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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「狸札」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「狸札たぬさつ


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約20分


必要演者数:最低2名~3名

      (0:0:2)

      (2:0:0)

      (1:1:0)

      (0:2:0)

      (0:0:3)

      (3:0:0)

      (2:1:0)

      (1:2:0)

      (0:3:0)



※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


八五郎はちごろう親方おやかたとか言われてるから、大工だいくとかそこら辺なのであろうか。

    たぬきからは義侠心ぎきょうしんんでいると言われている。


たぬき八五郎はちごろうに助けられた子狸こだぬき

  化けるのを忘れるとかうっかりにもほどがある。


呉服屋:越後えちご(今の新潟県)から来た呉服屋。


子供:たぬきをいじめてた子供。




●配役例


【2人】

八五郎:

狸・呉服屋・子供:


【3人】

八五郎:

狸:

呉服屋・子供:




※枕は誰かが適宜てきぎねてください。



枕:狐七化きつねななばけ、たぬき八化やばけなんという事を申します。

  たぬきの方がきつねより一つ多く化けたりできるそうなんですが、どうもたぬき

  化け方というのはそそっかしいもので、最後まで化け通せたという事

  がない、大概たいがいどこかで失敗してしまいます。

  そんなとこも愛嬌あいきょうがあるんでございますが。


八五郎:おぉいおい、いけねえな。

    そういう事をしちゃダメだろ。

    子供ってものはな、犬と仲良しのもんだ。犬をいじめちゃいけね

    え。ほら、石なんかぶつけんじゃないよ。


子供:おじさん、これ犬じゃないよ。たぬきだよ。


八五郎:たぬきぃ?あぁなるほど、どうも様子ようすがおかしいと思ったんだ。

    いやにムクムクしてやがって、口がとんがってら。

    子狸こだぬきのようだな。


子供:そうなんだ。おいら達がメンコしてたら、いきなりとことこ入って

   来たもんだから、とっつかまえたんだ。

   これぶち殺しちゃってね、皮剥かわはいでね、狸汁たぬきじるにして食っちゃうんだ

   。


八五郎:おいおい、狸汁たぬきじるなんてかわいそうなこと言うんじゃないよ。

    たぬきだって子供、おめえ達だって子供だ。子供同士、仲良くするも

    んだ。

    ほら、こっちへたぬきをよこしな。

    おじさんが買ってやるから。


子供:おじさんこのたぬき買ってどうすんだい?


八五郎:どうすんのって、逃がしてやるんだよ。


子供:逃がしてやる?いやぁ…さては仲間だな…?


八五郎:ハァ?なに言ってやんでェ。


子供:たぬきおやじぃー。


八五郎:変なこと言うなこのガキ。

    いいからこっちへよこせ。

    代わりと言っちゃなんだが…ほれ、いくらもねえけどな、

    こづかいくれてやるから、これで飴でも買ってしゃぶってな。


子供:いいの?やったあ。

   じゃ、はいたぬき


八五郎:おう。

    …ほら、こっち来いこっち来い。

    お前さん、なんで子供とはいえ人間の前に出たんだ?

    うっかりしてるからそういう事になるんだ。

    ほら、逃がしてやるから、うちけえれ。


    …はは、丸くなって逃げて行きやがった。

    あぁいい事した。墓参りの帰りに生き物の命を助けるなんてな、

    いい後生ごしょうだよ。すーっとしたな。

    …すーっとしたのはいいけど、ふところまですーっとしちゃったよ。

    なけなしのぜに、みんな子供にくれてやっちゃったんだからな。    

    ま、いいや。なんとかなるさ。

    どれ、もう寝ちまうか…。


狸:【戸を叩きながら】

  こんばんわ!こんばんわ!


八五郎:おう、誰だい!?こんな夜遅くに。

    もう寝ちゃってるんだ。明日にしてくんねえ!


狸:あの、○○【何と言ってるのか分からないくらいもにょもにょ言う】

  でございます!


八五郎:なにをゥ?


狸:○○【何と言ってるのか分からないくらいもにょもにょ言う】

  でございます!


