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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「狸札」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2025/11/21


落語声劇「狸札(たぬさつ)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約20分


必要演者数:最低2名~3名

      (0:0:2)

      (2:0:0)【性別準拠人数比率】

      (1:1:0)

      (0:2:0)

      (0:0:3)

      (3:0:0)【性別準拠人数比率】

      (2:1:0)

      (1:2:0)

      (0:3:0)



※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


八五郎(はちごろう):親方(おやかた)とか言われてるから、大工(だいく)とかそこら辺なのであろうか。

    狸(たぬき)からは義侠心(ぎきょうしん)に富(と)んでいると言われている。


狸(たぬき):八五郎(はちごろう)に助けられた子狸(こだぬき)。

  化けるのを忘れるとかうっかりにもほどがある。


呉服屋:越後(えちご)(今の新潟県)から来た呉服屋。


子供:狸(たぬき)をいじめてた子供。




●配役例


【2人】

八五郎:

狸・呉服屋・子供:


【3人】

八五郎:

狸:

呉服屋・子供:




※枕は誰かが適宜(てきぎ)兼(か)ねてください。



枕:狐七化(きつねななば)け、狸(たぬき)は八化(やば)けなんという事を申します。

  狸(たぬき)の方が狐(きつね)より一つ多く化けたりできるそうなんですが、どうも狸(たぬき)の

  化け方というのはそそっかしいもので、最後まで化け通せたという事

  がない、大概(たいがい)どこかで失敗してしまいます。

  そんなとこも愛嬌(あいきょう)があるんでございますが。


八五郎:おぉいおい、いけねえな。

    そういう事をしちゃダメだろ。

    子供ってものはな、犬と仲良しのもんだ。犬をいじめちゃいけね

    え。ほら、石なんかぶつけんじゃないよ。


子供:おじさん、これ犬じゃないよ。狸(たぬき)だよ。


八五郎:狸(たぬき)ぃ?あぁなるほど、どうも様子(ようす)がおかしいと思ったんだ。

    いやにムクムクしてやがって、口がとんがってら。

    子狸(こだぬき)のようだな。


子供:そうなんだ。おいら達がメンコしてたら、いきなりとことこ入って

   来たもんだから、とっ捕(つか)まえたんだ。

   これぶち殺しちゃってね、皮剥(かわは)いでね、狸汁(たぬきじる)にして食っちゃうんだ

   。


八五郎:おいおい、狸汁(たぬきじる)なんてかわいそうなこと言うんじゃないよ。

    狸(たぬき)だって子供、おめえ達だって子供だ。子供同士、仲良くするも

    んだ。

    ほら、こっちへ狸(たぬき)をよこしな。

    おじさんが買ってやるから。


子供:おじさんこの狸(たぬき)買ってどうすんだい?


八五郎:どうすんのって、逃がしてやるんだよ。


子供:逃がしてやる?いやぁ…さては仲間だな…?


八五郎:ハァ?なに言ってやんでェ。


子供:たぬきおやじぃー。


八五郎:変なこと言うなこのガキ。

    いいからこっちへよこせ。

    代わりと言っちゃなんだが…ほれ、いくらもねえけどな、

    こづかいくれてやるから、これで飴でも買ってしゃぶってな。


子供:いいの?やったあ。

   じゃ、はい狸(たぬき)。


八五郎:おう。

    …ほら、こっち来いこっち来い。

    お前さん、なんで子供とはいえ人間の前に出たんだ?

    うっかりしてるからそういう事になるんだ。

    ほら、逃がしてやるから、家(うち)に帰(けえ)れ。


    …はは、丸くなって逃げて行きやがった。

    あぁいい事した。墓参りの帰りに生き物の命を助けるなんてな、

    いい後生(ごしょう)だよ。すーっとしたな。

    …すーっとしたのはいいけど、懐(ふところ)まですーっとしちゃったよ。

    なけなしの銭(ぜに)、みんな子供にくれてやっちゃったんだからな。    

    ま、いいや。なんとかなるさ。

    どれ、もう寝ちまうか…。


狸:【戸を叩きながら】

  こんばんわ!こんばんわ!


