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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

言いたくて、言えなくて。

作者: 露爛

旧サイトに掲載していた作品を大幅に書き直した作品です。

知っている方は、違う作品と思ってお楽しみください。

「なんかさ。好きだって言われ続けてたら冷めちゃってさ」

俺が彼女と別れた理由を聞いたら、お前はそう言ってため息をついた。

まだ俺達が友人だった頃のお前のセリフが、お前に愛の言葉を言おうとする俺の気持を鈍らせる。

だから、俺はお前にまだ言ってはいない。

言うことができない。

愛してる・・・











「なぁ。本当は俺のこと好きじゃないんじゃないのか?」

恋人同士になって始めて二人で過ごす休日。

しばらくの間、お互いの部署で仕事が立て込んだせいで、二人の関係は名前が変わっただけでなんの進展もなかった。だから、仕事が片付いて二人が最初にしたことは、有給消化のための休暇申請だった。そして、晴れて二人っきりに時間を手に入れたのだが…。

本来ならば甘いムードが漂っていてもいい筈なのに、何故か切迫した状況になってしまっていた。

だが、それも仕方のないことなのかもしれない。元々長い付き合いの友人だった自分達の変化は、唐突ではあったが、まるで単なる口約束のように軽くあっけないものだった。

そんな二人なら、終わりだってあっけなくやってくるものなのかもしれない。

あの日のことを思い出すと、苦い思いでいっぱいになる。

何故、相手の言葉に頷いてしまったのか。あの時、あのタイミングで休憩にさえ入っていなければ…。例え、はち合わせていたとしても、気まぐれに立ち話なんてせずに、あまり時間もないからとすぐに立ち去っていればよかったのに…。

なんて、考え始めたらキリが無い。

後悔先に立たずとは、先人は実によく言ったものだ。

あの日、会社は一緒でも部署の異なる二人が偶然出会ったのは、お互い立て込んだ仕事の合間の短い休息で、とうに深夜を超えた時間帯だった。お互い疲れきっていて、思考だってうまく回っていなかったように思う。まあ、だからこそ成立した関係とも言えるのだが…。

軽く挨拶を交わし、最近忙しいなというなんの変哲もない世間話から始まり、恋をする暇もないなんて軽口を叩く。誰でも話しそうな内容だった。

そこで、「じゃあ、手軽に俺と恋しない?」なんて、何故相手も言い出したのか。

そして自分も、「ああ。そうするか」なんて、返事を返したのか。

頭が働いていなかったと思うしかないだろう。

そんな世間話的な手軽さで名前の変わってしまった関係だが、相手の誤算は俺の方の気持ちが、全然お手軽なものじゃなかったということだろう。

元親友現恋人の英司は、自分で言った言葉通り、お手軽な感じで、軽く何度も俺に愛の言葉をささやいてくる。それこそどこの大安売りだなんて思ってしまうほどに。

しかし、俺の方は過去のやつの言葉に囚われたままで、一度もその言葉を口にすることができないでいた。

だって、怖いのだ。嫌われるよりも、関心のない虚無のまなざしで見つめられることの方が、何倍も恐ろしい。

子供の頃からずっと好きだった。どうしようもなく惹かれ続けた。

長い間、親友という名の無二の存在として、安心と信頼を宿した瞳で見つめられてきた。

激しく熱いものではなくても、温かなそれで満足していた。いや、満足しようとしていた。

それなのに、もっと熱量の高いまなざしで見つめられてしまった。それを至福の喜びだと知ってしまった。

だからこそ、それを失った時の絶望感を思うと口が重くなる。

少しでもいつか来る終焉を先延ばしにしようと、滑稽なほど足掻いているのだ。

長い間ぬるま湯のような関係に満足していた臆病な自分には、どうせ終わりが来るのだからと、今このひと時を恋にどっぷり浸かってしまおうなどという刹那主義には成りきれない。

今だって、とうとう来てしまった恐れていた事態を、どうやったら回避できるのかと、諦めを感じながらも必死に思考を巡らせているのだ。

恐慌状態に陥りそうな自身を落ち着かせるため、ひとつ大きく息を吐き出してから、少しでも気を抜けば震えそうになる声をなんとか抑えながら、相手を見た。

「…なんで?」

「なんでじゃないだろ?俺が何度好きだって言っても、お前は一度も俺に返してくれないじゃないか」

吐き捨てるように言われたその言葉に心がえぐられる。

昔のお前の言葉が足枷になっているというのに、酷なことを言う。

俺だって言えるものなら何度だって言いたいよ。

本当は今にも気持が溢れ出てしまいそうで怖い。泣いてすがって愛していると叫びたいんだ。

でも、そんなことをしたら、お前はきっと俺に虚無のまなざしを向けて去っていくのだろう?

そんなことになるくらいならと、苦しくてもずっと言葉を胸の奥にしまい込んでしまった方がよほどいいと思ってしまった俺が悪いのか?

「同情で付き合ってくれているなら俺が惨めだ。・・・別れようか?」

英司は真顔で俺を見つめてきた。

なぜ?

どうして?

お前は結局好きと言っても言わなくても俺から離れていくのか?

やっぱり俺がお前を好きになるなんて許されないことだったのか?