八五郎:んん?兄貴かい!?


狸:○○【何と言ってるのか分からないくらいもにょもにょ言う】

  でございます!


八五郎:なんだよおい、はっきりしろよ!

    そんなおめえ、たぬきみてえな声をだすんじゃねえよ!


狸:えぇ、そのたぬきが参りました!


八五郎:…は?た、たぬきが?

    たぬきに知り合いはいねえはずなんだが…。

    たぬきがまたなんだって俺のとこなんかに来るんだい?


狸:ちょいと親方おやかたに相談したいと思いまして!


八五郎:えぇ…やだなおい、たぬきと相談なんてのはいけないよ。

    けぇんなけぇんな!


狸:そんなこと言わないで親方おやかた、ひとつ聞いて下さいな!

  開けないってえと、戸の隙間すきまから入りますよ!


八五郎:気味きみの悪い野郎だな…待ってろ、いま開けてやるから。

    【戸を開けて】

    さあへえれ!

    ?なんでェいねえじゃねえか。

    また悪いたぬきがいたずらしに来やがったんだな…っておお!?

    おめえ、どっから入って来た!?


狸:えぇ、戸が開いてすぐに親方おやかたまたぐらの間をくぐって入って来たんで!

  その時ひょいって見ましたら、ずいぶんふんどしが汚れてましたね。


八五郎:大きなお世話せわだよ!

    で、何しに来やがったんだ?


狸:実はあたし、昼間に親方おやかたに助けていただいた子狸こだぬきでございます。


八五郎:昼間?

    あああの、子供たちに捕まってたたぬきか!


狸:えぇそうなんです。


八五郎:何だってまた、子供になんか捕まったんだよ?


狸:それが、だらしないなんてもんじゃない、お話にならないんですよ。

  道で子供がメンコしてましてね、あたしもやりたいなァと思って、

  木のかげに隠れて見てたら、子供の一人が「あたい帰ろ―っ」て帰って

  ったからこりゃちょうどいいと思って、「あたいもう一回やろーっ」

  って入ってったら、たぬきたぬきだ捕まえろ!って捕まっちゃったんです。


八五郎:なんでたぬきだってバレちまったんだ?


狸:なんでって、あんまりあわててたんで化けるのを忘れちゃったんです。


八五郎:そりゃあたりめえだおめえ。そのまんまで入ってったら捕まるに

    決まってるじゃねえか、そそっかしいな。


狸:えぇ、それでなわしばられましてね、池の中にほうり込まれて

  ぼうでつつかれて、あぁもういけないなって思ってたとこを、

  親方おやかたが助けてくれたんですよ。

  あの時はうれしかったですよ。

  で、家に帰りますとね、親父はもうちゃんと知ってまして、

  「あの親方おやかたという人は実に義侠心ぎきょうしんのあるお方で、ああいうお方を人間

  にしとくにはもったいない。たぬきの仲間に入れてあげても恥ずかしくない

  。」なんて腹ァ叩いて笑いながら言ってるんですよ。


八五郎:なんだよおい、変なめ方をするなよ。

    人間ならひざァ叩いて笑うとこだが、たぬきはやっぱり腹ァ叩いて

    笑うんだな。

    けど、人間にしとくにもったいないってんなら、何になるんだよ

    。


狸:ええ、たぬきの仲間に入ってもらって、狸組合たぬきくみあい組合長くみあいちょうになってもらいたい

  なんてこと言ってるんですよ。


八五郎:おいおい変なものにすんなよ。

    それでおめえは一体いったい、何しに来たんだ?


狸:ええ、親父が、

  「お前は親方おやかたに恩を受けたんだから、恩返ししに行きなさい。」

  ってんで、恩返しに来ました。


八五郎:ふーん、たぬきが恩返しなんかするのかい?


狸:ええもちろんですとも。


八五郎:へえ、たぬきに恩返しをされる日が来るとは思わなかったな。

    ずいぶん義理堅ぎりがたいんだな。

    まぁその心持こころもちだけでたくさんだよ。

    さ、けえんな。


狸:えぇ!?