八五郎:おう、誰だい!?こんな夜遅くに。

    もう寝ちゃってるんだ。明日にしてくんねえ!


狸:あの、○○【何と言ってるのか分からないくらいもにょもにょ言う】

  でございます!


八五郎:なにをゥ?


狸:○○【何と言ってるのか分からないくらいもにょもにょ言う】

  でございます!


八五郎:んん?兄貴かい!?


狸:○○【何と言ってるのか分からないくらいもにょもにょ言う】

  でございます!


八五郎:なんだよおい、はっきりしろよ!

    そんなおめえ、狸(たぬき)みてえな声をだすんじゃねえよ!


狸:えぇ、その狸(たぬき)が参りました!


八五郎:…は?た、狸(たぬき)が?

    狸(たぬき)に知り合いはいねえはずなんだが…。

    狸(たぬき)がまたなんだって俺のとこなんかに来るんだい?


狸:ちょいと親方(おやかた)に相談したいと思いまして!


八五郎:えぇ…やだなおい、狸(たぬき)と相談なんてのはいけないよ。

    帰(けぇ)んな帰(けぇ)んな!


狸:そんなこと言わないで親方(おやかた)、ひとつ聞いて下さいな!

  開けないってえと、戸の隙間(すきま)から入りますよ!


八五郎:気味(きみ)の悪い野郎だな…待ってろ、いま開けてやるから。

    【戸を開けて】

    さあ入(へえ)れ!

    ?なんでェいねえじゃねえか。

    また悪い狸(たぬき)がいたずらしに来やがったんだな…っておお!?

    おめえ、どっから入って来た!?


狸:えぇ、戸が開いてすぐに親方(おやかた)の股(また)ぐらの間をくぐって入って来たんで!

  その時ひょいって見ましたら、ずいぶんふんどしが汚れてましたね。


八五郎:大きなお世話(せわ)だよ!

    で、何しに来やがったんだ?


狸:実はあたし、昼間に親方(おやかた)に助けていただいた子狸(こだぬき)でございます。


八五郎:昼間?

    あああの、子供たちに捕まってた狸(たぬき)か!


狸:えぇそうなんです。


八五郎:何だってまた、子供になんか捕まったんだよ?


狸:それが、だらしないなんてもんじゃない、お話にならないんですよ。

  道で子供がメンコしてましてね、あたしもやりたいなァと思って、

  木の陰(かげ)に隠れて見てたら、子供の一人が「あたい帰ろ―っ」て帰って

  ったからこりゃちょうどいいと思って、「あたいもう一回やろーっ」

  って入ってったら、狸(たぬき)だ狸(たぬき)だ捕まえろ!って捕まっちゃったんです。


八五郎:なんで狸(たぬき)だってバレちまったんだ?


