表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の中にあなたはいますか  作者:
《1》僕のサイノウ
14/59

014.現実は非常である




014


 風下に連れられるがままに駅周辺のゲームセンターやらファミレスやらを梯子して、いよいよ解散という段になったのは、日も落ち始めた六時ごろのことだった。

 風下は、これからが本番だぜとでも言いだしそうな感じだったが意外にあっさりと、今日はこのくらいにしといてやるよと、一昔前の悪役みたいな台詞をもって別れることになった。


「今日はありがとなー、鏡君。割かし楽しかったぜ」


 もう夕方で――彼と僕とが別れることになる分かれ道で、彼はこう続けた。


「あとさー、俺の前じゃもっと……いや、なんでもない、会ったばっかりなのに悪いな。気にしないでくれ。じゃ、また明日な」


 乾いた笑いを浮かべる彼の横顔は、夕日の中、どこか寂しげに見えた。

 彼の前ではもっと、なんなのだろう。

 もっと自分を出していいよ、とでも言うつもりだったのだろうか。生憎だが、僕は誰に対しても同じ態度をとっているつもりだ。

 彼は何を言おうとしていたのだろうか。


 * * * * *


 家の前まで戻ると、丁度ゴミ捨てを終えたとみえる伸に会った。


「あーっ! もうゲンちゃん! なんで先に帰っちゃったのー!」


 のしのしと距離を詰めてきて、彼女は声を荒らげる。

 何かそこまで、僕にしてほしいことでもあったのだろうか。もしくはしたかったこと、か。あるいは風下のように(彼はただ単に遊んでいただけのつもりだろうが)町の案内をしてくれようとしていたのかもしれない。だとしたら悪いことを――


「ゲンちゃんがいないから誰も鞄持ってくれなかったじゃん!」


 やはり、彼女に限ってそんなことはなかった。僕のことは運搬係としてしか見ていないのか。

 しかし考えてみればあのスピードで疾走――爆走か、すると鞄の中身はグチャグチャになるだろうし、持ち手は千切れてしまいそうだ。となると、僕という《持ち手》が現れてくれたおかげで彼女は久々に走って――徒走で登下校ができるようになって、実は嬉しかったのかもしれない。

 長年待ち望んでいたことを初日から再び失うことになったのだ。彼女には悪いことをした――という風に思っておこう。その方がまだ理不尽の気配はしない。

 そもそも彼女の場合、「町の紹介? そんなの暮らしてればいずれわかるでしょ」と平然と言ってのけそうだった。


「明日は一緒に帰るんだよ! 絶対だよ!」


 僕の事情も聴かず、そんな一方通行の約束を取り付けて、彼女は家の中へと入って行く。

 明日はどうも、何が何でも一緒に帰らされそうだった。


 * * * * *


 所変わらず日は変わって翌日の朝。雲一つ二つある晴れ空だ。


「おはよー、ゲンちゃん! 今日もヘルメットが似合ってるね!」


 嬉しそうに準備運動をしながら玄関先で待機していた伸は、こころなしか嬉しそうに見えた。いや、そのまま笑顔で鞄を渡されても反応に困るのだが。

 思い返してみれば昨日の朝も結構嬉しそうな顔をしていたのかもしれない。いつもテンションが高いからあまり実感がわかなかっただけなのか。

 というか昨日の口ぶりからだと、これからずっと毎朝登下校を共にするということになるのだろうか――まずいな、このヘルメットの出番を徐々に少なくしていこうという算段だったのに。あぁ、いや、彼女は部活動とかあるだろうから、毎日というわけではないのか。