八五郎:いやな、その心持こころもちだけでたくさんだから、けえんなってんだよ。


狸:そんなこと言わないでここに置いてください親方おやかたぁ。

  あたしこのまま帰ったりなんかしたら、狸仲間たぬきなかまに評判が悪くなっちゃ

  います。

  あの野郎、人に恩を受けておいて返さねえ。まるで人間みてえだって。


八五郎:おぉいおい、どうしてそう人間をけなすんだよ。

    とにかくけえんな。


狸:いえ、どうか置いて下さい。

  このまま帰った日には、うちの親父は一刻者いっこもんですから、あたしは勘当かんどう

  になっちゃいます。


八五郎:なんでェ、たぬきの世界にも勘当かんどうだの廃嫡はいちゃくだのがあるのかい?


狸:ええ、最近もう規則がやかましくなっておりまして。


八五郎:まあ…いたっていいけどさ、食う物なんかありゃしねえぞ。


狸:それはどうにしかします。


八五郎:寝るものだってありゃしねえよ。


狸:親方おやかたと一緒に寝ます。


八五郎:俺と一緒に寝るったっておめえ、家の中を見りゃ分かるだろ。

    こんな貧乏人で、一枚の布団ふとん柏餅かしわもちにして寝てんだよ。


狸:でしたらそれをこう、広げて並んでみましょう。


八五郎:広げちまったら上に掛けるものがねえじゃねえか。


狸:あたし持ってますよ。


八五郎:んん?布団ふとんかなんか持ってきたのか?


狸:いえそうじゃないんです。


八五郎:じゃあなに持ってきたんだ?


狸:ええとですね、親父のは大人おとなですから八畳はちじょうは広がるんですけど、

  あたしはまだ子供ですから、まだ四畳半よじょうはんしか広がらないんですよ。

  それ掛けて寝ましょう。


八五郎:よせよ汚いなおい!


狸:え、あったかいですよ?


八五郎:あったかくたってやだよ!

    おめえが一人でくるまってな。

    俺ァやっぱり一枚の布団ふとん柏餅かしわもちにして寝るから。

    今晩はもう遅いから寝ちまうぞ、いいか?

    ?おいおい、なんだって土間どままで降りてくんだよ?


狸:たたみの上だと冷えてしょうがないんです。


八五郎:なんだか言う事が変わってんな。

    まあいいや、明日の朝、あんまり早く起きるんじゃないよ。

    早く起きたって食う物なんかありゃしねえんだから。

    あ、あとな、今は夜だからいいけど、昼になったら俺んとこに

    友達とか来たりするんだ。その時にたぬきの姿のまんまうろちょろさ

    れちゃマズいんだ。

    みんな口が悪いから見つかった日にゃ、「たぬき八五郎はちごろう」なんて

    あだ名を付けられちまわあな。


狸:大丈夫です。ちゃんと心得こころえてますから。


八五郎:そうかい。

    じゃ、万事ばんじ明日の朝てことにして、寝るか。


狸:はい。

  親方おやかた、おやすみなさいまし。

  【いびきをかく】


八五郎:へへ、行儀ぎょうぎの良いたぬきだな。お休みなさいなんて挨拶あいさつしてとぐろを

    巻いたと思ったらもう寝ちまったのかい。

    こう寝つきがいいとこを見ると、たぬき神経衰弱しんけいすいじゃくなんてのはねえだ

    ろうな。

    しかし大きないびきをかくねこいつは。

    へへ、可愛かわいらしいもんだ、たぬきでも人に恩を返そうってんだからな

    。その心持こころもちだけでもうれしいや。

    【子狸をまじまじと見て】

    ふーん…やっぱり子供のたぬきだね。寝顔ねがお可愛かわいいよ。

    お?目がいてる?おめえ起きてたのかい?


狸:ええ、これがホントの狸寝入たぬきねいりで。


八五郎:よせよおい!

    ったく、寝るぞ!


