彼らが消えた理由。
「んぅ〜?そういうお前は誰だぁ?」
内心は地獄の釜のように煮える狂い、表情だけは取り繕う。が、剣を振りかざしてきた奴は声が聞こえていないのか、食い込んだ剣を抜くのに躍起になっている。剣を捨てることもできず、周りのことも見えず、こうも情けないとコッチが怒っているのが馬鹿馬鹿しくなる。
「クッ、化け物め!」
「…化け物だよ。それを知りながら切りかかってきたお前は、勇者を気取った阿呆だがなぁ。」
呆れて、思わず溜息が漏れる。怒りの熱も徐々に下がってゆく。
まぁ化け物って言われても仕方ないんだろうさ。まさか俺も自分が人間じゃ無くなってるなんて思いもしなかった。外道なんてモンに落ちて、だが落ちてみりゃ、一度斬りつければ恐怖と混乱、痛みを助長させる、そんくらいの凄まじい剣が何時でも作り出せて、それが誰からも奪われない剣だってこと、それが人から外れたと言われてもこんくらいか、そう思っていた。
「マァ、そうだよなぁ。魔術の極みの、その一端が、そんなちいせぇモンに収まって、なぁなぁの対価で普通に生きていられるはずがねぇよなぁ。」
乾いた笑いを浮かべ、斬られた肩口を見れば白いものが剣を受け止めていた。歯だ。斬られた場所が口に変わり、歯がシッカリと剣を咥え込んでいた。しかも傷は50センチ以上に深いが痛みもなく、血も出ず、口の隙間から中を覗き込めば暗くてよく見えないが生皮を剥いだような小さな人間がコッチに手を伸ばして助けを求めていた。生臭い。子供の頃に憧れた、英雄譚の登場人物もこんな感じだった。ただし出ていたのは悪役側で、自分のそれと比べりゃマシでこんなにグロテスクではないという但し書きが付くが。
「離さないかっ、化け物め!」
「ん〜『喰っていいぞ』」
なんか我慢しているように感じたので、許可を出せば、口は剣をペッと吐き出し、向こうが驚いてよろめいている間に、口から腕が生え、次の瞬間にはズルッと中から見覚えのあるシルエットの男が出てきた。
(あらら、予想と違う。)
ヒョロリとしていて明らかに人間離れしている腕の長さ。それ以外には特徴がないが、それ故か気配も薄いし、視線が腕に集中する。腕を気にすれば(腕程ではないが十分に長い)仕込みが入った足に殺られる。かつて毒漬けと呼ばれた男も今は狂い、表情は嗜虐的思考の変態どものように歪み、不自然に真っ白な歯をガツンガチンと噛み合わせていた。
「ライエルッ!」
が、轟音と共に毒漬けに雷が落ちた。つまりは俺にもセットで。幸いにはレマには当たらなかったが、いやはや、コレは痛ぇ。
「あぁ!?新手か?」
ぐりん、と首を雷が飛んできた方向に向けると魔術士のような格好の女が居た。
「なっ、馬鹿な!?ライエルすらも効かないだと?」
「ローゼっ!そいつは外道だ、斬撃は効かない、魔法耐性もかなり高いところにある。」
グルグルと唸るような声で男がローゼと呼ばれた女に警戒を促す。
「ま、5割正解ってところかね。俺も今知ったからあんまり偉そうには言えんけども。」
そう呟いてしまうほど、微妙な推理だ。何故ならば、斬撃は効いただろう、刹那に俺を粉微塵に出来るのなら。魔法耐性は実際どうなのか分からない、今の雷は腹に出来た大きな口が食べてしまったのだから、それを魔法耐性と呼べるのかどうかは先日まで村人だった自分には判断しかねる。
「レオ、それにアレは?」
女は毒漬けを指差してレオとやらに聞いていた。
「判らない、が、奴の肩にある口から出てきたものだ。未だ生きているようだが、おそらくは魔法生命体では?」
そう、毒漬けは生きていた。地面に倒れ、ビクンビクンと震え、目が完全にトんでるが、笑みだけは深くなっていた。
「クッ、まずは魔法生命体からだ!ローゼは本体を!僕が魔法生命体をやる!」
まぁ、正しいな。レオ君は暫定、俺に対する有効手段が無いのだから、平らげられる奴から食っちまえばいい。
「…ライトニング!ライトニング!ライトニング!」
しかしローゼ、お前はお馬鹿さんだ。魔法を小出しにして足止めに切り替えたのは良い。ほとんど詠唱も無しに一般人なら致死級の魔法を連発できるのも才能に恵まれた故なんだろうさ。でも、駄目だ。魔法は痛いのだ。痛いから腹が立つ。腹が立つと腹が減る。腹が減ると遊ぶのも止めようという気になる。
お遊びなのだ、コレは。確かに肩をザックリ斬られたが腕は普通に動くのだ。つまり何時でもレオ青年の首は刎ねられた。考え事をしていたから動かないだけで、魔法自体は少し痛い程度なのだから、接近に弱いだろうローゼ魔術士を刺すのは造作も無い。
しかし、もう駄目だ。そろそろ我慢の限界だ。レオ青年は確かに剣は上手い、才能に溢れている、が、その程度、相手の毒漬けだって名家の生まれで、才能があり、幼い頃から訓練に次ぐ訓練で練磨していた。その努力してきた鬼才が、勝つ為ならば毒すらも使うのだ。レオ青年、いくら毒漬けより才能があろうと、果たしてそれは、彼との差を理不尽にも埋められる程なのか?