 などと考えていると、彼女は早くもまた昨日と同じようにクラウチングスタートの姿勢を取っている。


「じゃあ行くよー、よーい…ド――」


 「ン!」という声は少し遅れて聞こえた。見て確認するまでもないことだったのかもしれないが、すでに彼女は僕からかなり離れたところを走っている。そんな彼女と一緒に――というか文字通り彼女が圧倒的に先走るかたちで登校し、学校へと到着する。登下校を共にするなんて表現をしてみたが、彼女は僕の自転車に合わせる気が無いらしく、この分だと厳密に登下校を共にする機会は三年間の学校生活の中で一度も無さそうだった。

 試しに最初の数十メートルを本気で彼女に合わしてみようと本気でペダルを回してみても、追い付く気配すらなかったのだから。

 無理に激しくペダルを漕いで息切れした僕を、伸は昨日のように校門前で待ってくれていた。《本館》の三階と四階の間の壁面に付けられた大きな時計は八時十五分を指している。

 彼女にとっては家から校門までのレースを楽しんでいるだけなのかもしれない。だからゴールである校門より先はもうノーサイド――互いを称え合う場なのか。となると僕も彼女の足についていけるように日々精進しないと――


「もー、遅いよゲンちゃん!遅刻しちゃうじゃん!」


 ……やはり彼女に限ってそんなことはなかった。僕のことは運搬係としてしか見ていないのか。

 じゃ、と薄情にも笑顔で自分の鞄だけを持って校舎へと向かう彼女に対しては、もうため息も出なかった。

 


 駐輪場に着くと、ちょうど自転車を停め終えたとみえる風下と……ノーに遭遇した。遭遇と言うと彼が――ノーが、何か災厄のようだけれど、彼に対して特に良いイメージは今のところ無いので、大まかには間違えていないといえる。少し失礼かもしれないが。


「おー、鏡君じゃんおっはー。やっぱヘルメット被ってるんだね。ここで待ってるから、自転車置いたら教室まで一緒に行こうぜ」


 その時の彼は、伸に比べたら酷く優しく見えた。


 * * * * *


 教室の光景は、酷く普通だった。

 入学式翌日からこれまでの学園史上類を見ない殺人事件や、宇宙人が襲来したような痕跡は、影も形もなかった。当然か。

 そんな異常な幻想とは裏腹に、日常を作り出そうと奔走するクラスメイトはもうこの学校に馴染みでもしたつもりなのか、教室の中を実際に走り回っている奴までいた。小学生か。緊張して縮こまっているのも良くないが、馴染んで慣れて、薄く広く融け広がってしまうのはもっと良くないだろう。

 伸などは薄く広がるどころじゃなく、バラバラに散っていたりしそうだ。

 そんな彼らとは対照的に、風下は自分の席に荷物を置いたその足で僕の席まで来ておしゃべりを始めた。朝から教室で煙草をふかすのではなどと危惧していたわけではないが、その風貌に反して、えらく普通だ。案外悪くない奴なのかもしれない――なんて思っていると、伸の如く盛大な手の平返しをしかけてくる可能性があるので一概に信用はできないが。

 因みにノーは教室に来る途中で僕達と進路を異にし、《本館》の中へと入って行った。彼が上級生ということなんだろうが、上級生を舎弟しているというその裏側には何かありそうだ。そういえば――舎弟って、もう死語なのだろうか。

 昨日は楽しかったよなー、と話しかけてくる彼の目を盗んで視線を向けた隣の席にも、昨日と変わらず千さんの姿があった。相変わらず一人で本を読んでいる。別に一人でいることが悪いことだとは思わない。僕も一人は嫌いじゃないのだし。

 ほどなくして福井先生が教室に姿を現す。今日も良い天気ですねと言いながら教壇に立ち、ホームルームが始まる。


「えー、みなさんおはようございます。今日は昨日言った通り、教科書の受け渡しがあります。出席番号十番までの人はホームルームが終わったら付いてきてください。運んでもらう物がありますから。その後はクラスの委員や係を決めることになります。黒板に表を張っておくので、教室に残る皆さんはどんな役職に就きたいか、あらかじめ決めておいてくださいね。その後には、任意参加ですが、体育館で各部活動や委員会の紹介が行われます。どの部活、委員会に入ろうかと悩んでいる人はぜひ見に行ってみてくださいね。以上です」


