思い出
小さい頃から、夢は野球選手になることだった。
初めて野球の試合を見たとき、体中に電気が走った。心が震えた。いつか自分も、あのマウンドに立って、戦いたいと、幼いながらに夢を抱いた。
小学校では、少年野球に入った。観るのとやるのでは違いが多すぎて、途中で諦めようかと思った。
そんな息子に、父は「出来ないから諦めるのか?あのマウンドに立たずに、お前は野球選手を辞めるのか?」
「やだっ!」
矛盾だった。無理だと野球を辞めようとしているのに、あのマウンドに立つことは諦めていなかった。
でも、マウンドに立つ以前に、格の違いがあるのだ。いくら練習しても、マウンドで投げ続ける上級生よりも、同級生よりも、劣っているのだ。
どうすればいいのか分からない、モヤモヤとした気持ちを吐き出せず、ズボンの両端を握りしめ俯く少年に、父は続ける。
「確かによ、頑張るってのは辛い。目の前にいる、天賦の才を持った奴らに勝てないのは腹が立つ。でもよ、それを思ってる奴らは、お前だけじゃない。」
どういうことか分からず、父の顔を見上げる。
「天才ってのはいるさ。どこにでもな。だがよ、凡人の方が、多いんだ。蒼みたいに、天才に憧れて、負けてるの分かって、こんちくしょう!って練習してるやつらもいるだろ?」
あ。と思った。蒼の頭の中に、2人の友人の顔が浮かんだ。
「かつ坊、れー坊だって、お前と同じだぞ」
「…何で、分かるの…」
考えが読まれたようで、少し悔しく、いじけるように聞いてみる。父は、笑いながら答えてくれた。
「ん?だってよ、試合で勝っても負けても、お前ら3人とも同じ顔して帰ってくんだよ。また出られなかったってな」
…父には、全てお見通しだった。バレていたことに、なんだか気まずくなり、また下を向く。
「…野球ってのは、1人で戦うもんじゃあない。9人、ベンチの奴ら、応援してくれる人たち、みんなで戦ってんだよ。確かに嫌になる気持ちも分かるが、かつ坊たちが、次こそはと頑張ってんのに、お前だけ逃げるのか?」
「っ!嫌だ!そんなの、あいつらにも負けてるみたいで、嫌だ!もう、誰にも負けたくない!強くなりたい!…みんなと一緒に、戦いたいっ」
顔を上げ、涙をボロボロこぼしながら、言い放つ。ずっと、蒼が思っていたことだった。戦っていたのは、自分たちも同じだった。マウンドに立っているピッチャーになったかのように、1球1球に一喜一憂する。
出来ない自分が、嫌いだった。マウンドに立っているのが自分じゃなくて、悔しかった。でも、一番は戦いに参加できていないことが悲しかった。
どんなときでも、どこにいても、『チーム』で戦っていたのだ。嬉しかった。1人ではなかったと、やっと知ることができた。
溢れる涙は止まらない。服の袖でゴシゴシ目を擦っていたら、父が言った。
「蒼、周りをもっと見ろ。そうすれば、もっと楽しくなる。あと、何でも諦めようとするな。粘り強く生きていけ。そんでもって、1つにこだわらないことも、大切だ。お前、投げるのもいいが、バッティングが上手いだろう?ピンチヒッターで出れるように、バッティングの腕をもっと磨くのも、いいんじゃないか?」
まぁ、頭の隅にでも入れとけ。そう言って、でっかい手で、蒼の頭をワシワシと乱暴に撫でる。
「いてぇよ、父ちゃん」
鼻声だったが、涙は止まっていた。グリグリと撫でる手が暖かくて、蒼は自然と笑顔になっていた。