狸:なんでって、あんまり慌(あわ)ててたんで化けるのを忘れちゃったんです。


八五郎:そりゃあたりめえだおめえ。そのまんまで入ってったら捕まるに

    決まってるじゃねえか、そそっかしいな。


狸:えぇ、それで縄(なわ)で縛(しば)られましてね、池の中にほうり込まれて

  棒(ぼう)でつつかれて、あぁもういけないなって思ってたとこを、

  親方(おやかた)が助けてくれたんですよ。

  あの時は嬉(うれ)しかったですよ。

  で、家に帰りますとね、親父はもうちゃんと知ってまして、

  「あの親方(おやかた)という人は実に義侠心(ぎきょうしん)のあるお方で、ああいうお方を人間

  にしとくにはもったいない。狸(たぬき)の仲間に入れてあげても恥ずかしくない

  。」なんて腹ァ叩いて笑いながら言ってるんですよ。


八五郎:なんだよおい、変な褒(ほ)め方をするなよ。

    人間なら膝(ひざ)ァ叩いて笑うとこだが、狸(たぬき)はやっぱり腹ァ叩いて

    笑うんだな。

    けど、人間にしとくにもったいないってんなら、何になるんだよ

    。


狸:ええ、狸(たぬき)の仲間に入ってもらって、狸組合(たぬきくみあい)の組合長(くみあいちょう)になってもらいたい

  なんてこと言ってるんですよ。


八五郎:おいおい変なものにすんなよ。

    それでおめえは一体(いったい)、何しに来たんだ?


狸:ええ、親父が、

  「お前は親方(おやかた)に恩を受けたんだから、恩返ししに行きなさい。」

  ってんで、恩返しに来ました。


八五郎:ふーん、狸(たぬき)が恩返しなんかするのかい?


狸:ええもちろんですとも。


八五郎:へえ、狸(たぬき)に恩返しをされる日が来るとは思わなかったな。

    ずいぶん義理堅(ぎりがた)いんだな。

    まぁその心持(こころも)ちだけでたくさんだよ。

    さ、帰(けえ)んな。


狸:えぇ!?


八五郎:いやな、その心持(こころも)ちだけでたくさんだから、帰(けえ)んなってんだよ。


狸:そんなこと言わないでここに置いてください親方(おやかた)ぁ。

  あたしこのまま帰ったりなんかしたら、狸仲間(たぬきなかま)に評判が悪くなっちゃ

  います。

  あの野郎、人に恩を受けておいて返さねえ。まるで人間みてえだって。


八五郎:おぉいおい、どうしてそう人間をけなすんだよ。

    とにかく帰(けえ)んな。


狸:いえ、どうか置いて下さい。

  このまま帰った日には、うちの親父は一刻者(いっこもん)ですから、あたしは勘当(かんどう)

  になっちゃいます。


八五郎:なんでェ、狸(たぬき)の世界にも勘当(かんどう)だの廃嫡(はいちゃく)だのがあるのかい?


狸:ええ、最近もう規則がやかましくなっておりまして。


八五郎:まあ…いたっていいけどさ、食う物なんかありゃしねえぞ。


狸:それはどうにしかします。


八五郎:寝るものだってありゃしねえよ。


狸:親方(おやかた)と一緒に寝ます。


八五郎:俺と一緒に寝るったっておめえ、家の中を見りゃ分かるだろ。

    こんな貧乏人で、一枚の布団(ふとん)を柏餅(かしわもち)にして寝てんだよ。


狸:でしたらそれをこう、広げて並んでみましょう。


八五郎:広げちまったら上に掛けるものがねえじゃねえか。


狸:あたし持ってますよ。


八五郎:んん?布団(ふとん)かなんか持ってきたのか?


狸:いえそうじゃないんです。


八五郎:じゃあなに持ってきたんだ?


狸:ええとですね、親父のは大人(おとな)ですから八畳(はちじょう)は広がるんですけど、

  あたしはまだ子供ですから、まだ四畳半(よじょうはん)しか広がらないんですよ。

  それ掛けて寝ましょう。


八五郎:よせよ汚いなおい!


狸:え、あったかいですよ?


八五郎:あったかくたってやだよ!

    おめえが一人でくるまって寝(ね)な。

    俺ァやっぱり一枚の布団(ふとん)を柏餅(かしわもち)にして寝るから。

    今晩はもう遅いから寝ちまうぞ、いいか?

    ?おいおい、なんだって土間(どま)まで降りてくんだよ?


