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僕の中にあなたはいますか  作者:
《1》僕のサイノウ
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005.片付けと理由付け




005


 翌日――転居二日目。入学式の前日とあって、僕の予定帳はしたいことではなくしなければならないことで埋め尽くされていた――予定調和であり、予定飽和である。


「部屋の整理とかは自分でやりなよー!雑巾とか洗剤とか、欲しいものがあったらなんでも言いな!」


 と、面倒見がいいのか悪いのかわからない台詞で掃除人にさせられた僕は、三角巾にエプロン姿というまさにな格好で部屋の入口に立っていた。

 因みに伸は朝食の席で「友達と買い物に行くの」と、早々に出て行ってしまった。新学期に向けての準備とか、色々あるのだろう。僕はこっちに来る前に一式そろえてきたので買い物とかに行く必要は無さそうだ。もし彼女が今日一日、家でゴロゴロしていようとも僕の部屋掃除を手伝ってくれるとはあまり思えなかったが。


 * * * * *


 ガタンと窓を開けて、外の空気を取り込む。

 因みに窓の位置は玄関扉のほぼ真上に位置している。日当たりが良く風通しもよく、なぜこの家の住人達はここを使わないのかと思わせる――なんてことはない。使わない部屋には使わない部屋なりの理由があるものだ。この部屋は最初から物置用に作られたのだろう――やはり窓も他の部屋とは違って引き戸式ではなく、押し引きして開けるタイプの小窓だった。

 床に乱雑に敷かれた布団を畳んで、部屋の端に寄せる。枕は無い――勿論用意されていないという理由ではなく、そして枕が変わったら寝られないという僕の可愛らしい性格の賜物というわけでもない。ただ昨日、ゴミ捨てから帰ってきてそのまま疲れて適当に布団を広げるだけして突っ伏してしまったからだ。転居初日だったから……まぁ、長時間の移動はやはり疲れるものなのだろう。

 布団をどかした後の空間に漂うチリが、太陽の光に照らされて幻想的な雰囲気を醸し出している。いや、微塵もそんなこと考えてはいないけれど。


 * * * * *


 一通り雑巾をかけ、本棚と洋服かけとに持ってきた荷物を収納し終え、一通りの作業が終わったのは日が昇り切った正午のことだった。

 窓から差し込んでいた日差しはなりを潜め、それと同時に塵もその姿をくらましていた。僕の掃除の賜物だろうか。大々的な事件や細々とした事象が起こったわけではないので、描写は割愛。よしんば描写したとしても男子高校生が部屋を片付けている画が延々と流れ続けることになってしまう。海外のケーブルテレビか何かか。

 自分のボケに自分でツッコミをいれつつ、流れてきた汗を袖口で拭い、フローリングの床に寝転がる。自分で掃除した床に寝転がるというのは、なんとなく感慨深いものがある。支配し尽した感じと言うのか――ここに来て、ここにきてやっとこの部屋が僕のものになったという感覚。マイホームを買ったサラリーマンの心情はこんな感じなのだろうか。

 体をグッと伸ばして固まった体をほぐす。床やら本棚やらを拭くのにずっと腰を屈めていたのが悪かったのか――いや、この場合良かったのか、心地いい感覚が体全体におとずれる。気持ちいい。

 コッという足元からの音に顔だけを上げて見ると、雑巾を洗うために使っていたバケツが目に入る。どうやらそれに足先をぶつけてしまったようだった。危うく床にぶちまけてしまうところだ。危ない危ない。

 体を起こしてその中身に顔を映してみる。ユラユラと揺れ動く世界が僕の顔を捉えた。部屋中の埃やら汚れやらを凝縮した真っ黒い世界だ。零してしまう前に捨ててこようとバケツを右手に提げて、部屋を出た。

 

 * * * * *


 はて、どこに捨てればいいのだろうか。庭に捨てるのはなんとなく問題がある気がするけれど、でも埃とかは元々自然由来みたいな節があるから別に良いのだろうか。そんな風に悩んでいるとふと、歩が止まる。慎重な桂馬に詰められてしまったのだ――なんて。

 僕の後ろには一階へと続く階段――つまり目の前では、《フク兄》の部屋の扉が僕を待ち構えている。僕に開けられるのを、今かいまかと。そんなふうに、感じられた。

 ――ともかく今の僕は、この扉を開けなければいけない気がしたのだった。何か超自然的な力に引き寄せられていたという訳では、きっとない。

 そもそもこの扉の前に立つのはまだたったの六回目なのだ。


 荷物を置きに一度、昨晩の夕食のときに二度、ゴミ捨てを終えて三度、今日の朝食のときに四度、掃除の前に五度、そして今――六度目。

 一度目は伸の紹介の途中で、二度目は階下からの呼び出しの途中で、三度目は眠気眼を擦りながら、四度目は階下からの呼び出しの途中で、五度目は叔母さんに背を押されて、そして、今が六度目。

 つまり今回が初めて、この扉に対してフリーな状態での直面となる。対面となる。


 初めての六度目。


 六分の一ではなく、一分の一。


 気になっていた扉を開けるための、初めての好機。だから目に留まるのは当然のことで、見方を変えれば、これも運命だと言えるのだろう。

 なるべくしてなった事態だ。


 扉一枚を開けるのに、これほどの文字主張を並べるのには《勝手に人の部屋に入る》ということに対する背徳感と好奇心とのせめぎあいの中にぼくがあてられているということだ、きっと。

 小さい頃に感じた高揚感が体を満たしていく。

 今僕がしようとしていることは、小さなことではあるが、確かに一つの挑戦だった。挑戦の失敗については伸の《フク兄の部屋はどうでもいいけど》という言葉の後ろ盾があるので気にする必要はない――なんて言うと、僕という人間の小ささが露呈してしまうので口元で抑えるが。


 小さくはない鼓動の音。

 僕の深呼吸に呼応するような空気の流れ。

 そして、安っぽいが、体はなす沈黙。

 僕の手元の世界も澄んだその内側に沈黙を湛えている。



 薄っぺらな、一応の覚悟を持って――もってして、僕は扉を開けた。



 ――僕は手からバケツを落とした。



 確かにその内にあった世界は終焉を迎え、散り散りとなって廊下や階段へとぶちまけられる。

 咄嗟に思ったことは、その世界を捨てる場所については、もう悩む必要がなくなったということだけだった。




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