行動が分かり易く威圧的、暴力的であからさまな違法行為、迷惑行為に及んでるような連中だけを対象にしてみようか。
そうだな……あーゆー連中に似た、或いは準ずるような奴はクラスにも数人は見掛けたから、ソレを使って計算してみようか。
一クラス三十そこそこの内の数人となれば割合的にはザックリ一割になるから、ソレをそのまま金見市の総人口に掛けてみれば――……いや、市内の総人口とか知らんがな。
どうしよう?
う~ん……いや待て、確かなんかの授業か行事で日本の人口分布についてやってたハズ……授業で触れたなら暗記してるハズだから、スッと出てこない時点で行事か? いや、小学校の授業だったか?
まあ、ソースはどうでもいいや。
で、確かそのランキングかなんかだと一位から十位くらいまでは大体桁七つで、その下は何六桁で続いてたから……まあいいや、テキトーに最低の一〇万で見とこうか。
で、ソレの一割が――って、一万!? 丁度じゃダメなんだってばよ!!
そんで更に、そーゆー分かり易いゴミ以外にも存在する物陰に隠れた薄汚い悪意ってヤツらもとーぜん見逃す気はねえのです、ってなるワケだから、もっともっと増えるワケで……いや、魔力的には嬉しいけれども。
ん~、合計がザックリ凡そ大体人口の二割前後だと仮定して、ソレを全て最終的に身動ぎもできないゴミ袋に変えるとしたら、まず間違い無く病院がパンクするな。どうしよ?
「……う~ん、こーして考えてみると、死刑ってのは必要なのかね? 資源の節約的には。いやでも、年間で執行回数二、三回だっけ? そんなんじゃ、焼け石に水滴か」
なんて、今までの最終的不殺を返上しようか迷いながら無意識にお空を見上げると、東の方が何やら青みがかってきてた。
「――チッ、時間か。まあ、仕方無い」
どうも、朝食作りに熱中しちゃってたみたいだね。
ま、別に今日一日で魔力集め切らないといけないってワケじゃないし、今後の方策も考えなきゃいけない上に学校にも行かないとだ。
あ~、忙し忙し、ホント飯も睡眠もいらない体になって良かったわ~、死ねよオレ。
などと毒づきながら、物理干渉でコンクリの地面を傷付けないようにして、地を蹴り天に昇る。
目的は定まっていても問題は山積みで解決の為に動けば更なる問題が――って現状に嘆く間も無く、この日のオレは帰路に着いたのでした。