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僕の中にあなたはいますか  作者:
《3》迷鏡失墜
42/59

042.現状維持、あるいは




042


 気付かないうちに学校の階段を上っていた。隣には楽しそうに話す伸の笑顔がある。

 その微笑みの先にいるのが《(かのじよ)》であることを、彼女はまだ知らない。


 * * * * *


 

「《鏡現(きみ)》の件、ボクは対処できると言ったけれど、それはやはり対処でしかない。わかるかな?」

「はぁ……?」

 折姫さんは部屋を出る前に、扉に手をかけて、そう言った。

「ボクは《鏡現(きみ)》に入ってくる光を屈折させることで――たとえば10の光を8の光にねじ曲げることで、君から出てくる2の光が外に出られるようにしているんだ。わかるね?」

「なんとなく、は」

「でも《鏡現(きみ)》が持つ《反射》という属性は勿論言うまでもなく君を――これは()()()をという意味だが――守るために発生したものなんだ」

「……はい」

「でも現時点で、二週間前に《鏡現(きみ)》という存在が露見してから――つまりはボクが君に《鏡現(きみ)》のことを教えた日から――君は少なからず傷ついている。そこの鏡に思い切り頭をぶつけたりしていたよね」

「……」

「それはやはり当然、《鏡現(きみ)》の存在理由に反している。君が行ったことが、《鏡現(きみ)》の存在理由に反するということは……わかるよね?」

「僕が消されてしまうかもしれない……そういうことですか?」

「まぁ大まかに言えばそうだね。それではボクが尽力する意味がなくなってしまう。だからボクは君の《鏡現(きみ)》を徐々にしか無効化することはできない。いや、それすらも怪しいかもしれないね。ある一定の値を過ぎたとき、《鏡現(きみ)》は問答無用で君を消し去ってしまうかもしれない――元の無機質なただの鏡に逆戻りしてしまう危険性がある」

「それは……それだけは、嫌です」

「はは、だろうね。でもまぁ全面無効化はできなくとも、少しの無効果だけでも十分だとは思うけれどね? 今まで君が《鏡現(きみ)》の存在に気づいていなかったということは、つまり《鏡現(きみ)》は多少なりとも、君の考えに従って行動しているということなんだから」

「僕の考えに従って、ですか?」

「ああそうとも。《鏡現(きみ)》は君の大まかな考えを基にして行動を《反射》している、とボクは推測するよ。《鏡現(きみ)》は相手の性格や趣味嗜好を持った人間として、君の考えを述べてきたんだろう。そうでもなければやはり、君は気付かないわけにはいかないだろうからね、《鏡現(きみ)》の存在に」


 後戻りしてしまっても構わない――と。今までのままで、僕の気持ちをくみ取ってくれる《僕》に身を任せていた方が楽だ――と、僕は今、そう考えているのか?

 違う。

 嫌だった。僕は自分の足で歩きたいのだから。


「それでも――僕が消されてしまうのかもしれなくても、僕は《僕》に打ち勝ちたい。自分を取り戻したいんです。今までの僕は、もううんざりなんです」


 ――傷ついてもいい。呼吸器につながれたままで一生を終えるような、そんな人生は、嫌だ。

 そんな僕の言葉を聞いて、折姫さんは少し呆れたようなため息をついた。あるいは、馬鹿にするように笑ったのかもしれなかった。


「わかったよ、君の意見は。でもそう熱くなるな、急ぐなよ。言っただろう、《鏡現(そいつ)》は克服するような相手じゃないと。それに対しては、良い具合の折り合いを見つけることだって重要なんだからさ」


 

 * * * * *


 昨晩、折姫さんに言われた言葉だ。

 《僕》との折り合いをつけること。それが僕に課せられた急務なのだった。

 折姫さんは《屈折姫》をもって《僕》に対処することを約束してくれたけれど、それは返す返すも対処でしかないのだと、念を押された。対処は相対する相手にするものであり――いずれ《僕》と同じ側に立たなければならない僕は、その対処にいつまでも甘えていられないのだった。

 今まで考えてもみなかったことだった。僕は《僕》に、どういう落としどころを提示できるのだろうか。




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