おバカ王太子、ふと我に返る
とある王国の王宮の、とある広間。
シャンデリアが煌めく天井と、ピカピカに磨かれた大理石の床の間で、よくある断罪劇が行われようとしていた。
広間の入り口から、奥へと真っすぐに伸びた、長いレッドカーペットの先。
王族しか上がれない壇上の、その真ん中の椅子に座っているのは、国王……ではなくこの国の若き王太子だった。
なぜなら今日は、王太子プレゼンツ & プロデュースのとあるイベント。
未婚かつ若い貴族の子女にのみ参加を許された、出会い目的の夜会であるためだ。
大げさなラッパの合図で夜会が始まってすぐ、王太子は金ぴかの派手な椅子から勢いよく立ち上がり、マントをバサリと翻した。
えっ、何事?? と客が注目する中、許可もなく壇上に上がり、王太子の元にとてとてと近寄るピンク髪の令嬢。王太子の腕を取り、たわわな胸をぐっと押し付け、うるうると上目遣いで何かを訴えている。
若い客たちの視線と、腕に食い込む柔らかな温もりに、王太子は興奮する。
やっとこの時が来た!! と。だが──
『エンドラ · クレイヴン公爵令嬢! 本日、この時を以て、私はお前を婚約破棄する!』
用意していたその言葉を口にしようとして、王太子はふと、我に返った。
なぜ自分は、十数年連れ添った婚約者と、婚約破棄しなければならないのか。
そしてなぜ、こんな公の場で、軽々しく婚約破棄を宣言しようとしているのかと。
口を開きかけたまま固まる王太子の前には、これから起こるはずだった何かを待ち構えるようにして、婚約者のエンドラ嬢が立っている。
同じく客の中には、今か今かと赤い目をギラギラさせる、無駄に長身で顔が整った男がいる。どこかで見た顔だが誰かは思い出せず、王太子は混乱するばかりだった。
なんとなくわかるのは、今、婚約破棄を宣言してはならないということ。また、ここにいる誰も信用してはならないということだ。
たった一人を除いて──
王太子は胸をぐいぐいと押し付けるピンク髪令嬢を振り払うと、客へ向かいこう言った。
「体調が優れないので、私はこれで失礼する。申し訳ないが、後は皆で楽しんでくれ」
心配そうな顔をするどころかチッと舌打ちをしたエンドラ嬢と、さりげなく親指を下に向けた長身男を、王太子は見逃さない。
本当に気分が悪くなり、王太子はふらふらと袖に捌けた。
「王太子殿下、ご気分はいかがですか?」
自室のソファで横になる王太子へ、扇子を手にした侍従が淡々と問う。強すぎず、かつ弱すぎない見事な風を、青白い主の顔に送り続けながら。
王太子が四歳の時から、傍に仕えているこの侍従。王太子にとっては、まるで空気のように必要不可欠な存在であり、唯一信用できる人間だ。
王太子は、侍従の問いに素直に答える。
「……最悪だ。身体というより、頭が」
「医師を呼びましょうか?」
「いや、いい。診察を受けたところで、どうにもならない気がする」
王太子はむくりと上半身を起こすと、侍従に尋ねた。
「そなたは、私が今日夜会で何をしようとしていたか知っているか?」
「……婚約破棄……ですよね? 口うるさくて可愛げのないエンドラ嬢ではなく、無邪気で愛らしいボニー · モートン男爵令嬢と真実の愛を貫くのだ! と、朝から意気込んでいらっしゃいましたから」
「……やはりそうだよな。なあ、なぜ私はそんなことをしようとしたと思う?」
バカだからだろう? と言いたいのをぐっと堪え、侍従は当たり障りのない答えを口にする。
「さあ。貴い殿下のお心など、私には計り知れません」
「そうだよな。私自身も自分のことがよくわからないのだから」
バカを通り越して、いよいよ頭がおかしくなったのかと侍従は心配になる。
