07:この町は偽物
地上から数段しか下がっていない地下通路のクロスロード。
入口から斜めに差し込む陽光と、壁に備え付けられた光石のおかげで、地下とは思えないほど明るい。
昼間のように、通路の先まではっきり見える。
四色のうちどれか一つの紋章をつけた騎士たちが、クロスロードを行き交っていた。
「すぐ頭上がマーテル城。そしてここが、クロスロードの中心地です」
しばらく歩くと、クロスロードの中心地に大きな噴水が見えた。
その噴水には、それぞれ特徴を持った五人の女神像が、それぞれのポーズで、それぞれの方向を向いて薄く微笑んでいた。
ロアはふと思った。
どうして女神は五人なんだろう。
クロスロードの中心地。必ずなにか意味があるはずだ。
課は四つと言っていたから、数が違う。
魔法の基本属性の数かもしれない。
「噴水の上は、吹き抜けになっています。マーテル城の内部が見られますよ」
黄色の紋章の男が言う通り、噴水の上は吹き抜けになっていた。
見上げると、上層は回廊になっているようで、身なりのいい貴族たちが歩いているのが見える。
天井は遥か高かった。
それから受験者たちは、赤いマークの案内に従ってクロスロードを抜けた。
数段の階段を上がると、前庭と、城塞のような大きな建物がいくつも見えた。
建物はどれも白い石に青い屋根。
マーテルの思想を、強く反映していた。
旗には赤い紋章。
庭を歩く騎士たちも、ほとんどが赤い紋章を身に着けていた。
赤い紋章の男は、建物を見ながら口を開いた。
「ここは〝戦闘防衛課〟。主に国防やトラブル解決を担っている場所だ。〝騎士〟と言えば、この課だな」
何年も前の収穫祭の日。
『じゃあ僕は騎士ー!』というニコに、シェルが『じゃあニコは、戦闘防衛課のエースだ』と言ったことを思い出した。
これが、シェルの言った、戦闘防衛課。
「あっちの建物は訓練所。その向こうは本部。そっちの方には宿舎。で、この建物は詰所だ」
ロアの静かな感動をよそに、赤い紋章の男は流れ作業のように説明を進める。
受験者が理解しているかなんて、おそらく少しも考えていない。
どうしてこの男が戦闘防衛課の代表として案内係に選ばれたのか。ロアには少しも理解できなかった。
「訓練所に入るぞ。言葉通りの場所だ。ほかの課も利用できる」
入口で警備をしていた二人の騎士は、赤い紋章の男を見て口を開きかける。
しかし赤い紋章の男は、軽く手を挙げてそれを制した。
受付の騎士は少し間をあけて、自分たちの前を通り過ぎる彼に、頭を下げた。
訓練所の中は、冷たい色をしていた。
窓はなく、アーチの形をした通路が向こうまで伸びている。その両端には扉が等間隔に続いていた。
赤い紋章の男に連れられて、受験者たちはその冷たく薄暗い廊下を歩いた。
それぞれの入口は、扉ごとに様子が違っていた。
魔法石が埋め込まれていたり、魔法陣が描かれていたり。
通りすがりに覗いた、開け放たれた扉の向こうでは、先ほど別れた受験者たちが魔法の練習をしていた。
赤い紋章の男はそれに見向きもせずに、廊下を進んだ。
「訓練所は部屋によって役割が違う。例えば、ここ」
赤い紋章の男はそう言って、丈夫そうな木の扉を押した。
隙間から、太陽の光が入り込む。
扉の向こうは、外だった。
ただの外ではない。
町だ。
たくさんの人が行きかう、マーテルの城下町のような、大きな町。
白い壁に赤レンガが映えた、とても美しい町だ。
扉の中に町があるはずがない。
それなら、今見ているこれは、なんなのか。
「ここは主に、俺たち、戦闘防衛課が使う訓練施設だ。町の中で災害や魔法の暴発が起きた時に備えている。じゃ、」
「質問あるひとー」