狸:畳(たたみ)の上だと冷えてしょうがないんです。


八五郎:なんだか言う事が変わってんな。

    まあいいや、明日の朝、あんまり早く起きるんじゃないよ。

    早く起きたって食う物なんかありゃしねえんだから。

    あ、あとな、今は夜だからいいけど、昼になったら俺んとこに

    友達とか来たりするんだ。その時に狸(たぬき)の姿のまんまうろちょろさ

    れちゃマズいんだ。

    みんな口が悪いから見つかった日にゃ、「狸(たぬき)の八五郎(はちごろう)」なんて

    あだ名を付けられちまわあな。


狸:大丈夫です。ちゃんと心得(こころえ)てますから。


八五郎:そうかい。

    じゃ、万事(ばんじ)明日の朝てことにして、寝るか。


狸:はい。

  親方(おやかた)、おやすみなさいまし。

  【いびきをかく】


八五郎:へへ、行儀(ぎょうぎ)の良い狸(たぬき)だな。お休みなさいなんて挨拶(あいさつ)してとぐろを

    巻いたと思ったらもう寝ちまったのかい。

    こう寝つきがいいとこを見ると、狸(たぬき)に神経衰弱(しんけいすいじゃく)なんてのはねえだ

    ろうな。

    しかし大きないびきをかくねこいつは。

    へへ、可愛(かわい)らしいもんだ、狸(たぬき)でも人に恩を返そうってんだからな

    。その心持(こころも)ちだけでも嬉(うれ)しいや。

    【子狸をまじまじと見て】

    ふーん…やっぱり子供の狸(たぬき)だね。寝顔(ねがお)が可愛(かわい)いよ。

    お?目が開(あ)いてる?おめえ起きてたのかい?


狸:ええ、これがホントの狸寝入(たぬきねい)りで。


八五郎:よせよおい!

    ったく、寝るぞ!


    【三拍】


狸:…もし親方(おやかた)、親方(おやかた)、お起(お)きなすって。親方(おやかた)!


八五郎:ん…うーん…あぁ…!えっ、あっ、こりゃどうもすいません。

    どうも夕(ゆう)べおかしなことがあってすっかり寝そびれちゃったもん

    で、やっと朝方(あさがた)にトロトロっと…お?なんでェ、俺ァお向かいの

    おかみさんかと思って話してたらそうじゃねえや。

    見慣(みな)れねえ小僧(こぞう)だな?

    おい、笑ってちゃダメだよ。

    おめえ、どこの小僧(こぞう)さんだ?