    【三拍】


狸:…もし親方おやかた親方おやかた、おきなすって。親方おやかた


八五郎:ん…うーん…あぁ…!えっ、あっ、こりゃどうもすいません。

    どうもゆうべおかしなことがあってすっかり寝そびれちゃったもん

    で、やっと朝方あさがたにトロトロっと…お?なんでェ、俺ァお向かいの

    おかみさんかと思って話してたらそうじゃねえや。

    見慣みなれねえ小僧こぞうだな?

    おい、笑ってちゃダメだよ。

    おめえ、どこの小僧こぞうさんだ?


狸:へへへ、ゆうべのたぬきです。


八五郎:なぁんだ、昨日のたぬきか。うまく化けやがったなぁ。

    尻尾しっぽとか出てねえか?ちょいと回って見ろ。

    おぉ、ねえな…こりゃたいしたもんだ。


狸:ええ、仲間内なかまうちじゃ一番でございまして。

  あたしの先祖は茂林寺もりんじのぶんぶく茶釜ちゃがまなんです。


八五郎:つまんねえこと言ってやんな。


狸:たぬきのまんまで動くのは危ないですから、最初は親方おやかたのおかみさんに

  化けてみたんです。だけどご近所の付き合いもあるでしょうし、急に

  女房にょうぼうができたらおかしなもんだと思って、やめたんです。

  次は綺麗きれい小僧こぞうさんに化けてみたんですけど、このうちはずいぶん汚い

  からり合いが取れないと思ったので、遠慮して汚い小僧こぞうになりまし

  た。


八五郎:はは、つまらねえ事で遠慮するねえ。

    汚ねぇどころじゃねえ、見違みちがえるようなこざっぱりとした、いや

    、小綺麗こぎれいになったなあ。


狸:それに親方おやかた不精ぶしょうだと見ましたので、掃除そうじをーー


八五郎:あぁあんなもの、掃除そうじなんぞやった事がねえや。

    きたいったってホウキはなし、ハタキも無いからな。


狸:しょうがないので、尻尾しっぽでもって掃除そうじしてました。

  これでずいぶん尻尾しっぽの毛が抜けちゃいました。


八五郎:おぉいおい、無理すんな。

    しかし、たぬきはマメだね。


狸:親方おやかた、おぜん支度したくができてますよ。

  ひとつ起きて顔を洗ってご飯でも食べてください。


八五郎:よせよおい、おぜん支度したくったって、米なんかありゃしねえよ。


狸:なかったですね。でも大丈夫です。


八五郎:おい変な事するなよ?知ってんだぞ、俺ァ。

    うどんがミミズだとか、おはぎが馬糞ばふんだとか。


狸:心配いりませんよ。

  ご恩人なんですから、そんなバカな真似まねはしません。

  ちゃんと買ってきましたから。


八五郎:待て待て、買って来たっておめえ、俺んとこにぜになんかありゃ

    しねえぞ。


狸:ええ、ありませんけど火鉢ひばちの引き出しをあけると古いハガキが一枚ありま

  したから、それでお米を買ってきました。


八五郎:なに、ハガキで買って来たってのかい?


狸:ハガキそのままじゃ買えませんよ。

  あれを二、三回こうでまわすと、立派りっぱなおさつになっちゃうんですよ

  。


八五郎:へええ、古いハガキをおめえがでるとおさつになるのかい?

