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僕の中にあなたはいますか  作者:
《2》迷鏡失意
38/59

038.屈 折姫の注釈 その二




038


 二つ目――折姫さんは右手でピースサインを作る。


「※.2あいつの才能――(イコール)読芯術(どくしんじゅつ)》。相手の(こころ)を読む才能」


 あいつ、というのは勿論風下のことだろう。


「心を読む、才能――」

「ああ、んー……一応注釈を付け加えておこうかな」


 折姫さんは左手でそらに《心》と文字を書き、そしてその上になにやら付け加える。


「この場合の(こころ)はただの心じゃあない。《草冠》が付いている――つまりは(しん)だね。《こころ》とだけ言えば《心》だろうと《芯》だろうと、意味はそんなに変わらないんだがね、《こころを読む》と言ってしまうと、人は《思考を読む》と混同するきらいがある。君はどうだったかな?」


 まんま僕だった。まんまと引っかかっていた。

 折姫さんも別に引っかけようとしていたわけではないだろうけれど……


「あいつが読めるのは芯だけだ――当然相手の思考を読むことなんかはできない。芯っていうのはつまり《人となり》や《人柄》と言われる部分だね。その人物がどのようにしてその人物たりえたのか――そしてその結果を、あいつは視透かすことができるんだ」


 心ではなく、芯――その審美眼をもって、芯視眼をもってして、風下は僕の中の《僕》――いや、《僕》の中にいる僕を視ていたのだ。


「ボクも昔、視られたよ。本当に気持ち悪い限りだった。《自分》という個が他のものに蹂躙されていく感覚だ――綺麗な絵の具がぐちゃぐちゃに混ざり合っていく感覚だ。本当に、嫌気がさす才能だ。趣味が人間観察です、なんて言う奴とは一生友達になりたくないと思わせられたね」

「芯を読む才能――《読芯術(どくしんじゅつ)》……でもどうして風下は、今の今まで《僕》と普通に接してきたんでしょう? あいつは僕と初めて会った日からその可能性に気付いていたのに」

「さっきも言った通り、《読芯術》は常にその力を発揮しているわけではない。あいつが言っていたように、それこそあいつとっては、たまに()()()()()お告げの様なものなのだろうね。当の本人は《勘》などと言っていたが、そう思ってしまってもしょうがないほどに、だ」

「でもそれは――《勘》のレベルを遥かに超えていた」

「そう……たまに見せるあいつの読芯は嫌になるほど当たっている」


 吐き捨てるように言う折姫さんの顔は少し歪んでいた。

 芯を視られるということは、何かから目を背けている自分を見られるということで――過去の失敗や、歪んでしまった経緯を覗き見されるということなのだ。なるほど確かにいい気分ではないだろう。


「ここまで言えばわかるよね、鏡君。あいつは他人のことを()()()()()()()()()()()()()()()人間なんだよ。そして当然のように、ボクはそんなあいつと分かり合えるとは思わない」


 目が覚めていきなり異形の存在に成っていた自分、を、手放しで認めてくれる才能。

 周囲は外見に気を取られる中、一人だけ中身を見てくれる才能。

 差異能のごまかしもなにも取っ払って――必死に取り繕って、隠そうとしている差異能(けってん)を、視透かしてしまう才能。

 今の僕には、彼の才能をただ認めることはできなかった。

 優れた才能(それ)の残酷さを、直視できなかった。


「そしてだからこそ、あいつとボクの主義主張は相反する。ボクが獅子の如く、我が子を谷に突き落とす親だとすれば、あいつは我が子と共に谷底へ身を落とす親なんだ」


 弱者を強者にするために、自分自身をも弱者に落とす。

 共に堕落し、共に成長する。


「ボクはそんな主義が嫌いだけれど――しかし鏡君、ボクの好き嫌いと、それが本当に正しいかは別問題なんだよ。わかっているとは思うけれどね」


 折姫さんは急に声の調子を緩める。赤子に何かを言い聞かせでもするように。


「さっきはあんなことを言ったけれどね、やっぱりあれは、ボクの意見でしかないんだ。どちらを選ぶかは、実のところ君次第なんだよ。君が《鏡現》の束縛から逃れるためにどちらの手段をとるのか、それは君が決めることなんだ」


 一つ目は、《僕》を屈折させることでその内にいる僕に光を当てる方法。

 二つ目は、《僕》を理解できる人間と共に、そのうちの解決を目指す方法。

 崩落した地盤の底、外部からの救助を待つのか、それとも共に閉じ込められた仲間と共に脱出の道を探るのか。

 そこに優劣をつけることは、難しい。


「なにも今決める必要は無い。どちらの手を振り払うも自由だ。どちらの手も振り払ったってかまわない――ただしボクは、自分のやり方を貫くよ。他人のことなんてこれぽっちもわからないからこそ、ボクはボクに正直でいるつもりだ」


 言って折姫さんは僕に背を向ける。これについての話は終わりだと言わんばかりに。

 僕は――どうするべきなのだろう。

 その答えは、まだ出ない。


 じゃあ次で最後だ、三つ目――折姫さんは中指に次いで、ビッと薬指を立てた。




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