つい数時間前までは、バカ、軽薄、いやらしさの塊でしかなかった王太子は、久しぶりに王族らしい凛としたオーラをまといこう言った。
「エンドラは素晴らしい令嬢だ。何事にも不器用な自分を支えてくれたし、美しく聡明だ。彼女以上に王太子妃に相応しい女性はいないと思う」
「……そうですね」
「では、私はなぜ、そんなエンドラ嬢を婚約破棄しようとしていたのだろう。しかも公衆の面前で。そんなことをすれば彼女を傷付けるし、政界を牛耳っているクレイヴン公爵家を、完全に敵に回すことになるのに。あのまま婚約を破棄していたら、最悪私は、王位継承権を剥奪されていたのではないか?」
「そうでしょうね。私はそう言って何度もお止めしましたが、殿下がどうしてもと仰るので諦めました。それほどボニー嬢がお好きなんだなと思いまして」
「ボニー嬢……。そうだ、私はなぜボニー嬢に、そこまで入れ込んでいたのだろう」
巨乳だからだろう? という言葉を侍従が呑み込んだ時、部屋の外が何やら騒がしくなった。
「失礼いたします。王太子殿下、ボニー・モートン男爵令嬢が殿下にお目通りをと……」
王太子が入室を許可する前に、扉がバンと開く。
例のボニー嬢が闘牛のような勢いで室内に駆け込み、ソファに座っている王太子にガバッと抱きついた。またもぐいぐいと胸を押し付け、うるうると王太子を見上げる。
「殿下ぁ……なぜ婚約破棄を宣言してくださらなかったのですか? ボニーのために、真実の愛を貫いてくださるんじゃなかったのぉ?」
体調が優れないと言って下がった自分に対し、開口一番がそれかと王太子は呆れる。
気遣いもない、入室のマナーもなっていない、巨大な脂肪を胸にぶら下げただけのこの女のどこが好きだったのだろうと、王太子は冷静に考えていた。
「モートン男爵令嬢。殿下が入室を許可する前に、御部屋に入ることはお止めください」
王太子の代わりに侍従がそう咎めると、ボニー嬢はぷくっと頬を膨らませ侍従を睨む。桃色の唇をぷるんと尖らせ、甲高い声で不満を口にした。
「私は特別だからいいのっ! この御部屋のベッドで、何度も寝たことがあるんだし。ねぇ? 殿下」
確かに寝たなと考え、王太子は寒気がする。
この部屋でボニー嬢とお茶を飲んでいると、なぜかいつも身体が怠くなり、気付けば二人でベッドに横になっているのだ。……全裸で。
記憶は全くないが、あの状況で彼女に手を出していないわけがないと思っていた。よく考えればおかしなことだらけなのだが、少しも疑問に思わず、むしろ彼女と結ばれたと信じ幸せを感じていたのだ。
意味ありげな視線を寝室に向け、さらにぐぐっと胸を押し付けてくるボニー嬢に、王太子は吐き気を催す。思わず汚物を払うような手付きで、ボニー嬢を乱暴に突き飛ばしてしまった。
王太子の膝に勝手に座っていたボニー嬢は、「きゃっ」と言いながら床に尻もちをつく。一瞬、目をキッと吊り上げたものの、すぐにうるうると涙を浮かべ、「いたぁい……殿下、ひどいですぅ」と泣き出した。
ほんの数時間前なら、間違いなく彼女の涙に胸を痛めた王太子だが、今では逆に嫌悪感しか湧かない。
「もうここには来ないでくれ」
王太子はさらなる混乱の中で、何とかそれだけを口にした。
ボニー嬢が部屋を出ていった後、再び真っ青な顔でソファに横たわる王太子を見て、侍従はいよいよ心配になる。
心だけではなく、お身体も病んでしまったのではないかと。
幼い頃から身体が弱かった主。勉学も剣術も習得するまでに時間がかかったが、決して体調を理由にはせず、何事も懸命に取り組んできた。
誰にでも優しく思いやり深い性質は、未来の王に相応しく、侍従はそんな主を尊敬していた。主を見下し、それを隠そうともしなくなってきた婚約者のエンドラ嬢を、内心苦々しく思っていたほどだ。