 言って彼は十人の生徒と共に教室から姿を消した。

 途端に教室が騒がしくなる。

 飼育員のいなくなった猿山か。いや、猿山は元からうるさいのか、動物園に行ったことがないのでよく知らない。キャッキャと本当に猿のように黒板の表に群がるクラスメイトにため息が漏れる。逆に彼らは彼らで、達観したみたいに重い腰を上げない僕のような人間のことを良く思ってはいないのだろうけれど。

 後で帰ってきた十番までの生徒たちが見るときに乗じて見ればいいかと思っていたのだが、黒板の方から僕を呼ぶ声が聞こえてきた。

 案の定――もなにも、この教室で僕の名前を呼ぶ奴なんて今のところ風下しかいないのだが、彼は黒板の目の前で大袈裟にも手を振って僕の到着を待っていた。彼は金髪ピアスというアブノーマルな風貌ながら造形は整っている方なので屈託なく笑われると、従わざるを得ない雰囲気を感じてしまう。

 その感じはどこか、伸に似ていた。下手をするとその笑顔で無茶な要求を呑ませられかねない。「鏡君、お前委員長やれよ」とか。気を付けないと。

 無視を決め込んで空気が悪くなってもまずいので――誰も見ていないだろうけれど、仕方ない風を装って立ち上がる。


「いぇーい、鏡君、良い場所開けといたぜ」


 と調子の良い風に場所を開けてきた。黒板の表を見るだけのために良い場所もなにも無いだろうに。

 見てみると、学級委員長、副委員長、書記、記録、庶務、となにやら生徒会役員のような項目の次に清掃委員、集金委員、選挙管理委員、といったよく見る項目が名を連ね、最後の方には黒板係や掲示係などの楽そうな係が目に付いた。

 黒板係とか楽そうでいいな、なんて思う僕の隣で、風下は僕の危惧を具現化したかのように「鏡君、委員長やれば?」とか話しかけてくる。無視した。

 少しすると、早くも先生と十人の生徒たちが重そうな教科書を抱えて戻ってくきた。どろどろに溶けていたクラスメイト達は、それぞれの席へと舞い戻る。

 十数冊の教科書――数Ⅰ、数A、数学問題集、現代文、古典、漢字のテキスト、英語、生物基礎、化学基礎、地学基礎、地理、家庭科、そして各自の選択した実技科目(僕は工芸にした)は僕の鞄と僕の本日の帰り道の苦労を膨れさせるに十分だった。自転車とはいえ、この量は重そうだ。


「行きわたりましたか? では、係決めに入りましょうかね。まずは委員長と、書記さんを決めたいのですが、誰か立候補は――」


「はいっ! 俺がやります!」


 先生がクラスを見回したり、困りましたねぇなどと呟く前に、どころかその兆候すらないうちに鬱陶しく――もとい元気よく立候補したのは出席番号一番、昨日の帰りの挨拶を担当した開口だった。他に立候補者も出ず、彼が委員長になる運びとなった。


開口(あきぐち)一番(かずは)です! ふっつつっつか者ですが、頑張ります!」


 自己紹介で既に一度聞いた名前と、噛んでいる就任挨拶は、どうも彼が委員長であることに不安を募らせるためのもののようだった。ノリと勢いで立候補したような。昨日一度号令を任されたというだけで気持ちが決まったという訳じゃないだろうな。

 だが、理由はどうあれ最初に委員長として彼が立候補してくれたおかげで後の係決めは思いのほかスムーズに進んだ。別に彼が仕切り上手という訳では決してないが、委員長という大きな役職に開口一番立候補することで、クラスの緊張が緩んだということか。僕だったらこうも思い切りの良い立候補はできないだろうから、風下の言うことを聞いておかないでよかったのだろう。

