彼が戦いを始めた理由。
不備がありましたら、是非ご感想にて。
___今は昔、もっとも栄華を極めたカエサル帝国。民衆の蜂起により国が分裂し、様々な技術が失われていった。
そのため彼の国の魔導は国が滅び五十年の月日が流れた現在ですら解明できない事が有る。
その主な例と云えば「イーディオ・サヴァンの魔導書」である。
この本を残せば間違いなく、この本は禁書となり、私は異端審問に掛けられるのだろうが、一人の歴史家として、誇りを持ってこの場で新たな「イーディオ・サヴァンの魔導書」を執筆しよう。
俗に言う「狂った男の魔導書」。
これは魔導書と名が付いてはいるが実際はありふれた歴史書に過ぎない。
が、何故魔導の名を冠するか?
それはイーディオ・サヴァンの名と姿形を書いた時点で魔導としての効果を持つからだ。
魔導としての詠唱がイーディオ・サヴァンであり、魔導として欠かせないイメージがイーディオ・サヴァンという男の姿形であり、その効果は非常に強い錯乱である。
魔力を持つ者が読めば、魔力をその者から搾取して魔導は発動する。
随分と勝手な魔導だが強力なのは間違いない。
しかし、驚くなかれ、五十年前、帝国が滅びる迄は魔導書としての効力はなかった、唯の男の名前だった。
いや、彼を唯の男と言うのは語弊がある。
「イーディオ・サヴァン」は間違いなく、帝国を潰した超人足りえる存在であった。
さて、私の本を読む者が、錯乱しないか少々心配だが、話を始めよう。
彼の始まりは、たった一つの農村からだった
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カタリナ村。平野部に開拓村として作られ
、未だ僅かに三年しか経っていないこの村では常に働き手を欲しており、彼は村の祝福を受けて産まれた。
両親は産まれたその子にイーディオと名付けた。
イディと呼ばれ育ったイーディオは何をするにしても鈍臭かったのだが、単純な力仕事だけは大人顔負けに出来、他の面では他人に負けても自分の得意なことだけは誰にも負けないように、と力仕事だけは一切手を抜かない少年であった。
そんな彼の正直な部分に惹かれる村人は多く、彼は将来を嘱望されていた。
だが、十六にして絶望を知る。
イーディオの村を治める領主は貴族の中の貴族であった、故に、母国、カエサル帝国が実施しようとしていた税率の引き上げに撤回するよう訴えた。
領主には現状ですら民が貧困に喘いでいるのに更に締め上げるような真似は出来なかったのだ。
まして、その税が何処に使われるかも分からないからだった。
けれども領主はただ訴えるだけでは税率の引き上げを撤回しないだろうと確信を抱いており、また、今回が凌げていても帝国の中央が近い内に暴走するだろうと思っていた。
そう思ったきっかけは社交界で知らされた上層部の腐敗からだった。それを憎々しく思う領主は同志を集め、今回の税率の引き上げの撤回を拒否した時点で旗を揚げると決めていたのだった。
しかし、中央の面々は臆病で己の保身のためには手段を選ばないような者ばかりであった、故に諜報、暗殺の裏稼業をするものを多く囲っていた。
そのため領主が兵を集めていることも察知し、脅迫に動き、領主への牽制のため、その見せしめになったのがカタリナ村であった。
村では男も女も老人も子供も関係なく全員殺された。
しかし、イーディオだけは違った。
身体が焼けるような高熱で魘され、シーツに包まっていた彼だけは、貴族たちの兵が虐殺を繰り返す中、ピクリとも動かなかったため、兵も彼が死んでいるものだと思い、彼が寝ている寝室を、一瞥しただけで去っていった。
しばらくして、イーディオは熱も下がり、ふと目が覚めた。ベッドに寝転がったまま、窓を覗くと辺りは闇に包まれ、僅かに月明かりが雲を通している程度だった。
そして彼は、何やら強烈な鉄の、血の匂いに気づき、焦った。
おそるおそる、ドアを開けようとするが、開かない。彼は怖かった。血の匂いが充満するこの部屋から一刻も早く出たくて、ドアを開け思いっきり蹴り飛ばした。
ドン、と蹴られたドアは人がようやく出られる程度、開いた。
辺りは真っ暗で、片足一歩踏み出すと、ふにゃ、と柔らかいものを踏みつけた。恐慌した
イーディオはその柔らかいものを何度も踏みつけ、蹴った。
が、数秒だけ、雲間から月明かりが家を照らした数秒だけ、イーディオは見た。鮮明に、見た。
玄関先で倒れた父と、居間で喉から血を流す母と、今しがた自分が蹴り飛ばした帝国軍の兵士と兵士のベルトにある血の付いた剣を。
このときから、イーディオは真っ当な人間としての生き方を辞めた。