    そりゃ都合つごうがいいや。当分とうぶんおめえにいてもらおうかな。

    義理の悪い借金してるとこなんかたぬきで用が足りちまうよ。

    こりゃ貧乏人はかかあもらうんじゃなくて、たぬきを飼ってたほうが

    お得だなぁ。

    しかしうちめしを食うなんてのはずいぶん久しぶりだな。

    じゃあご馳走ちそうになるよ。


狸:ええどうぞ。

  あ、そうだ、親方おやかたは行けるクチだと思いましたから、お酒も用意しま

  した。ちょいと辛口ですけど五合ごごうばかり買ってきました。


八五郎:え、酒!?こりゃあ気がいてんなあ。

    まさかたぬき酒盛さかもりをする日がこようとは思わなかったね。

    こらァありがてえな。

    そうだ、おめえに一つ頼みがあるんだ。

    見ての通り、俺ァ貧乏人だ。うちの中に道具ひとつあるわけじゃね

    え。

    借金だらけでな、どうにもならねえんだ。

    さっきおめえが言ってた火鉢ひばちの引き出し、あの中にまだ古いハガ

    キが五、六枚くらいあるはずだから、ひとつさつをこしらえてくれ

    。


狸:それがそうはいかないんですよ。

  いつまでもお札になってるわけじゃなくて、向こうの手に渡ってしば

  らくすると、元のハガキに戻っちゃうんです。

  だから、あいつの持ってきたおさつがハガキになったなんて事になって

  怪しまれるといけません。

  だから米屋にはお婆さんに化けて、酒屋へは小僧に化けて、薪屋まきや

  行くときはお爺さんに化けたんです。

  だけどしまいには泡を食っちゃってお婆さんと小僧と半々に化けちゃ

  ったりなんかしまして。


八五郎:おいおい危ねえな。


狸:あわてて化け直ったので大丈夫でした。

  だけどうちに取りに来る人はマズいですよ。

  このうちから出たおさつがハガキになったなんて事になりましたら、

  後ろに手が回っちゃうことになりますよ。


八五郎:う~~ん、たぬきの考えがふけえな…。

    それじゃつまんねえから、なんとかなんねえかな。


狸:なんです、親方おやかたぜに入用いりようなんですか?


八五郎:そうなんだよ。いま一件取りにくるんだ。

    実はな、越後えちごから来てるちぢ呉服屋ごふくやに五円借りちまってるん

    だ。

    こいつに払っちまうとさっぱりするんだが、どうも金の回り具合ぐあい

    が良くなくてな。

    五円なんて金は当分とうぶんのあいだ入ってこねえんだ。

    そうかといって返さなかったら、江戸っ子の面汚つらよごしになると、

    こういうわけなんだ。弱っちまってるんだよな。


狸:じゃ、どうでしょう親方おやかた

  あたしがひとつ、五円札に化けましょうか?


八五郎:え、できるのかい?


狸:できますとも。

  仲間内でいろんな物に化けて、人間をおどかす競争をやるんですよ。

  こないだあたしの友達ががまぐちに化けたんです。拾おうとしたら

  パクっと口を開いておどかすてえ算段さんだんだったんですが、このごろの人間

  はうたぐぶかいですからね、すぐには拾わないんです。

  「こんなとこにがま口がっこってるはずがねえ」

  って蹴とばしたもんですから、アバラを二枚折りましてね。

  いまだに穴の中でうなってます。


八五郎:おいおい、危ねえな。


狸:あたしはそんなドジな真似まねはしないんですよ。

  おさつに化けて、風に舞ったようにして足元にコロコロと転がってやる

  んです。

  すると欲の深い人間があたりをキョロキョロしてひろおうとするんで、

  そいつの手をバリバリって引っいてやるんです。


八五郎:なんだよ、さつが引っくのかい?


狸:ええ、そりゃもう驚きますよ。


八五郎:驚くだろうな。


狸:たまにうわーっとい付いてやるんです。

  びっくりして真っ青な顔して逃げ出したり、中には腰を抜かす奴が

  いたりするんです。

  それを大勢で木の影で見て笑ってるんですよ。

  人間なんてものは、バカでおろかでいやしいもんです。


八五郎:おいおいおい、あんまり人間を悪く言うなよおめえ。

    俺だって人間だぞ。


狸:いぃえぇ、親方おやかたは人間というよりどちらかというとたぬきに近いほうで。


八五郎:バカなこと言うなよ。

    まあいいや、化けられるんだったらひとつ頼むよ。

    一円札を五、六枚で。


狸:それが、バラバラには化けられないんです。一匹一役いっぴきひとやくですから。


八五郎:あ、そうか。バラバラはダメか。


狸:どうしてもバラバラでお入り用でしたら、これから穴へ帰りまして

  親類一同呼び集めて相談しますが。


八五郎:いやいや、そうたぬきを集められちゃ困るよ。

    たぬきの総会になっちまわあな。


狸:それでしたら、百円札かなんかに化けて、向こうからうんとおつりを

  取ってあげましょうか。

  向こうのおさつは本物なんですから。


八五郎:いや、それはそうだけどな。

    知ってるなかだから、そう取っちゃ気の毒だよ。


狸:そうですか。それじゃあ二円ぐらいならどうです?