「・・・でも、別れる前に・・・一度でいい。お前を抱きたい」

頭の中が真っ白になってしまった俺は自分がどう返事をしたのか分からなかったが、英司が俺をきつくかき抱いたことでなにかしら返事をしたのだと悟った。

胸が苦しい。年甲斐もなく泣いてしまいそうだ。

「泣かないでくれよ。美咲」

ああ。なんだ。もう泣いてたのか。

英司が苦しげに顔を歪め俺を見つめている。

みっともない姿を見られたくなくて、ほんの少しだけ顔をそむける。

しかし、そんな俺の行動をとがめるかのように、そっと顔を挟み込んだ両手で、やんわりと顔を向かい合わされる。

羽のような柔らかさで、唇が目元や頬に触れてきた。

いつの間にか長い腕はまた自分の背に回り、逃がさないとでも言うかのようにきつく抱きしめられる。

抱き締める腕も涙を拭ってくれる唇もとても暖かいのに、これが最初で最後だと思うと俺の心は氷つき、ばらばらに砕け散りそうなほど痛みを感じていた。

「美咲。好きだ。愛してる」

英司がそう囁きながら俺の服を剥ぎ取っていく。

俺も好き。

俺を好きでいて。

俺を捨てないで。

愛してる。ずっとずっと愛してたんだ。

俺はけして言えない言葉達を熱い吐息と涙と英司を抱き締める腕の強さに変える。

もう戻れないのならば、どうか今だけでいい。俺を好きでいて・・・











何度達したかわからない果ての後。

波間を漂うようなふわふわとした思考の中で、居るはずのない英司が俺を抱きしめたままでいることに気づく。


だから、思った。

ああ。夢か。と。


現実は残酷で、英司はもういない。

俺が恐れていた表情で、この部屋を去っているはずだ。

だって、あいつは恋に冷淡だ。

誰よりも長くずっと見つめ続けてきたんだ。そんなことは俺が一番知っている。


夢なら一度くらいは言ってもいいだろう?

みっともなく縋っても、力強く抱きしめてくれるだろう?

だって、全ては単なる夢で、俺の願望なんだから。


好き。愛してる。

だから、離れていかないで…


混濁する意識の中、英司が俺を抱く幸せな夢を見た。












「え…じ……?」

俺が目覚めたときにはすでに英司はいなくなっていた。

明るい日差しの入る部屋は、見なれた自分の寝室だが、なんだかとてもがらんどうに感じた。

昨夜はあんなに乱れた筈なのにベッドも俺自身も綺麗になっている。

もう、英司の名残は何もない。

「………ははっ」

ぽつりと乾いた笑いが漏れる。

気がついたら笑いながら泣いていた。

何度も。何度でも。もう、けして帰ってこない愛しい名前を呼ぶ。

「どうしたんだ、美咲?」

「え…ぃじ?」

突然英司の声がして、俺は呆けた顔をして英司を見た。

「なんて顔してんだよ。俺の大好きな可愛い顔が台無しだぞ」

英司は俺の大好きな笑顔で俺に笑いかけ、俺を抱き上げ自分の膝の上に座らせた。

普通だったら憤死しそうな程甘ったるくて恥ずかしい恰好だったが、混乱の極みにいた俺には、それを理解する余裕はなかった。

茫然としたまま、どことなく嬉しそうな英司を見つめる。

「なんで英司がまだここにいるんだ?」

「なんだよ。俺がいちゃ駄目なのか?」

情けない拗ねた表情で俺を見つめてくる。

「駄目じゃない。嫌だ。どこにも行かないでくれよ。ずっと俺の側にいてくれ…」

失ったと思ったものが何故か戻ってきて、俺の箍は外れた。

先のことなんて、どうでもいい。今までどうやって耐えていたのか思い出せないくらい、心が英司を求めていた。

「うん。もう、美咲が嫌だって言っても別れてやれないよ」

「…本当か?」

「ああ。昨日あんなに熱烈なラブコールを受けたのに別れられる訳無いだろ?」

英司が幸せそうに笑って言う。

…え?らぶこーる???

「なんだ。それ?」

「あれ?なんだよ。覚えてないのか?」

そんなの言った覚えはない。

だって、昨日は口に出して言えない想いを堪えるのに必死だったから…

「知りたい?」

英司が何か悪巧みを考えついた時と同じ顔をして俺を見た。

何を考えているんだ?

「ま、まあ…」

英司が何を考えているのかはわからないが、俺は自分が何を言ったのかが気になった。

「OK.じゃ、遠慮無く・・・」

伺うように英司を見つめていた俺は、不意を突かれ、突然英司にキスされた。

「んんっ!!な、何!?なんで!?」

「ただ口で言うより同じシチュエーションで教えた方がいいかと思って」

英司はしれっと言ってのける。

冗談じゃない!!

愛してるし、ずっと側にいたいとは思っているけれど、朝っぱらから付き合ってやるほど、俺は従順じゃない。仕事がひと段落ついた後、英司が俺にまで連休を取らせたのは、はじめからこうするつもりっだったに違いないと、今更ながら気付かされた。

その思惑に気付かず、素直に休みを取ってしまった自分が恨めしい。

「嫌だ!!もう、無理だってば!!!」

「そんなこと言うなよ。愛してるぜ。美咲」

英司が熱い吐息と共に俺の耳へと囁きかける。

「ん…」

俺がびくりと肩を震わせ鼻にかかった甘い声を出すと、英司が満足そうに笑った。

悔しい。でも、拒めない。

「俺が動けなくなったら、ちゃんとお前が世話しろよ」

俺が苦し紛れに言うと、

「了解。よろこんで」

英司は喜々として俺を押し倒した。

…ん?もしかしなくても俺は墓穴を掘ったのか?


俺は多少の後悔の念を抱きながら、この甘美な受難を享受した。



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