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僕の中にあなたはいますか  作者:
《2》迷鏡失意
36/59

036.言い争い、悪い争い




036



「鏡君こそが、他人を写し取る差異能《(かがみ)(うつし)》そのものである――か。なるほどねぇ、なるほど。だからあんたにもそれを()()()()()()()ってわけだ」


「そう。だから、またぞろお前みたいな奴が鏡君のことを嗅ぎつける前に、ボクがことを済ませてやろうとしたのに。出てきてほしくないときに限って出しゃばってきやがって」


「結果は似たようなものだろ。鏡君は《鏡君》を克服できる足がかりを掴んだ。それはあんたがしたかったこととほとんど似たようなものなんだから」


「克服……とは少し違うがね。だけど――だからこそ、似たような結果になるのならばこそ、ボクはお前に()()ってきてほしくはなかったんだよ。知っているだろう。ボクはお前のやり方が嫌いなんだ」


「知ってるよ。でもこれが俺だからな。自分を曲げてまで誰かの手助けをするつもりはない」


「手助けならいい――力を貸すだけならば、ボクもそう目くじらをたてはしないさ。でも、お前のそれはその域を超えているよ。自らの力を濫用している。乱用してもいるね。誰も彼もが具体的な補助援助を求めているだなんて思っているのならば、勘違いも甚だしいよ。押しつけがましい。恩着せがましくもある」


「今日はやけに口の滑りが良いじゃねえか。柄にもなく怒ってるのかよ。ノーのことは悪かったって……でもそれがあいつのためになると思って、俺は動いたんだぜ」


「フクのため……? 笑わせるね、何度もさ。あの馬鹿野郎の《屈伏ぷー》はお前のせいで()()()()しまった。それがボクの意見だし、変えるつもりはさらさら無い。お前はフクを甘やかしているだけなんだよ。そして鏡君についても、同じように考えている……そうだろう?」


「甘やかしているつもりはない。そんな烏滸がましいことを考えているつもりはない。俺はやりたいようにやらせてやれば良いと思っているんだ。むやみに縛り付ければ()()()子が育つってわけでもないだろ?」


「でもフクのときは失敗した。あの依存体質を治そうとして、結局は《屈伏ぷー》という差異能を作り出してしまったわけだ。差異能や才能は子育てなんかとは趣を異にした、全くの別問題なんだ。間違った教育、養育ならば周りや子供本人が気づいた時点でどうにかなるかもしれない――けれど差異能は違う。差異能はその内で、自然に、育まれるままに為る。基本的に意識なんてものを持ってはいないから、ブレーキをかけようとも思わない。さらに悪いことに、差異能は人の目には映りにくい。差異能の芽は、ひっそりと生長していくんだ。増長していくんだ。逆に――それが映るようになってしまったらもう手遅れだとさえ言えるだろうね」


「結果論だな。それともなにかい? 今日帰ったら俺はノーに《自分の意思を持て》とでも言えばいいってのか? まだそんなに怒っているんだ――なにかノーを救う策でもあるっていうふうに、俺なんかは思っちまうわけだが」


「いや、その必要は無い。というか、それに関してはもうとっくの昔に手遅れだ。今のあいつに《自己を取り戻せ》なんてことを言えば、あいつは自殺しかねない。そういう概念に救われた代償として、あいつはそういう概念に巣食われてしまった。《屈伏ぷー》という差異能そのものと化してしまった」


「……たしかにそうかもしれねーな。だったら――「だからこそ、ボクはそんなお前のやり方が嫌いなんだよ。これ以上、お前の善意の犠牲者を出したくはないからこそ、こうやって怒っているんだ。自分自身のことは自分自身以外、他の誰にだって理解することはできない。だからこそボクはお前の《相手の気持ちに立って》みたいな親身な態度に嫌気がさすんだよ。そしてその才能にも、だ」


「間違った善意を振りかざす者が、結局は何より恐ろしいってわけか。俺もあんたも、そういう意味では似たもの同士だぜ」


「一緒にするなよ」


「やり方とその結果が違うってだけで、結局は僕もお前も同じなんだよ。目を逸らすな。《シャーペンを握っている奴》と《ペンで書き損じた奴》、どちらも傍から見れば何かを書こうとしているんだろうなとしか思われないだろう。シャーペンを握っている奴が持っている、紙に対する思いやり。書き損じたときのために持っている消しゴム。そんなものは考慮されちゃいないんだ。結果に過程は付き物だけど、それは別に必要じゃないんだ。困っている奴はどういう風に助けられようと助かればいいと思っている。そうは思わないか? 鏡君」

 

 不意に風下は僕の方へと向き直る。


「結局のところ俺もこいつも鏡君の手助けになればと思って動いているんだ。《鏡現》という差異能そのものになっちまった鏡君を、どうにか元に戻そうとな。ぶっちゃけ、今日この家に来た時にそこまで深い考えがあったわけじゃあないんだが、事情を聞いたら俺だって動きたい。なんてったって鏡君は――」

