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他称『魔王』の穏やかな日常  作者: 黒宮辰巳
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1話

 目が覚めると、そこは壁も床も天井も、ついでに僕が寝てるベッドのシーツまで真っ白で、潔癖症を拗らせ過ぎで目が痛くなるような窓の無い部屋だった。

 どれだけ白いかというと、もう一見しただけじゃ壁と床の境目が分からないくらいの白さ。それこそ、一日缶詰めにされたら気が狂うってくらいに病的、或いは狂気的な単色の部屋で、僕は思わず跳び上がってしまった。


「なっ……なんだ、ココ……?」


 間の抜けた質問への返事は何処からも来なかったけれど、その声が壁や床で反響したおかげで、この部屋がおよそ五メートル四方ぐらいの広さなんだって事が()()()()()


 所謂、反響定位(エコーロケーション)ってヤツだ。


 要は、コウモリとかイルカが世界を()()為に使ってるアレだね。

 それだけ言うともうほぼほぼ人外チックな匂いがしてくるけど、元々人間にも可能な技能だってテレビでやってたからね、何も不自然じゃないよネ。

 大体、鈍感系主人公なんて今時流行らないんですよ。今のニーズは(五感)敏感系主人公ってね☆


 とまあ、そんなワケで、微かだけど壁に一か所だけ長方形の凹凸があるように()()()()し、部屋中にケミカルな薬品臭さが残ってるのも嗅ぎ取れたから、ココはいつぞやに閉じ込められた謎空間なんかじゃあなく、人の手で造り上げられた悪趣味な一人用の病室なんだって事も分かった。


 ……見覚えの無い謎の部屋に居たりしなければ、こんな非人間的で冗談みたいな知覚感覚を鍛えざるを得なかった二年間(?)へ恨み言の一つや二つぶつけられたのに……

 

 ――コホン。とにかく、これで残った疑問は、()()()()を脱出してからこの部屋で目覚めるまでの経緯を全く思い出せない事と、いつの間にか着せられていた鶯色の病院服は誰が着せたのかって事くらいかな?

 あ、あとは壁中からジーッて電灯みたいな音がずっと聞こえるのは何なのかって事と、そもそも何がどうしたらドアノブも見当たらない部屋に閉じ込められるのかって事とかもだけど……さて、僕の疑問には誰が答えてくれるんだろう?


 なんて思ってたら、丁度見計らったようなタイミングで天井の角からマイクのノイズみたいな音が聞こえてきた。


『御早う。よく眠れていたようだね、黒宮辰巳君』


 ジジッて音に続いて聞こえてきた発言を聞いていると、声の主がコチラの様子を覗き見ているらしい事以外にも分かる事があった。

 例えば、男が発したにしては声質が若干高めで抑揚が乏しい辺りからは、ソイツが発声で使ってる筋肉に衰えが生じるほどには歳を喰っているらしい事が。

 更に、喉詰まってんじゃねえかって具合に音が籠っているから、その中年は日頃から運動不足でメタボな体形をしていそうな事とか。

 それと声以外にも幾つかの物音が漏れ聞こえてくるから、声の主以外にも何人か――物音の数からして恐らく三、四人ほど――その場に控えているだろう事とかも分かった。

 でも、それ以上に、その声からは中年特有の人を見下す不快な響きがして、それの所為でつい最近()()したばっかでもう二度と思い出したくもないヤツの顔が脳裏にチラついた。


 なので、僕は自分でも気付かない内に固く握っていた拳を思いっ切り振り抜――



――ズキンッ!!!!!!



「――――ッッッ!!!!!!」


 裏拳を一足分ほど走らせた瞬間、目が眩みそうなほど激しい頭痛に襲われた! う、ガ……


「――――ッッッ~~~~、ッグ……ギ…………ィ…………ク――――ッ…………ぁ…………」


 まるで脳に直接ドリルでも突っ込まれてるかのような激痛は全く引く気配を見せず、僕は堪らなくなって両手で頭を抱えながら無様にベッドの上でもがくハメになった。 


 でも、どうしてだ……?

 ()()()で散々拷問じみた仕打ちを受け続けて、終いには麻酔も無しに内臓を引き摺り出されたって、真っ赤に熱した鉄串で眼球を茹でられながら抉り出されたって、一声も上げず耐えられるようになったのに、何で今更こんな頭痛程度で意識が眩むんだ……?


『おやおや、何処か痛むのかね? いやはや、それも症状の一つかねえ……?』


「、――――ッ、ック……な……何が……症状、だって……?」


 後半の呟きはワザと聞かせているかのような胡散臭さがあったけれど、頭が割れそうな苦痛の所為で、それを訝しむ余裕も無いまま反射的に聞き返してしまっていた。


『ああ、その通り。とある事故現場から搬送された君の治療を進める内に、君の身体から未知の病原体が発見されたのだよ。だからこそ、君はこの隔離病棟に移送され、こうして集中的な治療を受けているのだ。まさか、憶えていないのかね?』


 苦痛に悶える様子がそんなに愉快なのか、僕の問いに答えた中年デブ(仮)の声はすごく愉し気だ。今すぐマイクの向こう側に行ってブン殴ってやりたい。


 ……自覚している範囲で言えば、黒宮辰巳という人間は比較的温厚な人間であったハズなのに、何故かこの声には敵愾心と嫌悪感しか覚えない。

 それはきっと――いや、確実に、マイクの中年がずっと悪意満々で話し掛けてくるからだろう。僕の方に何か問題があるわけでは無いハズだ。

まあ、今も続く頭痛の所為ですこ~しだけ気が立ってるのは否定できないけど。


『……(おい、記録を怠るなよ。コイツは貴重な研究サンプルなんだ。バイタルの変化は逐次記録し、データは一バイトたりとも逃すな)……ふむ、どうやら本格的な治療に移るべきであるようだ。少々待っていたまえ……ああ、そうだ。自己紹介が未だだった。私は中村という。この施設の長を任された者だ。これから宜しく頼むよ?』


 社交辞令的な結びを言い終わると、ブツッと耳障りな音を残して姿の見えないマイクは沈黙した。


 高性能なマイクが律儀に拾ってくれた小声の指示は、恐らくは同室の部下に向けての言葉だったようだけれども、なかなかに不穏な内容だった。

 中村とか名乗った中年が言う『コイツ』が僕こと黒宮辰巳を指しているのだとしたら――一〇〇%そうだろうけど――、これから碌な目に遭う気がしない予感を誰が否定できるだろうか。


 ただ、幸い――と言えるかどうかは微妙なトコだし、根拠なんて全く存在しないけれども、これから何をされるにしても命に別状は無いだろう事が殆ど確信できているから、身の危険云々については心配しなくても良さそうな所だけは救いがあると言えるかもしれない。


 だからこそ、今も続くこの見動きすら封じるレベルの頭痛が厄介なんだよね……

 もしかしたら、連中に何かされたのかも――なんて思ったけど、もし連中にそんな事ができるなら『命に別状は無いだろう』なんて確信できないハズだし……んん?


 っていうか、デブ(仮)曰く、僕は病人らしいけど、こんなワケの分からない状況に放り込まれるほどオモシロオカシイ要素になんて心当たりが――あ~……


 …………………………うん、まあ、無くも無いけど、でも、それを理由に動く()()()()()()()に居るだなんて信じたくない。


 そんな思いが守られるのか踏み躙られるのか、その結果を知る前に僕の意識は延々と続く激しい頭痛の所為でブレーカーでも落ちたみたいに途切れ――

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