狸:へへへ、夕(ゆう)べの狸(たぬき)です。


八五郎:なぁんだ、昨日の狸(たぬき)か。うまく化けやがったなぁ。

    尻尾(しっぽ)とか出てねえか?ちょいと回って見ろ。

    おぉ、ねえな…こりゃたいしたもんだ。


狸:ええ、仲間内(なかまうち)じゃ一番でございまして。

  あたしの先祖は茂林寺(もりんじ)のぶんぶく茶釜(ちゃがま)なんです。


八五郎:つまんねえこと言ってやんな。


狸:狸(たぬき)のまんまで動くのは危ないですから、最初は親方(おやかた)のおかみさんに

  化けてみたんです。だけどご近所の付き合いもあるでしょうし、急に

  女房(にょうぼう)ができたらおかしなもんだと思って、やめたんです。

  次は綺麗(きれい)な小僧(こぞう)さんに化けてみたんですけど、この家(うち)はずいぶん汚い

  から釣(つ)り合いが取れないと思ったので、遠慮して汚い小僧(こぞう)になりまし

  た。


八五郎:はは、つまらねえ事で遠慮するねえ。

    汚ねぇどころじゃねえ、見違(みちが)えるようなこざっぱりとした、いや

    、小綺麗(こぎれい)になったなあ。


狸:それに親方(おやかた)、不精(ぶしょう)だと見ましたので、掃除(そうじ)をーー


八五郎:あぁあんなもの、掃除(そうじ)なんぞやった事がねえや。

    掃(は)きたいったってホウキはなし、ハタキも無いからな。


狸:しょうがないので、尻尾(しっぽ)でもって掃(は)き掃除(そうじ)してました。

  これでずいぶん尻尾(しっぽ)の毛が抜けちゃいました。


八五郎:おぉいおい、無理すんな。

    しかし、狸(たぬき)はマメだね。


狸:親方(おやかた)、お膳(ぜん)の支度(したく)ができてますよ。

  ひとつ起きて顔を洗ってご飯でも食べてください。


八五郎:よせよおい、お膳(ぜん)の支度(したく)ったって、米なんかありゃしねえよ。


狸:なかったですね。でも大丈夫です。


八五郎:おい変な事するなよ?知ってんだぞ、俺ァ。

    うどんがミミズだとか、おはぎが馬糞(ばふん)だとか。


狸:心配いりませんよ。

  ご恩人なんですから、そんなバカな真似(まね)はしません。

  ちゃんと買ってきましたから。


八五郎:待て待て、買って来たっておめえ、俺んとこに銭(ぜに)なんかありゃ

    しねえぞ。


狸:ええ、ありませんけど火鉢(ひばち)の引き出しをあけると古いハガキが一枚ありま

  したから、それでお米を買ってきました。


八五郎:なに、ハガキで買って来たってのかい?


狸:ハガキそのままじゃ買えませんよ。

  あれを二、三回こう撫(な)でまわすと、立派(りっぱ)なお札(さつ)になっちゃうんですよ

  。


八五郎:へええ、古いハガキをおめえが撫(な)でるとお札(さつ)になるのかい?

    そりゃ都合(つごう)がいいや。当分(とうぶん)おめえにいてもらおうかな。

    義理の悪い借金してるとこなんか狸(たぬき)で用が足りちまうよ。

    こりゃ貧乏人はかかあもらうんじゃなくて、狸(たぬき)を飼ってたほうが

    お得だなぁ。

    しかし家(うち)で飯(めし)を食うなんてのはずいぶん久しぶりだな。

    じゃあご馳走(ちそう)になるよ。


狸:ええどうぞ。

  あ、そうだ、親方(おやかた)は行けるクチだと思いましたから、お酒も用意しま

  した。ちょいと辛口ですけど五合(ごごう)ばかり買ってきました。


八五郎:え、酒!?こりゃあ気が利(き)いてんなあ。

    まさか狸(たぬき)と酒盛(さかも)りをする日がこようとは思わなかったね。

    こらァありがてえな。

    そうだ、おめえに一つ頼みがあるんだ。

    見ての通り、俺ァ貧乏人だ。家(うち)の中に道具ひとつあるわけじゃね

    え。

    借金だらけでな、どうにもならねえんだ。

    さっきおめえが言ってた火鉢(ひばち)の引き出し、あの中にまだ古いハガ

    キが五、六枚くらいあるはずだから、ひとつ札(さつ)をこしらえてくれ

    。


狸:それがそうはいかないんですよ。

  いつまでもお札になってるわけじゃなくて、向こうの手に渡ってしば

  らくすると、元のハガキに戻っちゃうんです。

  だから、あいつの持ってきたお札(さつ)がハガキになったなんて事になって

  怪しまれるといけません。

  だから米屋にはお婆さんに化けて、酒屋へは小僧に化けて、薪屋(まきや)へ

  行くときはお爺さんに化けたんです。

  だけどしまいには泡を食っちゃってお婆さんと小僧と半々に化けちゃ

  ったりなんかしまして。


八五郎:おいおい危ねえな。


狸:慌(あわ)てて化け直ったので大丈夫でした。

  だけど家(うち)に取りに来る人はマズいですよ。

  この家(うち)から出たお札(さつ)がハガキになったなんて事になりましたら、

  後ろに手が回っちゃうことになりますよ。


八五郎:う~~ん、狸(たぬき)の考えが深(ふけ)えな…。

    それじゃつまんねえから、なんとかなんねえかな。


狸:なんです、親方(おやかた)。銭(ぜに)が入用(いりよう)なんですか?


