039.屈 折姫の注釈 その三
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「ああそうだ、三つ目の前にさ、鏡君――ボクの時とは違って、あいつの時には聞かなかったよね? どうしてあいつは《読芯術》なんていう才能を使えるのか、について。それはなんでかな?」
「え……と、それは……」
そんなこと、ボクが知るはずもないと言われると思ったからだ。
――だが、それだけではない。
「風下の才能は、その、まだありえると思ったからです。折姫さんの様なそれではなく、《人を見る目がある》程度の解釈で片付けられる才能だと――思ったからです」
「うふふ……そうか、君はそう捉えるのか。――ボクは前に言ったよね、《才能も差異能もどちらもデタラメな結果を引き起こすもの》だと。でも君はあいつの才能をデタラメなものだとは思っていないわけだ。くっ、あっははは。これで話がしやすくなったよ。良い前振りをありがとうね」
折姫さんは続ける。
「鏡君、長い長い道を想像してみてくれ――これは※3.を説明するために必要な作業なんだ――それはあまりにも長く、ボクにも君にも果てが見えない。だが、一つだけ、その道には《中心》がある。道に垂直に、一本の長い長い線が天高くそびえている」
言われるがままに僕は、そんな道を想起させる。長い長い道だ。そのあまりの長さから、その道があるのはどうやら地球上ではない。宇宙空間でもない。想像上の、真っ暗な空間だ。《中心》には、一本の細長い線がそびえている。それは細くはあるが、曲がりも折れもせず、真っ直ぐに上に向けて伸びていた。
「そこには、この世に存在する――そして存在した人々が歩いている。誰一人余すことなくね」
誰も歩いていなかった道が、急に人で埋め尽くされる。その中には勿論僕や折姫さんもいて――ナポレオンとかアインシュタインとか、そんな偉人達も、僕の隣や後ろを歩いている。
「さて、ここで順列を変えてみようか。その道では前に行くほど優れていて、後ろに行くほど劣っているとしよう」
《中心》から見てはるか先へと走り出したのは、教科書に載っているような偉人たちだった。エジソンとか、平賀源内とか――僕の知識に依存しているせいか、そういった人間の絶対数は少ないが。
そんな人間に混じって、伸が前へと進んでいくのも見える。楽しそうに走りながら、終わることのない長い道を突き進んでいく。
そして風下も、ゆっくりではあるが前へと進んでいく。
「想像できたかな? その想像している道こそが、その位置関係こそが、サイノウなんだよ。才能と差異能の根元だ」
「位置関係――ですか?」
「お、久々に話したね、何も言わないから寝てるかもとも思っていたんだよ。顔が見えないってのは不便だねぇ」
あっはっは、と折姫さんは軽く笑う。
「あ……すみません」
「なに謝ってるんだよ、冗談ですらない軽口だよ? 軽く流してくれ」
話を戻そうか、折姫さんは続ける。
「なあにこれは実は単純でね。さっき言った《中心》から前にいくほど才能があって、後ろに行くほど差異能がある――そういう話さ。ボクは中心から見て結構後ろにいるんだ。だから君から見ると、ボクの差異能は異常なものに見える」
「そして風下は中心から見て前にいる――けれど」
「そう、あいつはボクに比べて《中心》に近い位置にいる」
「だから風下の才能は、いつも使えるわけではなかったり、するんですか?」
「まぁうん、それもその通りだね。その道の前の方にいる連中は、かつて未来を予見したり、何百万人もの――いやさ何億もの信者を従えたりしていたわけだからね、あいつの位置なんて、それに比べたら取るに足らないよ。呑み込みが早くて助かるぜ」
折姫さんは立てっぱなしにしていた三本の指を僕の目の前に突き出して、言う。
「※3.才能(また、差異能)――、つまりそのたとえをたてに取れば、全ての人間が持っているものである、ということだ。ごく少数の例外を除いてね」
「誰でも……持っている?」
「程度や種類は違えど――そんな注釈がいるけれど、そう。誰しもが持っているものだ。心当たりはないかな? 君のかつての友人にいなかったかな? どんな苦境でも負けじと頑張る人間が、花壇の花を一輪も枯らしたことのない人間が、まるで委員長を務めるためだけに生まれてきたような人間が、誰もが嫌がることを積極的に引き受ける人間が、一人としていなかったかな? どんな小さな特技でも、ボクはそれをサイノウだと考える。人との違い――それこそがサイノウだと」
「みんな違ってみんな良い――ですか」
「別に良いだなんて思ってはいない。ただ多くの人間は違うということだよ。同じ人間なんて存在しない――だからこそサイノウが生まれる」
位置関係こそが、人との違いこそが、サイノウ。
人並み優れた、外れてしまった才能。
人並み劣った、逸れてしまった差異能。
「だから鏡君、自分だけがと思っちゃあいけないんだ。《鏡現》は誰しもに起こりうる――思春期の悩みみたいなものだと考えていればいい。自分を卑下しても、驕ってもいけない。君の思考は、《鏡現》に多大な影響を及ぼすかもしれないからだ。君は君だ。《鏡現》も君も君なんだ。前にも言ったけれど、それは殺してどうにかするような相手じゃない。そして克服するような相手でもない。分かり合え。ボクは君に、《鏡現》という存在を許容して欲しいんだよ。先駆者として、そうするべきだと、思っている。《鏡現》は決して、得体の知れない何かじゃないんだよ」
きみはきみでいていいんだ。
「……」
咄嗟には言葉が出ない。
嬉しくて、だった。
もうどうしようもないと諦めていた僕は、失意のどん底にいた僕は、まだ僕でいられるのだと――折姫さんはそう言ってくれたのだ。そして風下も、だ。
この二週間、僕は《僕》に全てを委ねて生きてきた――どころか、《僕》が発現してからずっと、僕は《僕》だった。そしてこの先もずっと――そう思っていた。
けれど違った。
手を差し伸べてくれる人がいた。
その理由はどうあれ――強者のエゴであれ、愉悦感や優越感のためだったとしても、僕は嬉しかった。
「ありがとう……ございます」
《僕》の中に、僕はいてもいいのだ。
気付けば僕は泣いていた。涙で、顔をグチャグチャにして泣いていた。
その涙はきっと、僕の涙だった。




