007.屈家長男――《屈 伏郎》
007
屈家長男、伸曰く《フク兄》こと――屈伏郎。現在高校三年生。
彼は幼い頃より自分で決めるということが恐ろしいほどにできない子供であった。幼稚園では絵を描く時間に何を描くかが決められず、結局先生に描くように言われた林檎を描いた。小学校では何もねだるようなことはせず、家に帰ってきてからずっとボーッとしていた。中学校では部活動を決められず、クラスメイトに誘われて廃部寸前の部活の幽霊部員となった。現在の高校を受ける際にも、願書提出の朝まで志望校を決められなかったため、叔母さんが勝手に書いて提出した。出されたものは食べる。やれと言われたことはやる。それも低くない質で。しかし、選択肢を与えると途端に動かなくなるという。
そんな彼の将来の夢は、幼稚園の頃から白紙のままだ。
自ら選択することを尽く拒絶した彼は現在、他人の命じるがままに動く生活にその身をおいている。それは雑用であったり、代行であったり、様々だそうだ。良く言えば町の何でも屋さんといったところか――いや、はっきり悪く言ってしまえば奴隷みたいなものだ。ただただ相手に言われたことをしているだけだなんて。
だから家をずっと留守にし、部屋も全く使われていないからこそあんな風に何も無いのかと言えば、その両方が正しいという訳ではないらしい。
前者は正しく、後者には誤りがある。
いくら他人に付き従って、尽き従って、その見返りとして食事や寝床を貰っているかはわからないが――彼も僕と二つしか違わない高校生なのだ。
無論高校生だから失敗する、などと言うつもりはないが。そんな彼でも、常に誰かに付き従えているわけではないらしい。だからあの部屋は、彼が時たま家に帰ってきた時に過ごす場所なのだそうだ。しかし彼にとってこの家は《帰るべき場所》という認識でしかなく、帰ってきた後はもうその役目を果たしてしまい、彼は何もせずに部屋の真ん中でじっと座っているらしい。
「私がフクのやつにそんなことを強要しているわけじゃあないさ。布団を用意して寝ろって言えば勿論、フクの奴も寝はするんだよ。むしろ言わなかったら一晩中起きてるか、部屋の隅で丸まって寝てるくらいだからね」
呆れ顔の叔母さんは目を閉じ、首を左右に振って続ける。
「でもそんなことはしない。いつかフクのやつが自分で布団を敷いて、自分で寝られるようになるまで、見守ってやる――語弊を恐れずに言えば、放っておくのさ」
伸の言う大らかさということだろう。放任主義とでもいうのか。昨日は《縄で縛り付けておいた方がよさそうだ》なんて言っていたけれど、そんなつもりは毛頭ないらしかった。
無理に矯正しようとするのではなく、無理に強制するのでもなく、放っておく。付いて行くか行かないかではなく、動かない。それが叔母さんの選択で、出て行ってしまったという伸の父親にはできなかったことなのだろう。
「まぁ、フクについてはそんなところさね。もし会うことがあっても、あんまり気味悪がらないでおくれよ。自分じゃ何も決められないってだけで、あいつも、根は良い奴なんだ」
遠くなってしまった目に、話の終わりを悟り、僕は残っていた焼きそばをかきこんで席を立つ。少し噎せかけたが、無理やり詰め込んだ。
「あぁ、もういいのかい。まだおかわり、たーんとあるよ?」
一転明るく振る舞おうとする叔母さんが少し可哀そうに見えて――一人にしてあげよう、だなんて大人ぶって、僕はそのお誘いを丁重にお断りした。いくら気丈に振る舞っていても、息子がそんな風になってしまったことになんの問題意識も持たず、なんの責任も感じていないとは僕には到底思えなかったからだ。嫌な事を思い出させてしまった、というやつだ。叔母さん本人は嫌な事だなんて決して認めないだろうけれど。
でももしかしたら、そんなことは全部言い訳なのかもしれない。
僕がもう、《フク兄》の――伏郎さんについての話を聞きたくなくなったから、というのが、僕がこの場を離れたい理由なのだろう。深くに隠していたつもりでもあっさりと手の届く浅瀬に、僕はそんな自分の意識を感じ取っていた。
あまりにも自分に似た伏郎さんの過去も、現在も、その評価も聞きたくなくなってしまった。
幼稚園では絵を描く時間に何を描くかが決められず、結局お手本として描くように言われた積み木を描いた。小学校では流行りものにばかり目を惹かれ、ずっと人気のゲームばかりしていた。中学校では部活動を決められず、クラスメイトに言われるがまま帰宅部となった。うちの近くの高校を受けたのも、ただ一番近かったから。ここから通うことになる高校を決めたのは、そこしかなかったから。
僕の場合は、伏郎さんのような異常さがパッと見では感じ取れないかもしれない。感じ取られないかもしれない。そんなことは誰にでもある話、誰にでもみられる話。針小棒大の誇大妄想、バーナム効果のエセっぱち――それも仕方のないことだろう。
しかし僕は――当事者である僕だけは、伏郎さんに対して親近感のような、同族嫌悪のようなそれをひしひしと感じていた。
言うなれば《一歩違えた自分》。僕か伏郎さんか、どちらがより間違えた《僕》なのか、なんていう達観した判断が僕にできるわけもないが。
小学校の旧友か、中学校の鈴木だか佐藤だかの有無なのか、妹がいるかいないか姉がいるかいないか母親が母さんなのか叔母さんなのか――そんな、ほんの些細な差異で、僕は伏郎さんになりえたし、伏郎さんは僕になりえたんじゃないかと――そう、本気で思った。