八五郎:おいおい、二円札だったら足りないじゃないか。


狸:それじゃあ七円札とか。


八五郎:おいおい、そんな半端はんぱな額のおさつはねえよ。

    五円でいいよ五円札で。


狸:分かりました、化けましょう…って親方おやかた、そんなにじろじろ見られた

  ら化けにくいですよぉ。化けられてもおさつが三角になっちゃったりし

  ますよ。


八五郎:三角のおさつなんてのはないだろ。


狸:ですので、目をつぶって三つ勘定かんじょうしてください。

  その間に化けちまいますから。


八五郎:なに、目をつぶって三つ?おぅわかった。

    その代わりひとつ、うまく頼むぜ。

    …いいかい?行くぜ。

    ひの、ふの、みっ!【手を一回叩く】

    どれ…目を開けるぞ…っておいおい、どうしてこんなに大きく

    化けるんだい?

    たたみ一畳敷いちじょうじきの五円札なんてはマズいよ。

    もっと小さくなってくれもっともっと。


狸:こうですか?


八五郎:あぁまだまだ、それじゃ座布団ざぶとんだよ。


狸:これでどうです?


八五郎:あ~まだまだ。

    うん、まだまだ。

    まだまだまだ…よし!

    いやぁ上手うまいねェ。こんなに上手うまく化けるとは思ってなかった。

    重みなんてのはどこに行っちまうんだろうね…っておいおい、

    裏に毛が生えてんじゃないか。


狸:え、裏起毛うらきもうで温かいですよ?


八五郎:あのな、シャツじゃないんだから、これ取ってくれ。


狸:じゃあ一回、でて下さい。


八五郎:でる?でれば取れるってのかい?

    どれ…おお!取れちゃったよ。

    へええ、すごいもんだ…っておいおい、どうでもいいけど、

    おさつからノミが出て来ちゃいけないね。


狸:あ、すいませんが取ってもらっていいですかね?


八五郎:いや、取ってやらねえ事もねえけどさ…。

    おさつのノミをとったなんてのは初めてだよ。

    …ほら、取ったぞ。


狸:あの、ついでにかゆいところをいてもらっていいですか?


八五郎:なに?しょうがないな…いや、いてやるけどさ。

    せっかくお前が化けてくれてるんだからな。

    だけどおさついてやるなんてのも初めてだよ。

    …よし、もういいだろ?


狸:ありがとうございます。

  気持ちよくて寝ちまうところでした。


八五郎:おいおい、寝ちまって元の姿に戻っちまうのは勘弁かんべんしてくれよ。

    しかしこうやって見ると、本当に本物の五円札と全然変わらねえ

    な。


狸:あっあっあっ、そんなにぐるぐる回さないで下さい。

  目が回ります。


八五郎:あ、そうか。

    じゃあとりあえずたたんでおくか…。


狸:あっあっ、折りたたまれちゃいますと、背骨が痛くなります。

  あとお腹が押されるのでしょんべんが出ちゃいます。


八五郎:汚いな。

    しょうがないなぁ、じゃあここにぶる下げておくか?


狸:あっ、そっちは足なので上にされると、頭に血が下がって苦しくなり

  ます。


八五郎:ずいぶん注文が多いんだな。

    じゃあこの、こっちが頭か?こっちを多少高くして置いておくか

    ら、呉服屋ごふくやが来たら、ひとつ上手うまく頼むよ。


呉服屋:えぇ、ごめんくださいまし!


八五郎:おう、誰だい!?