実はこの帝国軍の兵士は家族を奪った本人ではなく、ただ休憩に彼の部屋の前で雑魚寝していたのだが、イーディオが一番初めにドアを開けたときに背中に何か触れたのを感じ、振り向いたとき、イーディオが思いっきりドアを蹴ったものだから扉に顔面を強打し気絶したのだ。
そんなことを知る由もなく、また、知っていたとしても、だろうが、彼はいつからか手元にあった剣で自然に、一息の間に兵の心臓を刺した。
後にフランベルジェと呼ばれる、独特な形状をしたこの剣は、刃のうねりのために相手に出血を強いる武器であり、赤銀に輝いて血と暗闇を反射するその剣は、イディの家族を失った苦しみと兵に対する憎悪の権化のようであった。
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そして、数日後。
「おい、なんだ?あんな奴いたか?」
「あー、ほら、アレだよ。村を襲った貴族の兵どもをヤッちまったっていう、例の。」
「だからって、なぁ?」
反乱軍の兵士が指をさした所には今や数少ない食糧を頬張るイディが居た。
といっても、この食糧は彼の村から彼自身が持ってきたものであったのだが、他の兵には関係なく、彼に対する不満は高まっていった。
反乱軍、カタリナ村の領主が中心となり作ったこの軍は、村の一報を聞き、完全武装で今朝、到着した、が。
予想に反してそこには山があるだけだった。丁寧に磨かれ銀色に輝く剣や鎧の山。
そしておびただしい量の血を流し、地面を闇のように黒く染める程の屍体の山であった。もはや肌の色は分からないほどにまで染まった狂気の山と、銀に輝く財宝の山。
その二つが対照的で、彼らが現場を理解するのには少しの時間が掛かった。
血を見慣れた熟練の兵ですら、僅かに気圧されたその光景。その二つの山の間に、たしかに居た。
茶色であった短髪は真黒に染まり、生きているようにさえ見える波打つ剣に寄りかかり、目を瞑りながら、イーディオはそこに居た。
「これは、君がやったのか?」
部隊を率いる隊長が、彼に話しかけた。
が、彼は答えない。
そして、隊長が彼を訝しみ、剣に手を掛けようとした、その瞬間。
男が剣に手を掛ける僅かな気配で彼は目を覚まし、男に悍ましい、ねっとりとした、闇に引きずり込むかのような殺気を当てた。事実、隊長は自分の意識の中で、あの山に引きずり込まれた幻を見た。
数々の修羅場を巡った隊長は「間違いなく彼がこの惨状を生み出した。」と悟った。
そして自分が到底及ばないことも。努力才能云々ではなく、この青年は人間としての道を外れた、同じ生物ではないのだと。
嘗て戦場で出会った「外道」と呼ばれた、人に限りなく近く、人でないもの。
それと同じ気配を感じた。
だが、冷や汗を垂らしながら逡巡する男を気にもせず、イーディオはある方向を指して呟いた。
「偉そうだった奴と、強かった奴は、あっち。」
聞こえた声に従って、イーディオが指した方向を見れば、地面に突き刺さった丸太に手足を縄で括り付けられている男が二人。
そのどちらもが有名人であり、どちらもが苦悶の表情で息絶えていた。
「……おい、これは。」
「何か?」
隊長の口調に良からぬものを感じたイディは男を威圧するように睨みながら、即座に口を挟んだ。
「おいおいそんなに睨むなよ。別にコイツらを殺したからどうこう言うって訳じゃねぇ。むしろお前さん、大手柄だ。コイツらが誰か知ってるか?」
思わぬ返答にイディは小さく首を振った。
「こっちのチャラチャラした太めのおっさんは中央の腐った馬鹿どもの内の一人。人呼んで監禁男爵。若い娘を見つければ私兵に拉致させるクズ野郎だ。」
隊長は怒りを滲ませ、地に唾を吐いた。
「で、こっちのヒョロいのが「毒漬け」。産まれた家からして暗殺の名家。このクズの護衛で来てたんだろうが流石のプロも外道には勝てなかったか。」
そうか、と納得し、ふと疑問が残る。
「外道?」
隊長は知らないのも当然か、と一人納得し、教えるべきか迷った。そして結局、保留にした。自分には判断出来ないと悟ったのだ。
「おっと、その話をすると長くなる。もしよければ帰りの馬車に乗ってくか?どうせ村人は居なくなったし、一緒に行くなら馬車の間に説明できる。」
それはイディにとって村を捨てるのと同義であった。けれども彼が好きであったのは家族であり、友人であり、気の置けないご近所さんであって村という場所ではなく、思い出に浸れるような精神状態でもなかったがために決断は早かった。
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馬車で揺られること数時間。彼は外道についての知識を得た。