赤面と戸惑い
トランペットを吹いている少女に、見惚れていた。真剣に練習しているため、話しかけようにも近寄りがたい雰囲気がある。
どうしようかと、階段を上り下りして考えていた。…そんな時だった。
「うぁっ!」
「ふぇっ?」
自分でも、情けないと思った。登りかけた階段で、最後の一段を踏み外して…こけた。顔面から廊下にダイブ!驚いた彼女も、茫然と彼を見下ろしている。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
しばらくの間をおいて、恐る恐る口を開いたのは女子生徒だった。「大丈夫!」と急いで顔を上げると、心配そうな視線とかちあった。見つめ合う形になり、蒼が先に音を上げた。顔を思いっきり勢いよくそむける。すると、自然に足元に目がいった。
「あ、一年なんだ」
まだ廊下に這いつくばっていたが、サンダルの色が蒼と同じ赤だった。まず起き上がるべきだったことには、焦って話題を探していた彼は気づいていない。
「あ、うん。私は藍沢里央って言います。1年4組です」
ポカンとしていた里央はクスクスと笑いながら名乗り、あなたは?と聞いてきた。そこでようやく自分の状態を思い出し、身体の熱が急上昇してくるの感じながら、急いで立ち上がる。
「お、俺は2組の佐藤蒼っていいます…」
モジモジと男らしくない蒼。そんな彼の様子を見て、里央はまた笑う。
「こんなところに朝早く、どうしたんですか?」
「え、っと…それは…」
ふふっと笑いながら聞く里央に、蒼はたじろぐ。情けない姿を見せた挙句、浮かれて早く学校に着いてしまったから探検を…なんて、蒼には言えるわけがなかった。
「あ、藍沢…さんは、何で…」
言いたくなくて、質問で返そうとしたが、初対面でどこまで聞いていいのか分からず、語尾がフェードアウトしていった。そんな質問にも里央は笑顔で答えてくれた。
「私ですか?私は部活の朝練です」
頬を染め、少し恥ずかしがりながら言う里央に、再び顔に熱が集まるのが自分でもわかった。
自分よりも頭2つ分近く違う少女をちらりと見下ろしてみる。肩より少し下まで伸びた、ストレートの黒髪。目はぱっちりとしていて、顔立ちはとても可愛らしい。体も華奢で、あれほどの音を出す彼女の肺は見た目以上に鍛えられている…のだろうか。
「ところで佐藤くんは何部に入るの??」
「俺は…まだ、決めてない」
言ってから、自分で驚いていた。野球を続けるために、この高校に入ったのだ。だから、返事はただ一つだったはずなのに…
「そうなんですか?なら、吹奏楽部なんて、どうですかっ?とっても楽しいんですよ!あ、どうせなら、今日の放課後、見学に来ませんか??」
って、私はまだ仮入部の身でしたが…おどけて笑って付け足した彼女を前にして、蒼は1人胸が締めつけられる感じがした。
自分のやりたいことは、なんなのだろうか。彼女のトランペットの音は、とても真っ直ぐで、何故か目を背けたくなった自分もいた。
彼女の誘いにそうしようかな、と苦し紛れに笑いながら言った。戸惑う彼をよそに、里央は楽しそうにトランペットをケースにしまい始めるのだった。
彼が自分の本当の思いに気づくまで、後少し…