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第一話 私、筆まめになります(1)

 魔術学院、魔術薬学科を出てから早三年。

 薬師機関で身を粉にして働き、お金を貯めて。

 私はついに、診療所を開設しました! ――かなり小さいけど。

 でも、独立には違いありません。

 やりました、故郷にいるお父さんお母さん! ――しばらく会ってないけど。

 私は大衆のための薬師になるんです。

 夢が、ようやく叶うのです。


   ◆・◆・◆


 夢は、叶わないから夢という。

 そう言ったのは、いったい誰だったのでしょう。リノアはがらんとした人気のない空間に、なにをするでもなく座っていました。目に飛び込むのは使い古した仕事道具と、ちょっと古ぼけた家の内壁ばかりです。

 リノアが診療所を開いてから数十日ほど過ぎましたが、悲しいことに、すでに彼女はくじけそうになっていました。

「誰も来ないじゃない……」

 ぽつりと口にした言葉は、虚しいほど部屋の中に溶けていきます。

 リノアがふと窓の外を眺めると、晴れた空の下、農耕にいそしむ村人たちの姿が遠くに見えて、ちょっとだけ悲しくなりました。お互いに笑顔をかけあって、とても楽しそうに働いています。その姿を見る度に、どうやらリノアだけが村人からあまり好かれていないらしい、ということを実感させられました。穏やかで親しみやすい村だと聞いていた分、それはショックなことでした。

 では、どうしてリノアはこの場所を選んでしまったのでしょうか。それは以前、まだ彼女が薬師機関に所属していたときに一度だけここに派遣されたことによりました。思えば、あの時はよそ者だからこそ歓迎されていたのでしょう。少し経験を積んだ者なら分かりそうなことでした。ですが、そんなことは分からない新人のリノアは、その時に「診療所を構えるならここだ!」と、思ったのでした。

 現実を知ることになったのは、薬師機関での籍も抜いて、お金だって借りてしまって、もう後には戻れなくなった今でした。

「……やっぱり、独立するには早かったのかしら」

 その問いかけに答える人はどこにも居ません。

 リノアとしては、てっきりここで待っていたら人がそのうち来るだろう、と思っていたのですが、どうもそのような運びにはいかなさそうでした。このままだと、リノアは診療所をたたんで実家に帰らざるを得ないでしょう。そんなことは御免でした。

「うーん……、どうにかしなくちゃいけないわね」

 このところめっぽう増えた独り言を口にしながら、リノアはふらりと診療所の表へと出ていきました。

 木の扉を抜けたすぐそこには、王都に居たころにリノアが衝動買いしてしまった鉢植えが並べてありました。でも、クロッカスの色とりどりの花弁も、いまは彼女の心を慰めるには足りません。それどころか、この温かすぎる日差しのせいで、少ししおれてしまっていたのです。それを見た途端、今朝がたに水をやり損ねたこそに気づき、リノアはうっかり者の自分を怒りたくなりました。こんなうっかり者が、診療所なんて経営できるはずがないじゃない、とリノアはやけくそになってしまいそうでした。



「村に来て、初めてつかう魔術がこんなのって!」

 草花を新鮮な状態に戻す魔術を使いながら、リノアは見えない相手に腹を立てていました。ここで最初に使う魔術は治癒術だと決めていたのに、その役がまわってくることは当分先か、もしくは永遠になさそうだと思えてきからです。一度そう思いだすと、止まりませんでした。どうして薬師機関を辞めてしまったんだろう、あの場所はあの場所で、居心地のいい場所だったのに。

「ああもう、いらいらするわ……!」

「――リノアちゃん!」

「えっ」

 魔術の使いすぎで、とうとう鉢植えに正体不明の植物が生えてきたころ、リノアはふと誰かに声をかけられました。いったい誰でしょうか。誰かが彼女の名前を呼ぶのは実に久しぶりのことで、少しだけ妙な気分でした。

 そして戸惑いがちに振り返ると、そこにはよく見知った姿があってリノアは驚きました。

「カミラさん!」

 どこか愛らしい赤毛と灰色の瞳、そして恰幅のいいその姿。カミラのおかみさん、という名で親しまれている彼女は、王都で宿屋を営んでいる女性でした。彼女の笑顔にリノアはいつも元気づけられていたのです。しかし、今の彼女はそれとはかけ離れた表情をしており、どこか剣呑な空気をはらんでいます。

「お久しぶりです……ええと、どうしてここに?」と、リノアは目を丸くしながら訊ねました。ここが王都ではないことは言うまでもなく明らかでした。

「ちょっと仕入れで……じゃなくって、まったく、『お久しぶり』じゃないよ!」

 カミラさんは声をあげてリノアに詰め寄りました。その気迫に、ちょっとだけ腰が引けてしまいます。

「あんた、診療所を開いたんだって? ここがそうなのかい?」

 じろり、と鋭い眼差しで診療所を見あげる彼女に、リノアは身をすくめました。

「は、はい……お陰さまで。ちょっと小さいですけど」

 こんな顔の彼女を見たのは、宿屋の下にある飲食店で男たちが喧嘩を始めたときぐらいのことでした。カミラさんがどんと叱りつけると、驚くほど場が収まったものです。それだけ恐いということなのですから、今まさに直接向き合っているリノアが彼女に逆らえるはずもありません。

 どしどしと地響きがしそうな足取りで、カミラさんは診療所のほうへと歩き出しました。

「あっ、ちょ、カミラさん! 中は駄目ですっ」

 止めるのも聞かず、彼女は勢いよく扉を開きました。

 出しっぱなしのお弁当、開いたままの雑誌たち、それに白紙のままの診療帳簿。おまけにがらんとした薄暗い室内は、おそらく彼女にリノアがどういう状況にあるかを分からせてしまったでしょう。でも、カミラさんはなにも言いませんでした。それが逆に、リノアを落ちこませることになりましたが、うまい言い訳も思いつきませんでした。

下書きのまま眠っていたのを発見したので、せっかくだと思い投稿してみました。

めざせほのぼの系!

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