06:お粗末すぎる開幕
受付の男はロアに受験票を差し出した。
受験票に触れたロアの手の甲に、時の魔女の紋章が浮かんで揺れた。
「試験終了後に消えます」
受付の男が受験票から手を離すと、紋章は定まったように動きを止めてロアの手の甲に焼き付いた。
紋章の端に触れてみたが、擦っても消えない。これはどんな原理で肌に貼り付いているんだろう。
そんなことを考えながら、ロアはルイスに続いて外門をくぐる。
外門の先にあるのは、広場だった。
左右には芝生や低木が植えられている。
その終点には、白い石の屋根を支える柱が並んでいた。
白い石の地面が、正面の大きなアーチに向かって真っ直ぐに続いている。
その両端には、左右対称に内側へカーブした立派な石段が二つ鎮座していた。石段の先には、二階の正門。門番が二人、ピクリとも動かずに立っていた。
「ルイスくん。ロアさん」
「……オズワルドさん!」
「お久しぶりです。オズワルドさん」
ロアは思わず声を上げた。
久しぶりに見るオズワルドは、正装姿で微笑んでいる。
彼のその姿が、シェルを目の前で亡くした二度目の人生を思い出させて、少し胸が痛んだ。
オズワルドはルイスとしっかり握手をしたあとで、ロアと握手をした。
「オズワルドさんも騎士試験を受けるんですか?」
「はい。でも私の試験はもう終わったんです」
「終わった……? 騎士採用試験は、今から始まるんですよね?」
ロアの問いかけに、オズワルドは言いにくそうに口ごもった。
それを見たルイスが口を開く。
「家柄によっては、騎士採用試験を簡略化して受けられる制度があるんだよ」
「へー」
「今日の一般試験と分けて、〝貴族枠〟なんて言い方をするね」
ルイスの言葉にオズワルドは頷いた。
「お二人の覚悟を見ていると、身が引き締まります。私は少し、甘い道を通ってしまった」
「立場には責任があります。名誉なことですよ」
オズワルドはルイスの言葉に励まされたように笑顔を浮かべる。それからロアに視線を移した。
「ロアさん。王都・マーテルはどうですか?」
「王室御用達のバターがとんでもなく美味しかったです」
「オラトリオのバターですね。発酵の香りが強いのに後味が静かで、嫌味のないバターですよね」
「いや……ちょっとそこまで観察してなかったです。美味しかった以外の言葉は今のところ見当たってないです」
そういうロアに、オズワルドは呆れたような懐かしむような笑顔を浮かべた。
「では、見当たったらぜひ教えてください。マーテルの城下町には慣れましたか?」
「いや全っ然」
吐き捨てるように言うロアに、オズワルドは曖昧な笑顔を浮かべて頷いた。
「ロアさんの言いたいこと、分かりますよ」
「私だけじゃないです。きっとルイスも同じこと思ってると思う」
「巻き込まないで」
ロアの言葉をさらりと受け流すルイス。二人のやりとりを見たオズワルドは晴れやかな顔をして、マーテル城を見つめた。
「今日ここで待っていたら、お二人に会えると思ったんです。シェルさまは会うことは出来ないでしょうが、伝えたらきっとお喜びになる」
オズワルドはそう言うと、マーテル城からまた二人に視線を戻した。
「期待して待っています。試験、頑張ってください。では私はこれで」
オズワルドは一礼すると、マーテル城に向かって歩き出す。
彼は広場を横切り、湾曲した大きな石段を登り、二階の正門へ。
門番となにかを話して、門の中に消えた。
試験など特別な事情がなくても、マーテル城に軽々と入ることができる。
ロアは生まれて初めて、貴族という立場を羨ましく思った。
重たい音を立てて、城下町へと続く外門が閉まった。
訳もわからず広場に放り入れられただけの受験者たちの間に、緊張が走っていた。
外門を背にして立つ騎士は四人。
女性二人の胸元にはそれぞれ緑と青の紋章が。男性二人の胸元にはそれぞれ赤と黄色の紋章が光っていた。
彼ら四人は、それぞれの部署の代表だろうか。
身なりは他の騎士たちとなんら変わりない。しかし言葉に出来ない違和感があった。
顔と気配が同じ方向を向いていないような。
その顔に、その表情は似合わないような。
受験者は緊張の中、四人の内の誰かがしゃべり出すのを待っていた。
「そういえば」
まず最初に口を開いたのは、青い紋章の女だった。
そういえば――
言葉の続きはなんだ。
中途半端に途切れた言葉の続きを、受験者たちは緊張の面持ちで待っていた。
「まだ誰が話すか決めていなかったわね」
青い紋章の女が、穏やかな口調で言う。
自分たちにとって重大ななにかが告げられるとばかり思っていた受験者たちは、視線を彷徨わせて次に誰かがしゃべり出すのを待っていた。
「俺パス。お前やれよ。この前負けたろ?」
赤い紋章の男はあっさりした様子で言って、緑の紋章の女を見た。
