02 新しい場所
〈特務機関アトラス宇都宮支部>
まだここに来て一週間だが、この支部のメンバーともずいぶんとうちとけた。
「今日は歓迎会だし、明日からは学校でしょ?おばさんいっぱいご飯作っちゃった!」
「うわ、本当にいっぱい作りましたね」
支部内の食堂ではたくさんのご馳走が所狭しと並べられていた。
この支部の食堂を担当する斎藤 富佐子さんは本当に料理がうまい。以前、給食センターで働いていたらしいのでそれもあるのだろう。
「ふっさん!飯できた?」
奥の自室スペースからやってきたのはここの通信担当の黒田 修司だ。大学を卒業してすぐにアトラスに入ったので、まだ20代後半の若手である。言葉使いが変だが、頭脳明晰で仕事もちゃんとこなしていく。
「ゴホゴホ…準備はできましたか?ゴホッ」
「ケンさん、マスク取って喋んないと何言ってんのか分かんないっすよ」
黒田から突っ込まれたケンと呼ばれるこの人は、浅岡 研さんだ。データ分析担当で、ここの副所長でもある。とても体調を崩しやすく、この歓迎会が一週間遅れたのも彼が風邪でずっと寝込んでいたからだった。
「はいよ、もう準備はできたから奥から佐伯さんを呼んできてちょうだい」
「りょーかーい」
斎藤さんがそう頼むと黒田さんは唐揚げを一つつまみ食いして自室スペースへ向かって行った。
「瑠未ちゃんもお手伝いありがとうね。もう大丈夫よ。そろそろ始めるわ」
「はーい」
さらに斎藤さんが厨房に呼びかけると、一人の少女がエプロンの紐をほどきながらダイニングへやってきた。
「久しぶりのお料理だったからなー。ちゃんとできてるかなぁ」
自分の料理に少々不安をにじませている彼女は、観測担当で俺と同い年である青井 瑠未だ。明日からの学校も彼女と行くことになっている。観測担当とだけあって宇宙についての知識は抜群だ。
「呼んできたよー」
「おー、いい匂いだなぁー」
黒田さんに連れられてきたのは、ここの所長で作戦指揮の佐伯 良照さんだ。温厚で常に周りに気を配っている。たった一週間で自分がここまで新たな環境に慣れることができたのも彼のおかげだ。おしゃべりな性格で、年は45歳だと自分で言っていた。
「よーし、みんなそろってるな。自分のところに座ってくれ」
佐伯さんがそう言うとテーブルを囲うように皆それぞれの場所へ座った。
「では、これより我が支部の新メンバー、風間 龍也君の歓迎会を行います!乾杯!」
『乾杯!』
カンっと音がすると、一斉にみんなが食べ始めた。
「そーいやぁさー、龍也はクラッシャーとしてウチに来たんだろ?」
黒田さんが言った。
「ええ、そーですけど」
「お前はどっちで仕事するわけ?」
「どっちって、何がです?」
「ストレンかSNPかだよ」
「あー、俺はまだ本番をやったことないのでどっちとは言えないですけど、訓練はSNPの方でやってました」
そう言うと横から瑠未が驚いたようにこっちを向いた。
「龍也君すごいね!!」
「へ?」
いきなり言われたので理解できなかった。
「だってSNPの訓練やってたってことは相当強い能力持ってるってことでしょ?」
瑠未が目をまん丸くして聞いてきた。
「そーかなぁ」
実際、自分の能力なんて他人と比べたことがなかったので、自分が強い能力を持っているとは思ったことがなかった。
「そーだよ、絶対!ねぇねぇ、龍也君の能力って何?」
そう瑠未が聞くと、周りのみんなも興味を持って龍也の方を向いた。
「俺の能力は、空気を操る能力だけど」
「そーなんだぁ~。あ、そうだ!なんかやってみてよ。その能力使ってさ」
もうみんな(特に瑠未)興味しんしんだ。
「何かって言われてもなぁ…。よし」
すると龍也は近くの棚に乗っているキャンドルに向けて手のひらを向けた。
「ちゃんと見てろよ」
そして龍也が手に力を入れた瞬間、室内に風が吹きキャンドルの火がふわっと消えた。
『おおー!』
「すごーい!」
照れながらキャンドルの火をつけ直す。
「まぁ、こんな感じだよ。やろうと思えば台風より強力なの出せるけど」
「もはや人間兵器ですな」
浅岡さんがメガネをかけ直しながら言った。
「そんなこと言わないでくださいよ。人に向かってなんて使わないですから」
「そうだぞ浅岡君。あまり物騒なことは言うもんじゃないぞ」
佐伯さんがモグモグしながら注意した。
「さ!りゅうちゃんもすごいけど、あたしの料理だって負けてないわよ。おしゃべりもいいけど食べましょう!」
手をぱんっと叩いて斎藤さんが言うと、みんなまた黙々と食べ始めた。
(あれ、俺いつからりゅうちゃんって呼ばれてんだ?)
キーンコーンカーンコーン…
朝のホームルーム開始のチャイムが鳴る。それと同時に高等部2年1組の担任が教室に入ってきた。
「はーい。今日から新学年だ。このクラスの担任は俺が受け持つ。」
担任は黒板に自分の名前を書いた。
「須藤だ。一年間よろしく」
よろしくお願いしまーす、とクラスのみんなが言った。
「あ、あと転校生がこのクラスに入る。呼んでくるから待っててくれ」
そう言うと須藤は教室から出て行った。
「ねぇねぇ、転校生どんな子だろうね」
「たしか、男子らしいよ」
「え、それまじ!んだよつまんねーなー」
教室内がざわつく。
クラスの話題は完全に転校生の話題となった。
ある女子も、後ろの席の子に話しかけた。
「ねぇ、瑠未。転校生どんな子だと思う?」
「え!あたし!?」
「瑠未ってあんただけでしょ」
「あぁそっか、んーと…た、多分良い人だと思うよ?真樹はどう思う?」
「えー、あたしはイケメンだったらオッケー」
「あ、そーなんだ~。あははは」
正直、クラスのみんなには転校生と一緒に住んでいるということだけは広まらせたくなかった。
「おーら、静かにー!」
須藤が帰ってきた。教室内もそれに合わせて静かになる。
「それじゃ、風間。入ってこい」
そして、廊下から細身で少し筋肉質な子が入って来た。
「おし、風間。自己紹介を頼む」
「はい。風間 龍也です。よろしくお願いします。趣味は…」
淡々と自己紹介をしている龍也だったが、その目線は一点を見つめていた。
(ヤバい…。龍也君完全に緊張してる。……だからってあたしを見つめられても困るんですけどー!!)
「風間の席はそこだ。ロッカーは自分の番号のところを使ってくれ」
「はい」
自己紹介を終え、龍也は言われた席へ向かった。
(よし、自己紹介できた!)
真樹がくるっと瑠未の方を向いた。
「ねぇ、瑠未」
「な、な、な何?」
「あの子……合格!」