……一年ほど前、ボニー嬢が現れ、主が突然おバカになってしまうまでは。
たとえ王位継承権を剥奪されたとしても、主と運命をともにしようと侍従は決めていた。
おバカだろうが何だろうが、長年付き従った大切な方。いつかは目が覚めて、元に戻ってくれるだろうと信じていたのだ。
医師を呼ぶために立ち上がろうとした侍従の手首を、王太子が掴む。
何だろうと顔を覗き込む侍従に対し、王太子は血色の悪い唇を開いた。
「誕生日おめでとう、レイ。忘れていてすまない」
「いえ……ありがとうございます」
七歳で王宮に入り、侍従見習いとして仕えてから、主は毎年欠かさず侍従の誕生日を祝った。この日だけは二人で同じテーブルに着き、侍従の好きなご馳走やケーキを一緒に食べた。
けれど今日の主は、朝から婚約破棄のことで頭がいっぱいだし、思い出してはもらえないだろうと、侍従は諦めていたのだ。
「あんな夜会よりも、レイを祝う方がずっと大切だったのに。本当に私はどうしてしまったんだろうな。誰かに呪いでもかけられていたのだろうか」
その言葉に、侍従はハッとする。
「あり得ないよな」と苦笑する王太子に対し、なぜもっと早くそこに思い至らなかったのかと後悔していた。
「──呪いですね。お心に作用する類いの、かなり強力なものです」
呪いの専門医の言葉に、王太子と侍従は背筋が凍りつく。
「長期間お心を蝕まれていたことで、本来のお心が限界を迎え、一時的に我に返ったのだと思われます。お身体の不調も、お心によるものかと」
「一時的に? では、またバカに戻ってしまうということか!?」
「はい。呪いを解かない限りは。ですので、殿下を呪っている犯人を、早急に突き止め処分する必要がこざいます」
ベッドに横たわったまま、王太子は悲痛な表情を浮かべる。そんな主に向かい、侍従は床に跪き、深く頭を下げた。
「申し訳ございません。ずっとお傍にいながら殿下の異変に気付けず、我が主はおバカになってしまわれたのだと、ただ嘆いておりました。冷静に考えれば、殿下のような思慮深い方が、あのように突然おかしくなることなどあり得ませんのに」
王太子はベッドからゆっくりと起き上がり、よろめきながらも侍従の元へ向かう。自分も床に膝を突くと、震える侍従の背に手を置き、優しく話しかけた。
「レイ。どうか頭を上げてくれ。悪いのは、誰かに呪われるような隙を与えた私なのだから。だが……そう言われれば確かに妙だな。そなたほど優秀な侍従が、私の異変に気付かないなんて」
すると医師は、遠慮がちに口を開いた。
「……大変申し上げにくいのですが、おそらく侍従様も呪いをかけられていたと思われます。殿下のバカと連動して、近しい方も同じようにバカになる呪いを」
医師の発言に、侍従はさらにショックを受ける。
正常な臣下だと思い込んでいた自分の方が、主よりも遥かにバカだったのだと。
あああと両手で顔を覆う侍従の背を、王太子は労るように撫でる。
「大丈夫。私も、バカで軽薄でいやらしい自分を正常だと思っていたから。そういう呪いなんだよ」
背中から伝わる温もりに、侍従の胸は悲しみを通り越して怒りに震える。尊敬していた主にこんなことを言わせる犯人を、絶対に赦せなかった。
「殿下はバカではありません。軽薄でもいやらしくもありません。その証拠に、呪われていても、媚薬まがいの薬をお茶に盛られても、ボニー嬢には一切手を出さなかったではないですか」
「手を……出さなかったのか? 全裸だったのに?」
「はい。ベッドには何の痕跡もありませんでしたから」
そんなところまでチェックされていたのかと、王太子が顔を赤くする一方で、侍従は沈痛な面持ちで天を仰ぐ。