「そういうルールじゃなかったろ。押し付けんな。お前がやれ」
緑の紋章の女が口汚く返すと、赤い男は眉間に皺を寄せてぼりぼりと頭を掻いた。
「俺は無理だって。寝起きなんだから」
「知らねーよ。……じゃあ、ル……じゃなかった。お前やれよ。得意の範疇だろ」
緑の紋章の女に促された黄色の紋章の男は、少し考えるそぶりを見せてから口を開いた。
「二人とも、それでいいの?」
青い紋章の女は穏やかに一度頷き、赤い紋章の男はどうでもよさそうに大きく一度頷いた。
黄色の紋章の男は二人の意思を確認すると、受験者を見た。
「じゃあ、これから、マーテル騎士採用試験を始めます」
まるで今までのやりとり一切をなかったことにして、黄色の紋章の男は清々しいほど通る声でそう言った。
人生を賭けた試験にしてはお粗末すぎる開幕。
なんなんだ。この人たちは。本当に課の代表者なのだろうか。きっと誰もが、そう思っていた。
「今年の受験者は122人。その中で合格するのは多くて5、6人。ほぼ不合格なので、ある意味気楽に受けてほしいというのが我々の気持ちです」
その落とす気満々な感じが、陽気すぎる募集貼り紙に出ていたのかと、ロアは納得した。
「それから、受験する前から申し訳ないですが。そもそも、あなた方は極めて不利だということをお忘れなく」
黄色の紋章の男は、あっさりはっきりそう言い切る。
自分たちの置かれた状況を把握しようと、受験者たちは彼の言葉に耳を澄ませていた。
「騎士には〝貴族枠〟と呼ばれる枠があります。言葉の通り、貴族を優先的に採用するようにできた仕組みです。小さなころから魔法教育を受けていて、家柄も保証されていて、代々国家に対し強い縛りがあり、言われた通りに動く。死ねと言われれば死ぬ。そんな使い勝手がいい人間が集まるようにできているんです」
黄色の紋章の男は、誰もが常々思っていて、誰もが決して言わない事実を平坦な口調でつらつら述べる。
黄色の紋章の男以外の三人も、男の話に小さく頷いていた。
「彼らと同じじゃ意味がない。これは、僕達から受験者のみなさんへのアドバイスです」
合格できるのだろうかという不安が顔を出す。
ロアは俯くと、深く息を吐きその分深く息を吸った。
ざわついた意識が、とたんに平常に戻ってくる。
魔法は捨てた。
その代わりにできることは全てやった。
大丈夫。取りこぼしなく、持てるものは全部、頭と心の中に入れてきた。
不安に対しての対処。
今の反応速度は、我ながらよかった。
そう思ってロアが視線を上げると、黄色の紋章の男と目が合った。
ばっちりと目が合い怯むロアをよそに、黄色の紋章の男はにこりと口角を上げる。
目が合っている。そしてなぜか微笑まれている。
全部見えているぞ、という挑発のようにも思えてロアが何もできずにいると、黄色の紋章の男は受験者全体を見回した。
「では。これからの流れを説明します。まず各施設を回っていただきます。それから魔法試験。最後に面接。順次解散となります」
――魔法試験。
122人。これだけ人数がいるんだから、何人かは魔法が使えない人がいるはずだ。
「研究施設は普段、一般市民立入禁止ですから、観光だと思って気軽に見て回ってください」
「ちょっといいですか」
受験者の一人が手を挙げる。全員の視線が、ひとりの受験者に注がれた。
「施設の案内はパスしたいんですが。何度も受けているので。魔法と面接の練習がしたいです。去年もそうさせてもらいました」
口々に同意する声が聞こえた。
黄色の紋章の男は少しの間その声に耳を澄ませたあと、口を開いた。
「いいですよ。では施設の案内を希望されない方は後ろの係員について行ってください」
黄色の男がそう言うと、約半分の受験者が抜けて、係員について行った。
魔法が使えたら彼らと同じようにギリギリまで粘ったかもしれないが、魔法が使えないのだからどうしようもない。
そう思ってロアはルイスを見た。彼はさすがの余裕だ。緊張している様子がまるでない。
「では残ったみなさんで早速行きましょうか」
先頭の四人に従って、受験者たちは城下町に続く外門を背に歩いた。
広場をまっすぐに、正面のアーチに向かって進む。
「正面に見える城が〝マーテル城〟。国王陛下の居城で、政治の中心地です」
石段のすぐそばに来ると、マーテル城は見えなくなった。
「この両端の大きな石段は、二階の正門につながっています。主に貴族がマーテル城に入るときに使用する正門です。そして我々騎士が使うのがこの通路」
正面の大きなアーチの間には、横に広い石段が数段。
それから先は、真っ白な柱廊だった。
「クロスロード。マーテル城の下で四つの課を繋いでいる地下通路です」
柱は前後左右に等間隔に伸び、頭上をアーチが繋ぐ、壮大な地下通路だった。




