049.百薬之長、あるいは
049
「楽高ー! ファイ!」
部長と思しき女子部員の号令に習って、十数人の女子部員がオーオーと声を張り上げながら校庭をグルリと回っている。校庭はその中心から大きな楕円形の白線が引いてある。トラック、と言えば良いのだろうか。伸が言うところによると、一周二百メートルほどとのことだった。
その円の中心では、短距離走のためのものなのか、数人の男子部員がスターターを用いてスタートダッシュの練習をしている。
三年生は最後の試合に向けて、二年生は新たに入ってきた後輩に尊敬されるため、一年生は新しい高校生活の部活動に夢を抱いて、それぞれが一生懸命に頑張っているように見えた。
そしてだから、校門の横で地面に腰を下ろしている僕が、より一層惨めにも見えた。
……連れてくるだけ連れてきておいてあとはほったらかしですか。酷いですよ。伸さん。
…………
――力になるから。
そう言ってくれた彼女の声は、まだ僕の中にあった。……彼女はきっと、気持ちを表現することが下手なのだろう。あのぞんざいな扱いも《デレ》なのだと、折姫さんが言っていたのを思い出した。
ふと見ると、ジョギング(と言っても、結構速かったが)はもうすでに終了したようで、それぞれが思い思いのペースでトラックに足跡をつけていた。当然だが、中でも目を引いたのはその先頭を突っ走る伸の姿だった。あれでもかなり押さえて走っているのだろうけれど、すでに最後尾の部員に一週以上の差がついていた。
自分が本気を出すと誰も入らなくなっちゃうからと嘆いていた過去の姿はどこへやら、彼女はもしかして、その懊悩に自分なりの解決を見たのだろうか――
――か?
いやなるほど、と、僕は伸に必死に食らいつくもう一人の女子の姿を見て得心した。
最後尾ではなかった。むしろ逆だったのだ。その女子は、あの伸と、競い合うようにトラックを踏みしめていたのだ。
見れば伸は満面の笑みで走っていた。家で見せるような笑顔で、自分に必死で追いつこうとしてくる相手の存在を喜んでいたのだ。伸より少し背の高いその女子は、伸とは打って変わって笑顔とはいかなかったが、それでも決して負けないように精一杯走っていた。
そんな二人の姿を見て、伸の笑顔を見て、羨ましい、とそう思った。
彼女の、そのどうしようもないはずだった懊悩の種は、こんな簡単なことで摘み取られてしまうのかと、拍子抜けした。
そして同時に、折姫さんの言っていたことの意味が掴めたような気がした。
《サイノウは全ての人間が持っているものである》――そしてそれ故に、《鏡現》は誰しもに起こりうる思春期の悩みみたいなものだと考えていればいい――彼女が言いたかったのはこういうことだったのだろうか。こういうケースだったのだろうか。
思春期の《僕》なんていうものは、見方や周りの環境次第で千差万別に変わっていって、そして解決されていくということ。そこには張本人である僕の意見が介入する余地は無い。勝手に流されて、なんとなしに直っていく。
そうやって、どうでも良い悩みを切り捨てて、人は大人になっていくのだと。
そんな風なことを、彼女は人生の先輩として、僕に教えようとしてくれていたのだろうか。




