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僕の中にあなたはいますか  作者:
《1》僕のサイノウ
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001.これまで




001


 昔から、僕は流されやすい人間だった。

 人に流され、物に流され、状況に流され、流々と流れに流される――そんな人間だった。


 * * * * *


「よっ、どっか遊び行こうぜ、(かがみ)


 中学二年生に進級したばかりの僕は五月のある日、声をかけられた。校則を破るのが趣味です、みたいな顔をしたそいつが──別に僕だって決して良い生徒だったわけじゃないけれど──山田だったか鈴木だったか、ありふれた苗字の奴だったことだけは覚えている。三々五々に散るクラスメイト達の間を縫うようにして、彼はそんなふうに声をかけてきたのだった。

 《鏡》なんていう珍しい苗字が目に付いたのか、それとも金を工面する手段としてクラスの端っこに居た僕を利用しようとでも思ったのか――それは今となってもわからないままだけれど、その誘いに僕は、快くないだなんて微塵も気取らせないように快く応じた。

 敢えてその誘いを蹴る理由が無かったからだ。

 それから僕は一年ほど、そいつのグループとつるんで学校生活を送った。

 勉強も、教師に言われたことくらいはやって、それなりの学力は持っていた。

 自慢じゃないが、付き合っている女子だっていた。そういう──所謂不良みたいなグループに属するというそれだけに惹かれて告白してきたとみえる彼女の告白を断る理由もまた、僕には無かった。

 こてこてにメイクを塗りたくった彼女と、休日にショッピングモールに行くこともあった。プリクラを撮って、クレープを食べて、映画を見て、それなりに楽しい一日だったはずで、普段の学校生活においても彼女との仲は良好だった。


 しかし、高校受験を控えた中学三年生になって、彼ら彼女らと僕との関係は尽く終わりを迎えた。

 それは多分、受験勉強があるからなんていう明確な理由ではなくて、女子を巡った喧嘩があったからなんていう劇的な理由でもなくて――なにかもっとこう、観念的なものだったのだろう。

 近くなりすぎた仲には亀裂が入るというのか、力がかかり過ぎてひび割れたとでもいうのか――ともかく、共に過ごした時間の長さと友情とは、ほとんど関係ないということだ。

 それに関しては幼いころから生活を共にしている両親と僕との劣悪な関係から見ても、窺い知れるというものだった。

 しかし、そんなことすらも僕にとってはどうでもいいことだった。仕方の無いことだった。

「そうなら、そうなんだろう」

 そんな風に感じてしまうのが僕だった。流れに逆らうことは、できなかった。


「もう良い歳なんだから、社会勉強もかねて、叔母さんの家で面倒見てもらいなさい」


 中学三年生の二月──そんな母さんの言葉には、強制力みたいなものはほとんど含まれていなかったけれど、僕の両親は――勿論僕も、僕がその言葉に反論するなどとは夢にも思っていなかった。万が一、僕が反抗的な態度に出たとしても、その決定を覆すほどにまで事態が発展するとは到底思えなかった。

 事態の反転は、望むべくもなかった。

 それは、折角合格した近所の高校への入学を辞退して数ランク下の高校に通うことになると言われようとも同じく、到底思えなかった。


 最初はいくらか立派な木だったのかもしれない。

 光合成をし、人の暮らしに寄り添い、野生動物の住みかとなり、虫たちの食料を供給し、失われた命を再びその身に吸収し、栄養を蓄え、冬を越し、実を付ける。そんな木だったのかもしれない。

 そんな未来も、あったのかもしれない。

 しかし一度倒れてしまったその木は――一度諦めてしまったその木は、川を下り、上流中流下流を通って、水に削られ、岩に削られ、運搬堆積侵食で、風化し、結果としては十把一絡げの木片に為り下がる。もうそれ以上の成り上がりは見込めない。ただ流されるだけの、一介の漂流物。

 きっとその木片が、僕なのだろう。これ以上砕かれる余地はほとんどなく、ただ流れに身を任せていればいい、取るに足らない木片だ。

 ちょっと長い間、同じ場所に漂っていたけれど、今日からは新しい場所へ――山を下るように、外へ外へと流されていくことになる。

 電車で三時間という川の流れは僕をどんな場所へ流していくのだろうか。


 今の僕にできることは、その流れ着く先が大海ではないことを祈ることだけだった。




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