 高校に入って初めてできた友達なんだから。

 言って風下は、笑顔になる。


「必要ないよ」


 そんな風下と僕との間に割って入るように折姫さんは再び話し出す。


「《鏡現》に関してはボクの《屈折姫(くっせつき)》で対処することができるんだ。わざわざお前のすっとろい親身な相談みたいなものに頼る必要は無いんだよ」


「親身になるなと言うだけあって、あんたは親身にならなすぎだな。今日の事だって――見てたかよ? 鏡君ってばいきなり《うるせえよ》だぜ? 解決策が有るなら有るで、あんたが事前に知らせておいてやるべきだったんだ」


「解決策が有るとは言っていない。()()()()()、と言ったんだよ。変に期待を持たれるよりは、ギリギリまで絶望し切ってくれていた方がどちらにとっても幸せだからね。絶望、そして切望は、どんな結果でも希望に変える事ができる」


「希望を持たせるために絶望させる。上にあがるためにどん底にまで突き落とす。獅子はその息子を千尋の谷に突き落とすとはよくいったものだが、それはどこまでいっても強者のエゴでしかないぜ。弱者はそんな考えを理解することはできない。そこらへん、わかってんのか?」


「そんなことは千も承知している――そもそも、僕は弱者に強者の気持ちをわかってもらおうとはしていない。ボクはね――弱者を強者にしようとしているんだ。つまり《助けられる側》を《助ける側》にするために、ボクは動いているんだよ」


「鏡君をボコボコにしたっていうあんたのファンクラブの連中も、そういう手合いってわけかい? 俺にはどうも、あいつらが《助ける側》――強者には見えなかったんだがな」


「あいつらに関しては別にどう思ってもいない。ボクのことを好いてくれるから適当にあしらって、()()ってやっているだけだよ。ボクは誰彼構わず助けて回るようなお人よしじゃないからね。興がのるかのらないか――その程度なんだよ、僕が鏡君に力を貸したモチベーションの出所は」


「どうだかね……それで? 《助けられる側》が《助ける側》になるように、とは言っていたけれど、そうなってどうなるっていうんだ? 自分が助けてもらったのは強者の興のため――つまりは《助ける側》の満足感や優越感を満たすというエゴのためだったのだと知るだけなんじゃないのか?」


「いいじゃないか。こんどはそいつが強者のエゴを存分に発揮すればいい。啜られる側から啜る側に移ったというだけの話だ。決して悪いことじゃない」


「後で得をしたからといって、以前の損が補填できるとは限らない。人間の心情ってのは足し引きで解決できるようなものじゃないんだぜ。これ以上なく複雑で、難解なものだ」


「わかっている。それこそ、これ以上なく、ね。だからこそ、それに反してそんな難解なものに寄り添おうとするお前には――そしてその才能に対しても、気味が悪いと言わざるを得ないな」


 《自分を理解できるのは、いつだって自分自身だけだ》。幾度目かの、彼女の言葉が脳裏をよぎる。そして、それに反する才能――?


「……ふん、才能ね。俺はこんな力、誰でも持っているものだと思っているんだがな。それを気持ち悪いとは心外だぜ。言っても、精々《勘》くらいのもんだろ。」


「何が誰でも持っている、だよ。僕が言っているのはそれの()()の問題だ。陸上選手の誰もが世界最高記録を叩き出せるわけではないように――物事には決まって程度ってものがある。たしかにそれは思った通りに使いこなせる代物じゃあないんだろうけれど――それを勘だと割り切ってしまえるほどに――けれど、ボクはそうは思わない」


「それに俺はこんなうすっ気味悪い《勘》とはおさらばしたいって思ってるんだぜ。百歩譲ってこれがサイノウだってんならあんたと同じように差異能だと言ってくれや。結局あんたと俺は同じ穴の(むじな)なんだよ、良くも悪くも」


「なにが差異能だか。お前はその力をもって苦境を脱したことがあるのかい? 他者との差異を、どうにかこうにか埋めて、それから目を逸らしながら生きてきたと? はっ、違うだろう。それを持っていて虐げられることがあったかは知らないが、それはそれが才能()()()()()なんだよ。人っていうのはそこそこの強者に手厳しくそこそこの弱者に手ぬるい生き物だからね。圧倒的な強者や絶望的な敗者に対してはその限りではないが。大金持ちより小金持ちが嫉妬を集める世の中ってことだ。羨ましい限りだね、小金持ち君。ボクみたいな無一文と同じ穴に住まうはずのない小金持ち君」


「……これ以上あんたと話していても鏡君がどうこうの話は出来そうにないな」


「おやおや、そっちだって話題に出していなかったというのにこちらのせいにされるのは心外だな。……ふふ、まぁ話す必要が無いからこそ、ボクはそれについては話していなかったわけだがね。さっきも言ったが、《鏡現》についてはボクがある程度は対処できるんだ。その効果は――瞭然だろう?」


「……はっ!」


 風下は前触れもなく立ち上がると、鞄をもってドアノブに手をかける。


「今日は帰る。邪魔したな」


 扉が閉まる直前、彼は「また明日な、鏡君」と呟いた。




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