「ああ~!! 私としたことが、なぜ毒味もせず、殿下とあの女を二人きりになどしたのでしょう! なぜ何もしていないのに、巨乳好きのいやらしい王太子だなんて思ってしまったのでしょう! 本当に私はバカすぎる!」
二人は医師の存在も忘れ、一通り悶えた後でふと我に返った。
「とにかく、国王陛下にご報告し、すぐに殿下を呪った犯人を探し出しましょう」
「ああ、そうだな。もう二度とバカには戻りたくない」
国王の命で、呪いの専門家と神官らが王宮に集められてから一週間後。
王太子を呪った犯人は呆気なく捕まった。
犯人は、婚約破棄しかけたあの夜会で、赤い目をギラギラさせていた男──王太子の腹違いの兄、デミオンだった。
デミオンは、悪魔を信仰していた下女が、国王を魅了の呪いで誑かし生んだ王子である。
その後、国王を呪ったことが発覚し、下女は死罪に。生まれた王子も悪魔の子とされ、処刑するべきだと議論されたが、まだ赤子だった王子は、国王の温情で遠縁の貴族へ預けられることになった。
だが、それは間違いだった。
デミオンは母親と同じく、幼い頃から自然と悪魔と心を通わせ、信仰するようになる。やがて悪魔を通して出生の秘密を知り、母親を処刑した国王と、王太子に激しい恨みを抱くようになった。
いつか、アイツらから王座を奪ってやるのだと──
たった一度だけ、王太子が視察に訪れた先で、兄弟は偶然出会ったことがある。その時、遠くから向けられていた兄デミオンの鋭い赤目が、王太子の記憶の片隅に残っていたのだ。
王太子の身体が弱かったのも、デミオンが呪っていたせいだった。王太子が成長し、強い精神力で身体の不調を乗り越えると、今度は身体ではなく心を蝕もうとした。
そう、人を『バカ』にする、あの強力な呪いだ。
恐ろしいことに、侍従だけではなく国王も王妃もバカの呪いにかかっており、息子が急にただのバカになったと信じて疑わなかったという。
そして、犯人はあと二人いた。
王太子の完璧な婚約者エンドラ嬢と、王太子と愛し合っていたはずのボニー嬢である。
エンドラ嬢は、王太子のことを、身体も頭も気も弱い平凡な男と見下し嫌っていた。
常に先を読むエンドラ嬢にとっては、王太子の会話は非常に退屈で、最近では露骨にため息をついたり、「もう結構ですわ」と会話の途中で遮ることもあった。性格も全く合わず、王太子のくせに下男や下女にまで声をかけたり、怪我をした汚い野良猫の手当てまでする彼をみっともないと思っていた。
夫にするなら、自分よりも有能な男でなければつまらないし、妃として隣に立つなら、威厳がある王の方がいい。どうにか婚約を解消できないかと画策していた彼女を、誘惑したのがあのデミオンだった。
デミオンの狙い通り、エンドラ嬢は美しく貪欲な彼に惹かれ、たちまち恋に落ちた。二人で王太子の王位継承権を剥奪しようと企み、同じく悪魔を信仰しているボニー嬢を駒にし、王太子を呪いでおバカに仕立て上げたのだった。
ところが、あと一歩というところで、王太子が我に返ってしまった。
公衆の面前で平然と浮気を公表し、正当な理由もなく、健気な婚約者に向かい婚約破棄を宣言する。王位継承権を剥奪しても誰にも文句を言われないバカっぷりを王太子が披露したところで、もう一人の王子デミオンが華麗に登場し、エンドラ嬢を庇いつつ有能ぶりを知らしめる算段だったのに。
すぐにボニー嬢を王太子の部屋に向かわせ様子を探らせたが、やはり呪いが解けている可能性が高いという。ならばボニー嬢の生き血を使い、もっと強力な呪いを……と密かに儀式の準備を進めていたところで、三人は兵に捕らえられてしまった。
今度ばかりは、国王も情け容赦なく処分を下した。
悪魔の子デミオンは、母親と同じく死罪。
