決意
それから蒼は、毎日のように父親と野球をするようになった。バッティングも、キャッチボールも、蒼がいいと言うまで、つき合ってくれた。
そんなある日、とうとう蒼が試合に出れることが決まった。ピッチャーだった。
嬉しくて1人で静かに喜んだ。父親は、風邪で寝込んでいた。
「俺、今日絶対勝って帰ってくるからっ!」
苦しそうな咳をしながらも、行ってこい、といつもの笑顔で言ってくれた。そんな父親を残し、蒼は試合へ駆けていった。
試合は、4ー0と、蒼たちの野球チームが勝った。初めて、心のそこから喜んだ。克也と玲二もベンチから駆けてきて、一緒に喜んだ。
…そんな幸せは、長くは続かなかった。
帰る準備をしていた蒼に、野球チームの監督…もとい、玲二の父親青い顔で伝えてきた。
うそだと思った。信じたくなかった。蒼は監督の言伝を聞いた瞬間、走り出していた。
「母さんっ!!」
家に帰ると、目元を覆って啜り泣く母親と、それを支える祖母の姿があった。
「…気づいたときには、もう、ダメだったそうな…」
答えられない母親の代わりに、祖母が教えてくれた。あんなに元気で野球をしていたのに、突然すぎて、何も言えなかった。
朝、弱々しくも頼もしく背中を押してくれた父親の姿を思い浮かべ、蒼は両手を強く握り、唇を噛み締め俯いた。
それから蒼は、何事にも一歩引いた場所から眺めていた。中学の野球も、惰性で続けていたようなものだった。克也と玲二は、根気強く蒼を支え続けてくれた。
そしてこの前。トランペットの真っ直ぐな音が、まるで親父の声に聞こえた。お前はそれで満足なのかと、心に問われた気がした。
彼の心に、『迷い』が生まれた。
現在…
インターホンを押し、コンビニで流れそうな曲が微かに聞こえてくる。
「はーい?って、蒼!?どしたん、急に」
出てきたのは、幼なじみの玲二だった。まだあどけなさ残る顔で、目を真ん丸くして驚いていた。
「…話があるんだ。」
雰囲気で悟った玲二は、家の中にちょっと行ってくる、と告げ外に出てきた。
そしてもう一軒、インターホンを押す。出てきた相手は、2人を見て驚いたが、用件を聞いて玲二と同じように後ろ手に玄関を閉めた。
「どうしたん?明日学校でも会えるんに」
丘の上にある公園で、柵に寄りかかりながら夕日を見ていた。口を開いたのは、玲二だった。昔から行動派で、何をするにも、大抵玲二がトップバッターで、蒼が野球を始めたのも玲二の誘いだった。
玲二の言葉に、首を上下に激しく動かし、こちらを見るのは克也だ。こっちは根っからの子分肌で、何をするにもよく2人に付いてきていた。
背が大きい玲二と、小さめの克也。真ん中に蒼が入る形なので、階段状に並んでいた。そのことに気づいた蒼は、少し微笑んで、夕日を見ながら、胸の内を2人に話した。
「俺、吹奏楽部に入ることにした」
『えっ?』
当たり前の反応だった。ずっと一緒に野球をしてきた友人が、突然そんなことを言ったのだ。それは驚くだろう。でも、理由を話すと2人は顔を見合わせた。そして、笑顔でこちらに振り向く。
「そっか。きっと、おやっさんも喜ぶよ」
「うんうん。親父さんいつも言ってたもん。我が道を突き進め!って」
「…ありがとう」
ふっと心が軽くなった気がした。家で1人で悩んでいたときは、受け入れて貰えなかったらどうしよう、などと考えていた。
実際の彼らは、笑ってくれた。それでいい。蒼も、顔を綻ばせた。