100話
「……まあ、丁度良いか。どうせ、このまま帰ったトコで――『おかえり』なんて返ってこないんだから……少しは魔力の足しにもなるだろうし」
いつの間にか日の傾き出してた無人の教室で、背凭れに身体を預けて天井を見上げながら溜め息と一緒に溢すと、肺に淀んでた空気を吐き切ったトコで教科書ノート筆記用具を手早くバッグへと仕舞い込む。
うん、さっきからもう集中切れちゃってたし、今もキンキン聞こえてくる声の所為でこれ以上は集中して続けられそうもないからね。
今日の書き取りは終~しまい、っと。
でもって、机の中にも机脇のフックにも何一つ物を残さずに教室を出る。
「さてさて、それじゃあ――行きますか」
なんて、独り言を使ってエコロって、僕が所属しているクラスであるところの2―Aの教室だけでなく同階の教室廊下トイレ、ついでに上階の同上全部が無人なコトや、下の二階特別教室とか一階職員室とかに合計二十人分の存在を確認しつつ足を進める。
行き先は勿論――
――やめてっ、やめてやめてやめてやだやだたすけてたすけてっ、だれかたすけてっ
キィキィキンキンキィキィと、頭の中で喧しく鳴り響く声が聞こえてくる方角……
つまりは、僕が今居る第一校舎と中庭挿んで対面に在る第二校舎を繋ぐ渡り廊下。
ソコと通じてる体育館へ、だ。
ウチの学校は進学校だけど部活方面でも全体的に力入れてるので、普段ならまだ日も暮れてない時間は室内競技系の部活が使っていそうだけど、新学期早々だからか既に人の気配はしない。
少なくとも、ヒトが現在進行形で出している音や臭いは精々二人分しか感じられない。
となると、単純に考えてこの雑音はそのどっちかが上げてるってコトになりそうだけど、そんなコトより問題なのはこの声の聞こえ方だよね、やっぱ。
だって、テレパシーだよテレパシー。
脳に直接音声情報が届くとか!
どう考えてもフツーじゃない。
非科学的でオカルトマジカルな現象だ。
十中八九、魔物関連の異常事態でしょ、コレ。
いやまあ、魔界から帰って最初の登校で遭遇するとか出来過ぎてる気がしまくりだけどね。
それこそ、特理だか野良の魔物だかが僕を嵌める為に仕組んだ罠って可能性も十分考えられるレベル。
ただ、だからって放って置けるワケも無いのが辛いトコだね。
コッチは父さんや母さんの身柄って言う、明々白々な弱点を抱えちゃってる以上、問題があれば即時対処で即解決にまで持って行かないと不安過ぎるし。
仮に、解決まで持ち込めなかったとしても、その問題がどんなものか直接確かめないコトには対策も立てられないし。
ならば、と魔力を練りつつ、魔界で不意打ち用に身に着けた僕自身の耳にすら足音が聞こえないレベルの忍び足――魔力を探知されたら厄介なので魔力強化は無し――で、一気に体育館前まで駆け抜け、体育館入り口で足を止める。
別に、止まりたくって止まったんじゃないよ。
なんか、いつも開かれてるかネットが掛けられてるだけの入り口が、何故か重そうな金属製の引き戸で締め切られてたからさ。
いや、重いかどうかはどうでも良いんだよ。
問題なのは、こんなサビサビの引き戸を開けたりしたら、その騒音で中に居るヤツらに気付かれるって点だ。
こーゆー壁越しに中を探るんならソナーやエコロが有効ではあるんだけど、魔力や音を出して探知する以上は、相手に気取られるリスクがあるんだよね。
魔界でとか特理の研究施設に居た時は、別に見付かってもミナゴロシにして差し上げちゃえば解決しちゃうような状況だったけど、今回は場所が校舎内な上にテレパシー発信者がこの学校の関係者かもしれないのが厄介だ。
だって、もし相手が僕と同じように何かの弾みで魔物の力を手にした生徒や教師だった場合、ココでヘタに対応すると僕についての情報を不特定多数の他人共に流されるかもしれないからね。
ソレも、『魔王を殺したレベルの魔物の頭に、直接情報をブチ込めるほど強力なテレパシーで』だ。
別にネットとかSNSで実名晒されたトコで、いつかは――最低でもこの人間社会からは消え失せるつもりでいる僕にとっては痛くも痒くも無いし、実名と一緒にあの真っ黒い変身体姿の画像とか動画を撮ってupされてたとしても、本気にするヤツ皆無で何も困らないと思う。
うん、PC画面に表示されるオカルト情報の扱いなんてそんなモンでしょ。
でも、あのテレパシーで何度も何度も刷り込むように、『黒宮辰巳は魔物であり、人類に仇なす敵だ』なんて情報を流され続けたとしたら――どうだろう?
度重なる魔物共との戦闘で、手足を千切られたり魂を直接齧られたりして肉体的にも精神的にも苦痛に耐性のある僕が、たかが勉強程度のとは言え集中を妨げられるほどの不快感を受けたテレパシー……
うん、どう控えめに見積もっても洗脳ないしは催眠誘導に応用できそうな出力だね。
それを使って、僕に敵対的な人間を今以上に増やして、最終的には僕を排斥して退学に追い込む――なんてなると、折角見付けた魔力生成工場が営業停止になっちゃうよ。
どうしよ?
いやまあ、『洗脳した連中を死兵扱いでぶつけてくる』なんて、雑な実力行使なら幾らでも遣りようはあるんだけど、そーゆー搦め手は一介の中学生には効くからね~。
やめてくれ。
だから、せめて相手の正体が分かるまではひっそりと穏便に行きたいトコではあるんだけど……
でもしかし、否されど、だ。
ココは逆に、先手必勝速攻からの即実力行使で良いんじゃなかろーか?
いやだって、相手がドコのダレであろうと、今の僕には相手に何もさせずに制圧し切るだけの戦闘能力が有って、最悪の場合は死者の復活すら可能な干渉魔法まで持ってるんだから、最初っからリードを握り続けて相手に何もさせないってのが一番確実な対処方じゃん? でしょ?
なんてカンジで、主観で数分、客観では一秒も立ってないくらいの逡巡を終えて引き戸に手を掛けると、人一人が通れるくらいの隙間を作る程度程度の力加減はしつつも難なく開く。
すると、やっぱり引き戸は見た目通りに酷い音を奏でてくれやがったし、そんな見た目に騙された所為で力加減もミスって、引き戸ちゃんはガッシャンとレールの終点に衝突しちゃいましたぜテヘペロ♪
ま、ひっそり穏便な方針は最初からブン投げられちゃってどっかに消えたので、ソコからはダッシュで踏み込み――
『『――――!??!!!』』
二人分の驚愕が漂う体育館奥の倉庫へ突・撃☆
またまた引き戸が遮る倉庫の出入り口には鍵が掛けられてたみたいだったけど、丁度魔力が有ったので、難なく御開帳なのです。
でもって、ソコに居たのは――
「な――なんッ!?」
「――ッッッ……」
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ハァ。
…………なんか、ジャージもパンツも下して毛達磨のケツを晒してやがる汚ッサンと、体育マットの上でソレに覆い被さられてる女子生徒が居た。
しかも、顔は涙と鼻水でグシャグシャで、制服もスカートも捲り上げられて、下着もはだけてる状態で……
ハァ――なにコレ?