104話
「で、でもっ……法律が――」
「『法律が』? なんだ? 『許さない』か? それとも『守ってくれる』ってか? そんなワケねえだろ。確かに、アンタが訴え出ればコイツは犯罪者として捕まるだろうさ。でもって、コイツが撮った画像も動画もぜ~んぶ晒されるが、それでアンタの何が守られるってんだ? 一生モンの疵が増えるだけ、アンタを思う人達も同じだ。しかも、コレが捕まったトコロでだ。強制わいせつ罪だの強制性交致傷罪だの全部乗っけて実刑下ったとしても死刑にはならねえし、無期懲役ならどんなに長くても三十年後には出てくるし、悪けりゃ不起訴で裁判も起きずに自由になっちまう可能性だってあるんだから、逆恨みでまた襲われるのも十分あり得るぞ」
弁護士の父さんから聞き齧ったり書斎の本を盗み読んだりして半端に学んだ法知識をひけらかしながら、言い訳を許さず、逃げ道を封じ、選択肢を一つに絞らせる。
別に、そんなふうに意図してたワケじゃない……と言うよりも、自分の言いたいコトを言っていたら、結果的にそんな誘導してるみたいになってるってだけ。
そもそも、僕にそんな人の心を操るようなマネができるなら、ボッチになんてなってなかったってね。
「この際だ、なんか勘違いしてるようだから教えてやるよ。法律が守るのは個人じゃない、社会の秩序だ。オレらが暮らしてる現代社会ってのではな、『事件の被害者』なんつう世間一般の普通人ってカテゴリーから外れるようなヤツは、加害者と同じように秩序から外れちまってる扱いなんだよ。アンタだって見たコトあるだろ? 泣きじゃくる被害者遺族を取り囲んでパッシャパッシャフラッシュ焚く記者共の映った報道とか、所詮は対岸の火事だと好き勝手に面白可笑しく騒ぎ立てるネットの書き込みとか、加害者の権利保護なんてバカげた主張をエラそーに語り散らす自称有識者様とかよ。そんな連中が一時の娯楽の為に他人の人生だって消費し尽すのがこの現代社会だ。そんな扱いだぞ、アンタやアンタに近しい人達が辿る末路なんて。ココで、何もせず、コレに、のうのうと息をさせ続ければな」
まだまだ喋りたい欲が治まらないのか、黙らされたまんまの女子さんを置き去りに捲し立てる始末……
いやはや、お恥ずかしい限りで。
ってか、主題がほーりつからしゃかいにすり替わってませんコト、辰巳さん?
まあ、ココでチョット自己弁護させて頂けるのならね、父さんと母さんと兄さんを喪ってからたった二年しか経ってなくて、その二年間だってずっと殺し合い続きの毎日で、ソコから帰って来たと思ったら今度は国家機関に捕まって閉じ込められて――それから一週間と経ってないってんだから、不満を吐き出すのも多少は目を瞑って欲しいね。
大体、お偉いお国様とやらがあの魔物共をしっかり管理できてないからあんな事故が起きたんだし、できないって分かってるんなら潔く公表して魔物の実在をしっかり認知させていれば、もしかしたら父さんと母さんと兄さんを喪わずに済んだかもしれないってのに、そんな『不可能ではないコト』を怠ってさ。
でもって、なんだよ。
人を実験材料とか抜かすクズの特理なんて作って、今眼の前に居るような魔物そっくりな生ゴミを放置してさ……
これじゃあ、生きるべき人達と死ぬべき人間がアベコベじゃんか!!
ふざけんな!!!!!!
クソッタレがッ!!!!!!
「――ど、」
「……ん?」
腹の中に込み上がりまくるイライラと足元フミフミで抑えていると、漸く再始動したらしい女子さんがその薄い唇を震わせた。
なんぞ言いたいコトでもあるんかいな?
「どうすれば、良いんですか……お母さんと美香ちゃんを――皆を守るためには、一体どうしたら……?」
……オイオイ、今更? オレちゃん最初に言ったと思うんだが?