さっさと切り上げようとする赤い紋章の男の言葉を遮って、黄色の紋章の男が受験者たちに向かってそう言った。
誰も、手を上げない。
「なんでも聞いていいよ。そのための施設案内なんだから」
なんでも聞いていい。
その言葉に胸が躍って、ロアは手を挙げた。
黄色の紋章の男は穏やかに笑って「どうぞ、お嬢さん」と言った。
「この町って、実際に存在しているんですか?」
ロアがそう言うと、赤い紋章の男は黄色の紋章の男を見て「お前の範囲だぞ」と言った。
黄色の紋章の男は、もう一度ロアを見て口を開いた。
「いい質問だね。君は、どう思う?」
「……本当にある町に繋がる魔法がかかっているとか?」
でもそうなると、訓練に本当の町を使っていることになる。
それは訓練とは言わない。考えなしに口を開いてしまった。
「うん。いい考えだ」
しかしロアの考えに反して、黄色の紋章の男はそう言って、ロアにほほ笑んだ。
「じゃあ、〝配置魔法〟って知ってる?」
「はい。なんとなくですけど。すごく難しいって」
「お、優秀優秀。そのすごく難しい配置魔法っていうのを使っているんだけどね」
黄色の紋章の男は、扉の内側を指さした。
そこには、魔法石が輝いている。
「〝配置魔法〟は言葉通り、魔法石をいくつも配置して、魔法を共鳴させ合って効果を出す。つまり答えは――」
黄色の紋章の男は、魔法石を取り外した。
「――この街は偽物」
途端に町は消え去った。
石造りの体育館くらいの広い空間だけが、ぽつりとそこに残っていた。
「ほんの少しでも噛み合わなければ、配置魔法は意味をなさない。だから、難しいと言われる」
男がそう言って魔法石を埋め込むと、またあの町が現れた。
受験者たちは再び、町の喧騒の中にいた。
「僕はぜひ、君と議論がしたいなー」
黄色の紋章の男はそう言うと、魔法石からロアへ視線を移した。
「例えばこの町で、存在しえない者を好きになった時――それは、なにを愛してる?」
この街で存在しえない人間を好きになったとしたら。
なにを愛してる。
この結論の見えない問いに、どんな仮定をおこう。
「お前それ、口説き文句なら底辺って自覚あるか?」
緑の紋章の女が呆れ顔で言う。
問いに深く触れようとしていたロアの意識は、ふっと逸れた。
「議論をするなら、正確な定義をしたほうがいい。この町は〝偽物〟じゃなくて〝再現〟。定義を雑にすると、議論の軸がブレるわ」
青い紋章の女は、相変わらず穏やかな口調で言う。
「議論、議論って。お前らほんと能天気だな。戦場では一瞬の迷いが命とりだぜ」
赤い紋章の男がそう言うと、緑の紋章の女が鼻で笑った。
「ゲームで〝ちょっと待った〟って一番うるせーのはお前だろ?」
緑の紋章の女はそう言うと踵を返して歩いた。
それに続いて黄色の紋章の男も、青い紋章の女も続く。受験者たちも三人を追った。
「ふん。薄情者には聞こえねーんだ。俺には聞こえるもんね。『私を守って~』って言う悲痛な叫びがな!」
赤い紋章の男は負け惜しみのように言う。
一体誰から私を守ってと言われるのだろう。ロアは一行に紛れてその場を去った。
赤い紋章の男は訓練所の前にぽつりと取り残されて、しばらくしてから小走りで一行を追いかけた。
クロスロードに戻り、次は青いマークの案内へと進む。
受験者同士でこそこそと話す声が聞こえてきた。
「やっぱり、魔法の練習に行っておけばよかったかもな」
不安げな声があちこちから聞こえる。
自分だけ楽しんでいるようで、少しだけ居心地が悪かった。
けれど、今さら面接の練習をしたところでたかが知れているし、魔法は使えない。
だったらせめて、今しか見られないものを、ちゃんと見ておきたい。
ロアはそう思って、前を向いた。