王太子の婚約者エンドラ・クレイヴン公爵令嬢は、奴隷の身に落とされた上、辺境の神殿に生涯幽閉。実家の公爵家も全財産を没収され、爵位を剥奪された。
そして王太子を唆し薬を盛ったボニー・モートン男爵令嬢も、別の神殿に拘束され、苦痛の中で悪魔との関わりを完全に絶たれた。
自分に腹違いの兄がいたこと。
その兄が、自分を憎み呪っていたこと。
また、婚約者までもが自分を王太子の座から引きずり下ろそうとしていたことに、王太子はショックを受けた。
呪いが解けてもしばらく心身は回復しなかったが、侍従の手厚いケアにより、少しずつ笑顔を取り戻し、政務にも復帰できるようになった。
落ち着きを取り戻した王宮の一室で、王太子と侍従は、遅い誕生日会を開いていた。
テーブルには侍従の好物がずらりと並び、中心には王太子自ら摘んだ、新鮮な青いデルフィニウムが咲いている。
「二十一歳おめでとう。レイチェル」
「ありがとうございます。王太子殿下」
「こうして私が無事に王太子でいられるのは、レイチェルのおかげだ。バカだった時も、見捨てず傍にいてくれてありがとう」
「いいえ、私こそおバカでしたから。こちらこそ、私を見捨てず、お傍に置いてくださりありがとうございます。ところで……そのようにレイチェルレイチェルと呼ばれますと、何だか少し恥ずかしいのですが」
「いいじゃないか。せっかく綺麗な名前なのだから、誕生日くらい」
「しかし……おかしな気持ちになってしまうのです。つい侍従だと言うことを忘れて、ただの幼なじみの少女に戻ったような」
王太子は料理を取り分けた皿を侍従へ渡しつつ、「なんだ。そんなことか」と笑う。
ワインふうの葡萄ジュースを一口飲むと、悪戯っぽい顔で、侍従の青い目を見つめた。
「では、これからはレイチェル嬢と呼んでみようかな。幼なじみでも主従関係でもない、新たな響きではないか?」
「それはいけません! 私はあくまでも臣下で、こうして同じテーブルに着くことも、本来は許されない仲ですから」
「じゃあ、僕が君よりも背が高くなったら、そう呼んでもいい? 呪いが完全に消えたからか、最近急に背が伸びて、筋肉も付いてきたんだ」
懐かしい『僕』呼びとは逆に、この数カ月で急に少年っぽさが抜けてきた主に、侍従は頬を赤らめる。
「それでもいけません」と消え入りそうな声で答えるが、王太子は諦めなかった。
「じゃあ、来月僕が十八歳になったら? 君と同じ成人になったら、そうしたら君をレイチェル嬢と呼んでもいい?」
その問いに含まれる熱を感じ取り、侍従は戸惑う。
「……仕方のない王子様。そんなに聞き分けがないと、お父上に言いつけて叱っていただきますよ?」
つい幼子に対するような口調で咎めてしまったが、王太子は余裕の笑みで答えた。
「大丈夫だよ。父上は、好きな女性と結婚して幸せになれと仰っているんだから。だから、僕は君に返事をもらえるまで、全力でがんばるだけだ」
いつの間にか逞しくなっていた手が、侍従の華奢な手をすっぽりと包み込む。愛を乞う王太子の熱い眼差しに、彼女は息を呑んだ。
「……よく考えてお返事いたします。このような質問は、侍従になって以来初めてなので」
「そうだよな。いきなり困らせてごめん。……あーあ、やっぱり僕は、まだバカの呪いにかかっているのだろうか」
「私もまだバカなのかもしれません。子どもみたいにはしゃぎたいのに、大人ぶって焦らしてみたくもなるし、その狭間できゅうっと胸が切なくなるのです」
二人はしばらく見つめ合い、ヘラヘラとおバカな笑みを浮かべる。
王太子はケーキの上の苺を、侍従はシュガークラフトの花を、手でお行儀悪くつまみ食いすると、クリームだらけの口元をふにゃりと綻ばせた。
ありがとうございました。