八五郎:そうなんだよ。いま一件取りにくるんだ。

    実はな、越後(えちご)から来てる縮(ちぢ)み屋(や)て呉服屋(ごふくや)に五円借りちまってるん

    だ。

    こいつに払っちまうとさっぱりするんだが、どうも金の回り具合(ぐあい)

    が良くなくてな。

    五円なんて金は当分(とうぶん)のあいだ入ってこねえんだ。

    そうかといって返さなかったら、江戸っ子の面汚(つらよご)しになると、

    こういうわけなんだ。弱っちまってるんだよな。


狸:じゃ、どうでしょう親方(おやかた)。

  あたしがひとつ、五円札に化けましょうか?


八五郎:え、できるのかい?


狸:できますとも。

  仲間内でいろんな物に化けて、人間を脅(おど)かす競争をやるんですよ。

  こないだあたしの友達ががま口(ぐち)に化けたんです。拾おうとしたら

  パクっと口を開いて脅(おど)かすてえ算段(さんだん)だったんですが、このごろの人間

  は疑(うたぐ)り深(ぶか)いですからね、すぐには拾わないんです。

  「こんなとこにがま口が落(お)っこってるはずがねえ」

  って蹴とばしたもんですから、アバラを二枚折りましてね。

  いまだに穴の中で唸(うな)ってます。


八五郎:おいおい、危ねえな。


狸:あたしはそんなドジな真似(まね)はしないんですよ。

  お札(さつ)に化けて、風に舞ったようにして足元にコロコロと転がってやる

  んです。

  すると欲の深い人間があたりをキョロキョロして拾(ひろ)おうとするんで、

  そいつの手をバリバリって引っ掻(か)いてやるんです。


八五郎:なんだよ、札(さつ)が引っ掻(か)くのかい?


狸:ええ、そりゃもう驚きますよ。


八五郎:驚くだろうな。


狸:たまにうわーっと喰(く)い付いてやるんです。

  びっくりして真っ青な顔して逃げ出したり、中には腰を抜かす奴が

  いたりするんです。

  それを大勢で木の影で見て笑ってるんですよ。

  人間なんてものは、バカで愚(おろ)かで卑(いや)しいもんです。


八五郎:おいおいおい、あんまり人間を悪く言うなよおめえ。

    俺だって人間だぞ。


狸:いぃえぇ、親方(おやかた)は人間というよりどちらかというと狸(たぬき)に近い方(ほう)で。


八五郎:バカなこと言うなよ。

    まあいいや、化けられるんだったらひとつ頼むよ。

    一円札を五、六枚で。


狸:それが、バラバラには化けられないんです。一匹一役(いっぴきひとやく)ですから。


八五郎:あ、そうか。バラバラはダメか。


狸:どうしてもバラバラでお入り用でしたら、これから穴へ帰りまして

  親類一同呼び集めて相談しますが。


八五郎:いやいや、そう狸(たぬき)を集められちゃ困るよ。

    狸(たぬき)の総会になっちまわあな。


狸:それでしたら、百円札かなんかに化けて、向こうからうんとおつりを

  取ってあげましょうか。

  向こうのお札(さつ)は本物なんですから。


八五郎:いや、それはそうだけどな。

    知ってる仲(なか)だから、そう取っちゃ気の毒だよ。


狸:そうですか。それじゃあ二円ぐらいならどうです?