いいや、無理だな。それなのだが、レオ青年は遊ばれてることも知らずに、剣を振るう。
毒漬けも実力者と会えて嬉しいのだろう、彼はアレでも武人なのだ。卑怯者と罵られようと、顔が少々アレなので誤解されていたようだが、彼は戦うことにどうしようもなく憧れた武人なのだ。それは最後を看取った俺がよく知っている。
(だがしかし)
「毒漬け、いい加減に止めろ。見てるこっちがムカつくんだよ、それ。」
毒漬けは、武に憧れたが、正道を歩く武人には成れなかった、彼の才能を生んだ環境は彼にその道を歩かせなかった。だから奴はどちらかといえばコッチ寄り。道を踏み外した側だ。奴からは、レオ青年とローゼ魔術士が眩しい、そんな思念が伝わってくる。
だから期待しているのだ。まだ、こんなもんじゃないだろうと、レオ青年の底は分かっているはずなのに、認めたくなくて、光の内を歩む彼らに期待して、内で泣きながら、彼を煽っている。
「それが、醜い。」
そしてそれが、形は違えど自分を見ているようで、不愉快だ。
腹にある口がギリギリと音を鳴らし、耐えられないとばかりにボソッと呟いた。
「ライ、ト、ニングゥ」
瞬間、カパッと開いた口の僅か程先に、紫電の球体が現れたと思うと、今まで受けた魔法を全て吐き出したかのように、魔法を放った。
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音が戻り、視界が開けると、黒焦げた街並みの他には何もなかった。毒漬けも、レオもローゼも、何もなく、ただレオ青年の剣が落ちていて、腹が満たされていて、その満たされた感覚にムカついた。
「あぁ、ったく。全部ぶっこわして、グチャグチャにしてやりてぇ。」
「…ならば、私をグチャグチャのネチョネチョのドロッドロに致しませんか?」
いつの間にか近くに居たレマに驚愕を隠しながら反応する。
「それは……やめておく。気分にまかせりゃ、良い提案だが、終わった後が恐ろしいからな。」
そんときは自分に剣をぶっさしてグチャグチャにしたくなるだろうからな。自己嫌悪ってヤツだ。
「では、如何致しましょう。」
「あぁ、そっかぁ、そうだなぁ…」
このまま兵士をヤりにいっても良いけれども、なんか萎えた。
いつの間にかレマの後ろにいた獣たちも待ちきれなくて兵士を食ってしまっているし。
「提案がありますが『聞こう』…では、奴隷都市に行ってはどうでしょうか?御身のお力が有れば道中の獲物の端材でも稼げますでしょうし、僕は多い方がよろしいかと。筆頭下僕は私ですが。」
「その獣どもは?」
「道中には大森林があります故、我々が奴隷都市に居る間、こ奴等にはそこに拠点を作らせるのが宜しいかと。」
「獣だぞ?」
「それはそうなのですが…」
レマはそこで瞳を輝かせてこちらを見る。
「どうやら御身は、魔獣どもを従えるお力をお持ちのようです。」
残存戦力
イーディオ。
レマ。
キメラ型魔獣。
狼型魔獣5匹。
小鬼型、鬼型魔獣合わせておよそ50。
熊型魔獣。