Re:Memories
卒業証書の入った筒は、思っていたよりもずっと重かった。
この筒の中には、僕の三年間が詰まっている。けれど、その三年間を一緒に完結させるはずだった相手は、もうどこにもいない。
三月九日。夕暮れの教室。
校門の方からは、まだ名残惜しそうに写真を撮り合う同級生たちの声が微かに聞こえてくる。
「……やっと、二人きりだね」
僕は窓際の、後ろから二番目の席に座り、ポケットからスマートフォンを取り出した。
画面の保護フィルムは端が剥がれ、あちこちに細かい傷がついている。それを指先でなぞり、慣れ親しんだアイコンをタップした。
『Re:Memories』
起動画面に、淡い光が灯る。
数秒のロード時間の後、スピーカーからノイズ混じりの声が響いた。
『卒業、おめでとう。悠真』
画面の中に、彼女がいた。
一ノ瀬凛。僕の恋人で、半年前、この世界からログアウトした少女。
画面の中の彼女は、僕が知っている制服を着て、僕が知っている角度で小首をかしげ、デジタルな瞳で僕を見つめている。
「……ああ。おめでとう、凛」
『ねえ、泣きそうな顔してるよ? せっかくの記念日なんだから、もっとシャキっとしてよ』
AIの凛は、いたずらっぽく笑う。
このアプリは、彼女が生前、自分の日記データやボイスログを学習させて作ったものだ。入院中、「暇つぶしだよ」と言って彼女は笑っていたけれど、本当は自分が死んだ後の僕のために遺してくれたのだと、今ならわかる。
「凛。……今日、約束を守りに来たよ」
『約束?』
AIは、少しだけロードを挟んで問い返した。過去のデータにない質問をすると、彼女はいつも少しだけ「考える」ような間を置く。それが、僕をどうしようもなく切なくさせた。
「卒業式の日に、このアプリを消すっていう約束だ」
画面の中の彼女が、瞬きをした。
半年前のあの日。病室で、彼女は僕の小指に自分の小指を絡めて言ったのだ。
『私が死んでも、ずっとこれを持ってちゃダメだよ。卒業式の日に、全部消して。あなたは、ちゃんと「次」に行かなきゃいけないんだから』
僕はその時、生きて帰ってくる彼女との冗談のつもりで「わかった」と答えた。
でも、現実は冗談にはなってくれなかった。
『……そっか。ついに、その日が来たんだね』
AIの凛は、少しも悲しそうな顔をせずに、プログラムされた通りの完璧な微笑みを浮かべた。
その「完璧すぎる笑顔」が、僕の胸をナイフのように突き刺す。
「……消したくない。本当は、一秒だって離れたくないんだ」
本音が漏れる。
画面の中の彼女は、0と1の数字でできている。それでも、僕にとってはこれが唯一の「凛」だった。
『ダメだよ、悠真。約束は守るもの、でしょ?』
彼女の声は、どこまでも優しく、そして、機械的に冷たかった。