    【声を落として】

    来たぞ、ひとつ、上手うまく頼むぜ。


狸:ええ、まかしといてください。


八五郎:おう、こっち上がってくんねえ!


呉服屋:へえ、どうも。

    わたくし、このたび仕事をしまいまして、国に帰ろうと思いまし

    て。

    それで、お勘定かんじょうほうができておりましたら半分でもよろしいんで

    、お支払いいただきたいんですが。


八五郎:おいおい、半分と言わず全部持ってけえってくれよ。

    さっきたぬきにーーいいやなんだ、

    五円に化けてーーいやそうじゃねえ、こしらえといたからよ。


呉服屋:あ、さようでございますか。

    それはどうもありがとうございます。

    ではさっそく頂戴ちょうだいいたします。


八五郎:おぅやるよやるよ。へへ、受け取りをいただきゃこっちのもんだ

    。あ、こっちが頭になってっからな、逆さにしねえでくれよ。

    頭に血が下がったらかわいそうだからよ。


呉服屋:え?


八五郎:このまんま、そーっと持ってくんな。


呉服屋:へっ?あっ、はあ、ありがとうございます。

    いや、これは実に綺麗きれいなおさつですなあ。


八五郎:ああ、今できたばっかりだからな。


呉服屋:えっ?


八五郎:いいから、黙って持っていきなよ。


呉服屋:いやぁですけどね、わたくしはこんなに新しいおさつを見た事が

    ございませんよ。実に綺麗きれいですな。折り目ひとつ付いて上に手が

    切れそうですな。


八五郎:手なんぞ切れねえぞ。

    引っくぞ。


呉服屋:?なんですって?


八五郎:おいおいおい、どうしてそうぐるぐる回すんだよ。

    目が回るじゃねえか。


呉服屋:えっ?


八五郎:あァあいいから、早く持ってっちまいなってんだよ!


呉服屋:さようでございますか。

    ではまた来年、ひとつよろしくお願いします。

    へい、ごめんください。


八五郎:おう、たたむなたたむな!折ったら背骨が…あぁ、行っちめえやがっ

    た。

    たぬきの野郎、背骨がいてえだろうな…。

    かわいそうな事しちまったなあ…。

    上手うまく帰ってくりゃあいいが…。


狸:親方おやかた、ただいま戻りました!


八五郎:!おう戻って来たか!心配したんだぞ。

    上手うまく逃げられたみてえだな!


狸:いぃえいえ、もう冗談じゃありませんよ。

  おさつはこりごりです。

  おもてに出たらあの野郎、「このうちにこんな新しいさつがあるわけがない

  」ってんでね、天日てんぴかして見るもんですからまぶしくってしょうが

  ないんですよ。

  そのうちぐるぐるっと回したから、目が回ったなと思った途端とたんに、

  今度はポーンと二つに折られちゃって背骨が痛いなと思ってたら、

  さらにポーンと四つに折られちゃったから、頭をまたぐらに突っ込んで

  我慢してたら、小さながまぐち出してその中にギュッと押し込んで口を

  閉じられちゃったから、とうとうたまりかねてがま口の中でしょんべ

  んしちゃったんです。


八五郎:汚ねえな!

    しかし大変な目にあったな…で、それからどうしたんだ。


狸:しょうがないんでがまぐちの底を食い破って逃げて来ました。


八五郎:そォか!そりゃあよかった!

    よく逃げられたなァ!


狸:その時ひょいっとわきを見たら五円札が二枚ありましたから、

  持って来ましたよ。


八五郎:おぉいおい、さつさつを持って来ちゃいけねえ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


古今亭志ん朝(三代目)

柳家小さん(五代目)


※用語解説



一刻者いっこもん

南九州の方言で「頑固者」を意味する。

転じて自分の信念を曲げない実直な性格、責任感が強い「職人気質」を

指すこともある。


廃嫡はいちゃく

旧民法における家督相続制度において、家督を継ぐべき嫡子などの推定

相続人の地位を奪うこと。


・義理の悪い借金

言ってしまえば、良くない所から借りた金。

今で言う、高利貸しとか闇金とかヤクザとか。





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