 結局僕はお望みの黒板係になることができた。黒板係は、板書を消すだけでなく、チョークの補充、黒板消しおよび黒板消しクリーナーの定期的な洗浄、毎週の清掃など、それなりに多くの仕事があるため敬遠されていた係だと知るのはまだ先だ。

 風下は声量で体育委員を勝ち取っていた。体育祭などの行事の運営に携わる仕事らしい。見た目に反して、意外と学校行事には積極的なのか――ってだから、僕はまだ彼のことをほとんど知らないんだというのに。特徴的な彼の外見はどうにも、それこそが彼の人間性であるかのように誤解を促してくる。

 全員の係が決められ、クラスとしてはもう解散の流れとなる。明日からは授業が始まるので早く寝るようにと促す先生は、もう騒がしくなったクラスにやれやれと開口に帰りの挨拶を促す。


 * * * * *



「鏡君、体育館に部活紹介見に行こうぜ」


 放課後間もなくして声をかけてきたのは言うまでもなく風下だ。こうなるだろうとは思っていたし、伸との約束がなければ彼と一緒に部活動紹介に行くのも吝かではなかったのだが、昨日の今日で約束を破ったら彼女に何をされるか分かったものじゃないと、丁重にお断りした。

 うるせえ! 行くったら行くんだよ! とでも言われるかと身構えていたのだが、またしてもあっさりと、彼は僕への誘いを止めた。案外聞き分けのある良い奴なのかも――いや、まだ油断しちゃだめだ。

 僕の無意味な警戒が伝わったのか、不思議そうな顔をしつつ彼は教室を後にした。他のクラスメイトもほとんどが体育館に向かってしまったようで、教室の中には僕だけしか残っていなかった。部活動に興味の無い生徒はもうとっくに帰っているということか。

 僕は鞄を置いて、早速初仕事に臨むことにした。なんて言ってもただ黒板を消すだけなのだが。

 黒板消しを手に取ると、廊下の方からドタドタとうるさい足音が聞こえてくる。


「ゲンちゃーん! いるー? いるよねー?」


 半分くらい脅迫するような口調で教室の扉を開けたのは伸だ。もし教室に誰か残っていたらどうするつもりだったのかというような大声が空の教室に響き渡る。

 彼女がなぜ部活動紹介にも行かずにすでに帰ろうとしているかといえば、どうも陸上部一本に決め打ちしているかららしい。そうだとしても一応は見ておいたほうが良いと思うのだが……。


「あー、良かったーいたー。教科書重いからさー、もしゲンちゃん先に帰ってたらぶん殴っちゃうところだったよー!」


 遠慮なんて微塵も感じさせないような足取りで、そのまま彼女は震えあがった僕に鞄を押し付けてくる。運搬業務に入るにはまだ早いですよ。


「あれ? ゲンちゃん何してんの? 罰ゲーム?」


 見てわからないものだろうか。


「あー、係決めしたんだー。待って待って、あたし見たいからまだ消さないでー」


 そう言って彼女は僕の後ろに回って黒板を端から眺めていく。他のクラスの係を見てどうなるというのだろう。


「あーゲンちゃん黒板係なんだー、だからやってるんだねー、納得。――あれ? このクラス、何人クラス? あたしのクラスには三十六人いるんだけど」


 そう言って彼女はひいふうみいと名前を数え始めた。

 そんなこと、数えるまでもなく――振り返ってみれば机の数が教えてくれるはずだ。このクラスは六列×六列の三十六個の机があるから、三十六人のクラスということになる。ホームルームではその机全てが埋まっていたはずだ。

 まさか三十七人目の名前が書かれているとかじゃないだ――


「三十五人分しか、名前書かれてないよ?」



 バッと振り返って見直してみた黒板には、確かに三十五個の名前しかなく――そこに《千》という苗字はなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