「そんなん決まってる。ぶちのめしてやればいい。手加減も容赦もせず、一切躊躇わず、もう二度とアンタと関わりたくないと思わせるように、アンタの影を見るだけで漏らしちまうくらいのトラウマになるように、徹底的に叩きのめして心を圧し折るんだ。そもそも、コレがアンタを標的に選んだのは、アンタが『何しても反撃されそうにないザコ』だって思われたコトが原因だろうからな。だから、た~くさん痛めつけてやって、アンタが危険だってコトを教え込んでやれば、もうアンタを怒らせるようなマネはしねえさ」
「――――! 怒、る……? 私が……?」
おや、何やら気になるワードがあったみたいだ。
なら、ソコを掘り下げて上げるとしようか。
「そうだ、アンタは怒るべきなんだよ。だってそうだろ? コレにとってアンタは格下で無抵抗な獲物ちゃんだが、アンタのお母さんやナントカちゃんにとってはかけがえのない存在なんだぞ。ソレってつまり、『コレはアンタ自身だけでなく、アンタを大事に思う人達とその想いをも馬鹿にしてナメ腐ってる』ってコトなんだからよ」
まん丸と見開かれてたお目々を真っ直ぐに見据えながら告げると、今まで女子さんの目の奥に燻っていた気弱そうな光がどんどんと色褪せていって、代わりに何か単純に怒っているんでも憎んでいるんでもない、どう表現すべきか分からない感情の炎が轟々と勢いを増していく。
「そんなの許せねえだろ? 当たり前だ。なんでこんな人様を踏み躙ってゲラゲラ腹抱えるような、存在するだけで害悪にしかならない魔物モドキなんかにあの人達を嗤われなきゃならねえ? なんであの人達の優しさや温もりを踏み躙られなきゃならねえ? この身が傷を負えばあの人達が悲しむ、この身を汚されればあの人達が涙を流す……こんな不条理を許して良いのかッ? 違うだろッ? 断じて違う!!」
そんな女子さんの意思にコッチの腹で燻ってた狂熱が煽られたのか、無暗矢鱈と語調がどんどんヒートアップしちゃうんだけど、女子さんの目に怯えが見えたりなんてコトは無い。
それどころか、オレの熱を受けて女子さんの瞳も更に燃え上がってるようだった。
「嗤われるべきはコイツらだッ!! 踏み躙られるべきはコイツらだッ!! 死んで消え去るべきはコイツらだッ!!!!!! こんな連中がのうのうと息してんのが世界最大の間違いだッッッ!!!!!! こんなヤツらを絶対に許すなァッッッ!!!!!!」
吠えるオレとは対照的に、女子さんは終始無言だったけど、その腹の内は少なくともオレと同じ方向を向いてるであろうコトだけは確信できた。
とは言え、一通り吠え終わってから若干我に返れたので、ココは一つ冷静に最終確認と参りましょうか。
「フゥ……悪いな、熱くなり過ぎた。さて――んじゃ、そろそろ決めろよ。このまま逃げて、さっきオレが懇切丁寧に語って聞かせた末路を辿るのか……それとも、今ココでコレに『テメエ如きに、屈するものか』と思い知らせて、もう二度と嘗めたマネなんかやる気も出ねえようにしてやるのか、好きな方を選べ。なるべく早く、今すぐにでもな」
そう言いながら、チラッと足元に目をやって漸くケツマルダシがまたイキノネトマリになってたので、さっきから爆上がりっ放しな魔力で主観干渉を放って、また無駄にゼェハァ這い蹲らせてやる。
ま、もうコレの出す音なんて極力聞きたくないので、同じく干渉魔法でお口バッテン状態にもしてあるけど。
すると、女子さんはそんなクソ露出魔なんかには目もくれずに立ち上がり――今更ながら脱ぎ掛けになってたパンツに気付いて、パッとオレに背を向けてイソイソと履き直し、ついでにオレの上着で隠してた上半身も手早く整えてから、鋭く振り返って赤面涙目でコチラをキッと睨んできた。
「…………えっち」
……は?
「下らねえコト言ってねえで、さっさと決めろよ」
不名誉なレッテル張りをバッサリ切り捨てつつ、さっさと話を進めさせる。
ったく、散々だ。
客観的に見て中々にアホな展開に巻き込まれてるって認識してんのに、ソコへ更にラブコメ要素まで無理矢理ブッ込んでくるとか付き合い切れるか。
そもそも、魔物が人間様相手に発情なんかするかよクソが。
と、オレちゃんのフラットな苛立ちが伝わったのか、女子さんはそれ以上拘泥するコトなく、それでもやっぱり不満ではあるのかこれ見よがしな溜め息を吐いてから、すぐ近くの棚の方に歩み寄って行った。
その棚には段ボールやら網々で中身が見えるプラスチックケースとかが置かれてたけど、それらの隙間に堂々と誰かしらの忘れ物なのか二キロぐらいの小さな金属製ダンベルが置かれていて、女子さんはソイツを手に取った。
そうして、準備万端振り返った女子さんは、片手に収まる所為で法具っぽく見えなくも無いダンベルさんと相まって仏像を彷彿とさせるような、ドコとなく浮世離れした微笑みを浮かべて床にこびり付いた生ごみを見下ろした。
「では、そのまま押さえ付けていて下さいね」
「おうさ、任せろ。ついでに後始末も心配するな。どんな大怪我や致命傷を負わせても痕跡ごと無かったコトにできっから――」
――ゴンガングシャッ!!!!!!
「――ま、思う存分やると良い」
オレの発言なんてどうでも良いのか、或いは二度もこの魔物モドキを治してやった場面を見て安心し切ってるのか、それとも単にシビレを切らしただけだったのか……
とにかく、オレが全部言い切る前に、女子さんは吹っ切れたような容赦の無さでダンベルを振り下ろしましたとさ。
チャンチャン♪