八五郎:おいおい、二円札だったら足りないじゃないか。


狸:それじゃあ七円札とか。


八五郎:おいおい、そんな半端(はんぱ)な額のお札(さつ)はねえよ。

    五円でいいよ五円札で。


狸:分かりました、化けましょう…って親方(おやかた)、そんなにじろじろ見られた

  ら化けにくいですよぉ。化けられてもお札(さつ)が三角になっちゃったりし

  ますよ。


八五郎:三角のお札(さつ)なんてのはないだろ。


狸:ですので、目をつぶって三つ勘定(かんじょう)してください。

  その間に化けちまいますから。


八五郎:なに、目をつぶって三つ?おぅわかった。

    その代わりひとつ、うまく頼むぜ。

    …いいかい?行くぜ。

    ひの、ふの、みっ!【手を一回叩く】

    どれ…目を開けるぞ…っておいおい、どうしてこんなに大きく

    化けるんだい?

    畳(たたみ)一畳敷(いちじょうじ)きの五円札なんてはマズいよ。

    もっと小さくなってくれもっともっと。


狸:こうですか?


八五郎:あぁまだまだ、それじゃ座布団(ざぶとん)だよ。


狸:これでどうです?


八五郎:あ~まだまだ。

    うん、まだまだ。

    まだまだまだ…よし!

    いやぁ上手(うま)いねェ。こんなに上手(うま)く化けるとは思ってなかった。

    重みなんてのはどこに行っちまうんだろうね…っておいおい、

    裏に毛が生えてんじゃないか。


狸:え、裏起毛(うらきもう)で温かいですよ?


八五郎:あのな、シャツじゃないんだから、これ取ってくれ。


狸:じゃあ一回、撫(な)でて下さい。


八五郎:撫(な)でる?撫(な)でれば取れるってのかい?

    どれ…おお!取れちゃったよ。

    へええ、すごいもんだ…っておいおい、どうでもいいけど、

    お札(さつ)からノミが出て来ちゃいけないね。


狸:あ、すいませんが取ってもらっていいですかね?


八五郎:いや、取ってやらねえ事もねえけどさ…。

    お札(さつ)のノミをとったなんてのは初めてだよ。

    …ほら、取ったぞ。


狸:あの、ついでに痒(かゆ)いところを掻(か)いてもらっていいですか?


八五郎:なに?しょうがないな…いや、掻(か)いてやるけどさ。

    せっかくお前が化けてくれてるんだからな。

    だけどお札(さつ)を掻(か)いてやるなんてのも初めてだよ。

    …よし、もういいだろ?


狸:ありがとうございます。

  気持ちよくて寝ちまうところでした。


八五郎:おいおい、寝ちまって元の姿に戻っちまうのは勘弁(かんべん)してくれよ。

    しかしこうやって見ると、本当に本物の五円札と全然変わらねえ

    な。


狸:あっあっあっ、そんなにぐるぐる回さないで下さい。

  目が回ります。


八五郎:あ、そうか。

    じゃあとりあえず畳(たた)んでおくか…。


狸:あっあっ、折り畳(たた)まれちゃいますと、背骨が痛くなります。

  あとお腹が押されるのでしょんべんが出ちゃいます。


八五郎:汚いな。

    しょうがないなぁ、じゃあここにぶる下げておくか?


狸:あっ、そっちは足なので上にされると、頭に血が下がって苦しくなり

  ます。


八五郎:ずいぶん注文が多いんだな。

    じゃあこの、こっちが頭か?こっちを多少高くして置いておくか

    ら、呉服屋(ごふくや)が来たら、ひとつ上手(うま)く頼むよ。


呉服屋:えぇ、ごめんくださいまし!


八五郎:おう、誰だい!?


    【声を落として】

    来たぞ、ひとつ、上手(うま)く頼むぜ。


狸:ええ、任(まか)しといてください。


八五郎:おう、こっち上がってくんねえ!


