050.烏合之衆、あるいは
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「へぇ……手加減していただろうとはいえ? シンと張り合うだなんて、結構珍しい奴がいたもんだな。そりゃシンも喜んで朝から練習に参加もするだろうよ」
ところ変わって教室の隅。僕の席から窓の外を見ながら、風下は言う。校庭では朝練を終えた陸上部がトラックにトンボをかけている。
「聞いてんだろ、鏡君も。シンの奴、中学校の頃は部活で浮いててよ……だからまあ、こういうことになってくれると、俺としても結構嬉しいわけだ。走ってるときのシンは、いい笑顔してるもんな」
ああ、そういえば。風下は思い出したように僕の方を向いた。
「今週末の練習の件はどうだった? あの、弓道部の」
「ああ、うん。大丈夫、だって、言ってくれたよ」
だんだんと慣れてきた言葉に乗せて、僕は昨日の事をゆっくりと話した。
「はは、そりゃ危なかったな、あんまり踏み込まれた質問をされちゃあ、困るわけだし。突然、《自分を見つけたいから》なんていう理由で弓道部に入りたいなんて言った日にゃあ、シンからの質問責めだろうからな。ゲンちゃん、困ってることがあるなら聞くよ? あたしが力になるから! とか、差し詰めそんな感じかい」
知ってか知らずか、以前伸に言われたような図星を的確に突きながら、彼は僕の耳元で声を潜めた。
「それに、言売先輩の件もまだ引っかかってるわけだしな。シンや叔母さんに対してだって、《鏡現》のことを話すのはまだ控えた方が良いだろうぜ。鏡君、やっぱり心当たりは、ないんだよな?」
心当たり――は、やはり、なかった。
どうして、昨日会ったばかりの言売先輩が、僕たちの仮入部についてのっぴきならない理由があるとわかったのか、昨日の帰り道で風下と共に苦悩した問題であった。僕の《僕》の件は、折姫さんと風下しか、知らないはずなのに。その理由がわかるまで、《僕》の件は、やはり秘密裏に扱うべきだろう。
「やっぱり、言売先輩もなんらかのサイノウを持っているって考えれば良いのかね? 相手の問題を読み解くサイノウ、とか」
冗談かどうかわからないような口調で、彼は昨日も上がった仮説を拾い上げる。
が、その仮説を易々と採用するわけにはいかないだろう。《サイノウは全ての人間が持っているものである》――そんな折姫さんの言葉があるとはいえ、理解のできないあれやこれやを全てサイノウのせいだと一括りにしてしまうのは、思考停止と言っても差し支えないことのように感じてしまうからだった。
いくら本物の幽霊を目の当たりにしたとて、世界の全ての心霊現象がそれのせいであるとは言えないように――いくら自分が本物の幽霊であったところで、いや、あったなればこそ、全ての責任を追及されるのはまっぴらごめんだった。
それに、折姫さんの言葉が事実だったのだとしたら、今までに僕は数百人……とは言わないまでも、百数十人のサイノウを持つ人間と交友関係を持ってきたことになるはずなのだ。そして今の今まで、ここに引っ越してきてからのような不可思議な出来事に遭った覚えはなかったと言っていい。
もし仮に、それまでの全員が何らかのサイノウを持っていたとしても、ここまで突出はしていなかった。人との違い、そしてそこから生まれる差異こそがサイノウなのだとも、折姫さんは言っていた。
ここ数週間、僕の周りの人間が持つサイノウは、所謂《中心》からどんどんと遠ざかっている。
今までは数歩の距離で、ちょっと歌がうまいとか、愛嬌があるとか、そういった《個性》で片付けられていたような事柄が、だんだんと歪を帯びてきている。
だからもし、もしも言売先輩までもがなんらかの特異なサイノウを持っているのだとすれば、その考えは、僕の中でますます強くなることだろう。
あるいは、なんだったか、あの、思考実験? みたいな――一つの部屋に二十三人が集まれば、その中で同じ誕生日を持つ確率が五十パーセントを超えるという――そういうことなのかもしれない。直感には反するけれど、それは決して通常の確率を逸脱せずに、今まで通り、僕たちの目の前に寝そべっている――
――いや――もしそうだとしたら?
もしそうなのだとしたら、どうだろうか?
もし二十三人のサイノウを持つ人間が部屋に集められて、その中で一人や二人が突出したサイノウを持っていたとして――あるいは全員が持っていたって構わない――その二十三人は、どうして、どうやって集められたのだろう?
実験のための、なんらかの被験者としてお声がかかったような覚えなどあるはずもない。
なぜ、今、ここで、その二十三人が集められることになったのだろう?