呉服屋:へえ、どうも。

    わたくし、このたび仕事をしまいまして、国に帰ろうと思いまし

    て。

    それで、お勘定(かんじょう)の方(ほう)ができておりましたら半分でもよろしいんで

    、お支払いいただきたいんですが。


八五郎:おいおい、半分と言わず全部持って帰(けえ)ってくれよ。

    さっき狸(たぬき)にーーいいやなんだ、

    五円に化けてーーいやそうじゃねえ、こしらえといたからよ。


呉服屋:あ、さようでございますか。

    それはどうもありがとうございます。

    ではさっそく頂戴(ちょうだい)いたします。


八五郎:おぅやるよやるよ。へへ、受け取りをいただきゃこっちのもんだ

    。あ、こっちが頭になってっからな、逆さにしねえでくれよ。

    頭に血が下がったらかわいそうだからよ。


呉服屋:え?


八五郎:このまんま、そーっと持ってくんな。


呉服屋:へっ?あっ、はあ、ありがとうございます。

    いや、これは実に綺麗(きれい)なお札(さつ)ですなあ。


八五郎:ああ、今できたばっかりだからな。


呉服屋:えっ?


八五郎:いいから、黙って持っていきなよ。


呉服屋:いやぁですけどね、わたくしはこんなに新しいお札(さつ)を見た事が

    ございませんよ。実に綺麗(きれい)ですな。折り目ひとつ付いて上に手が

    切れそうですな。


八五郎:手なんぞ切れねえぞ。

    引っ掻(か)くぞ。


呉服屋:?なんですって?


八五郎:おいおいおい、どうしてそうぐるぐる回すんだよ。

    目が回るじゃねえか。


呉服屋:えっ?


八五郎:あァあいいから、早く持ってっちまいなってんだよ!


呉服屋:さようでございますか。

    ではまた来年、ひとつよろしくお願いします。

    へい、ごめんください。


八五郎:おう、畳(たた)むな畳(たた)むな!折ったら背骨が…あぁ、行っちめえやがっ

    た。

    狸(たぬき)の野郎、背骨が痛(いて)えだろうな…。

    かわいそうな事しちまったなあ…。

    上手(うま)く帰ってくりゃあいいが…。


狸:親方(おやかた)、ただいま戻りました!


八五郎:!おう戻って来たか!心配したんだぞ。

    上手(うま)く逃げられたみてえだな!


狸:いぃえいえ、もう冗談じゃありませんよ。

  お札(さつ)はこりごりです。

  表(おもて)に出たらあの野郎、「このうちにこんな新しい札(さつ)があるわけがない

  」ってんでね、天日(てんぴ)に透(す)かして見るもんですから眩(まぶ)しくってしょうが

  ないんですよ。

  そのうちぐるぐるっと回したから、目が回ったなと思った途端(とたん)に、

  今度はポーンと二つに折られちゃって背骨が痛いなと思ってたら、

  さらにポーンと四つに折られちゃったから、頭を股(また)ぐらに突っ込んで

  我慢してたら、小さながま口(ぐち)出してその中にギュッと押し込んで口を

  閉じられちゃったから、とうとうたまりかねてがま口の中でしょんべ

  んしちゃったんです。


八五郎:汚ねえな!

    しかし大変な目にあったな…で、それからどうしたんだ。


狸:しょうがないんでがま口(ぐち)の底を食い破って逃げて来ました。


八五郎:そォか!そりゃあよかった!

    よく逃げられたなァ!


狸:その時ひょいっと脇(わき)を見たら五円札が二枚ありましたから、

  持って来ましたよ。


八五郎:おぉいおい、札(さつ)が札(さつ)を持って来ちゃいけねえ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


古今亭志ん朝(三代目)

柳家小さん(五代目)


※用語解説



・一刻者(いっこもん)

南九州の方言で「頑固者」を意味する。

転じて自分の信念を曲げない実直な性格、責任感が強い「職人気質」を

指すこともある。


・廃嫡(はいちゃく)

旧民法における家督相続制度において、家督を継ぐべき嫡子などの推定

相続人の地位を奪うこと。


・義理の悪い借金

言ってしまえば、良くない所から借りた金。

今で言う、高利貸しとか闇金とかヤクザとか。





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