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三度目の人生は、キミのために。  作者: 野風まひる
マーテル騎士採用試験
32/35

04:だから私は王室御用達バターを食べる

 外壁が夕焼けを区切っている。


 王都・マーテルの城下町は、夕方から夜までの距離が短い。

 ロアとルイスが大通りに出たとき、外壁の正門は閉まろうとしていた。


「この門、閉まるの?」

「そうだよ。夜の七時になったら閉まるんだ」

「じゃあ旅人が間に合わなかったら」

「門の前で野宿だね」


 ロアはゆっくりと閉まっていく門を見て思った。

 この町はきっと、大荷物を抱えた旅人が走ってきていても、目の前でぴしゃりと門を閉め切るのだろう。〝規律〟の名の下に。


 閉まる外壁の正門。

 近い夜。

 この町はどうやら〝もう帰る時間ですよ〟と言いたいらしい。


 息苦しい。

 まるで一度目の人生の、現代社会のような場所だ。


「ロア、なに食べたい?」

「改まってない場所に行きたい」


 ロアの即答に、ルイスは「答えになってない」と言って笑った。


 二人は町の中をしばらく歩き、正門から遠く離れた食事処に入った。


「いらっしゃい。好きなところにどうぞ」


 食事処の女将は恰幅がよく気さくな様子で、ロアは安心感を抱いた。

 しかし、やはり落ち着かない。


 白い漆喰の壁に、木の床。テーブルは部屋いっぱいに等間隔に広がっていて、ほとんどの席に人が座っている。

 どのテーブルにも目立った傷はなく、蜜蝋で磨かれて光っていた。


 店内は、ざわ、という話し声と笑い声があるだけで、もちろん酒に酔って暴れる人は誰もいない。

 気さくな女将の営む食事処でさえこの様子だ。他の店はどんな様子か。考えるだけでどっと疲れが襲う。


 二人は適当なテーブル席に座り、置いてあるメニュー表を見た。

 あるのは軽食と簡単な食事ばかりで、酒類の記載がない。


「決まった?」


 注文を聞きに来た女将に、ルイスは豆と肉の煮込みと薬草茶、ロアは野菜と鶏肉のグリルと果実水を注文した。


「あの、どうしてメニューにお酒がないんですか?」

「アンタ、未成年でしょー?」


 酒を注文しようとしていると思ったのか、女将はニヤリと笑いながらロアを見た。


「私が飲みたいんじゃなくて。食事処なのにお酒がないって、珍しいなって」

「ああ。マーテルは、酒を飲める場所が決まってんのよ。この辺りには二か所しかない。っていっても、よその町ほど種類はないよ。香草酒に葡萄酒くらい。……そうだ。最近は蜂蜜酒もあるって聞いたね」


 酒のない食事処。

 エリュマなんて、どこの食事処でも酔っぱらいたちが大騒ぎしていた。

 あの中にはきっと、王都・マーテルで我慢に我慢を重ねた旅人もいただろう。

 騒がしいと思っていたエリュマの酔っぱらいたちが可愛く思えた。


 女将は「じゃあ、待っててね」と言い残してカウンターの向こうへ戻っていく。


 それから二人は他愛ない話をしながら食事を済ませて、外に出た。


「こんばんは。警備の者です」


 制服を着た男に声をかけられ、ロアとルイスは立ち止まった。


「夜道は危ないですから、気を付けてくださいね」

「ご親切にありがとうございます」


 ルイスの言葉を聞いた警備の男は、軽く会釈をして去って行った。


 どれだけ歩いても、マーテルの城下町には夜の匂いがない。

 浮ついた旅人も、酔っぱらって潰れた旅人もいない。『寄ってってよ』と誘惑する女性もいない。

 騒ぎ声も、笑い声もない。


 つまらない。


 それが夜のマーテルを見たロアの感想だった。

 息苦しい。

 この町は整い過ぎていて、なんのために生きているのかわからなくなりそうだ。

 マーテルの研究施設の中も、こんなふうに規律に縛られているのだろうか。


 窮屈さを感じて、思い出した。


 〝呼吸が深くなるということは、心の動きが落ち着くというわけである。〟


 ロアはいつか読んだ本の内容を頭の中でなぞって、ゆっくりと深く、呼吸を繰り返す。


 それから自分に問いかけた。


 〝なんのために王都・マーテルに来たの?〟


 この問いに、もうノートは必要ない。


 ――シェルを助けるために、王都・マーテルに来た。


 ロアはそっと拳を握りしめて息を吐き切った。


 二人はそれから宿屋に戻り、それぞれの部屋で次の日の朝を迎えた。


 朝日で目を覚ましたロアはひとつ伸びをして、窓から外を見る。

 荷車を押す売り子が見えた。


 ロアは簡単な身支度を済ませて外に出ると、売り子から肉入りの小さなパイを二つ買った。売り子から手渡されたパイは、まだ温かい。


 ロアが公園でパイを口に運んでいると、人が同じ方向に流れ始めた。

 視線で追った先は、教会。


「おはよう、ロア」

「ルイスおはよう」


 ロアはルイスに視線を向けた後、また教会に視線を戻してルイスに問いかけた。


「あれ、なにかな?」

「祈りだよ」

「祈り?」

「そう。王都・マーテルでは、日曜日の朝に時の魔女に祈りを捧げるんだ」

「田舎の村よりも宗教意識が強いんだね」


 ロアはパイの最後の一口を食べ終えたあと、立ち上がってルイスを見た。


「今日は正門とは逆の方向に行ってみようよ」


 ロアの提案で公園を離れた二人は、正門とは逆方向に歩いた。


 城下町は、マーテル城を囲む城壁と、外とを仕切る外壁に挟まれている。

 どちらの壁も人間の力で乗り越えられるような高さではない。


 二度目の人生でシェルに監禁され、マーテル城の最上階から見下ろした時には、城下町全体がもっと小さく見えた。


 表通りから離れるほど、洗濯物が見えたり一軒家が増えたり、生活の気配が強くなっていく。桁違いに大きな屋敷もあった。

 しかし、どれだけ細い裏道に入り込んでも、すれ違う人は誰も綺麗に汚れを取った服を身にまとっていた。

 路地に座り込む人もいない。

 生ゴミの匂いも、家畜の匂いもない。


 朝から酒に溺れる人間もいなければ、叩き売りや呼び込みの活気もない。

 子どもの騒ぎ声もなく、口論も、転げるほどの笑い声もない。

 王都・マーテルの音は全て、許可された大きさに収まっていた。


「ねえ、ルイス。私、どうしても今言いたいことがある。聞いて」

「うん。いいよ」

「……この町の人たち、なにを楽しみに生きてるの?」


 ロアがそう言うと、ルイスはやっぱりと言いたげに笑った。


「わかるよ、ロアの気持ち。この町の人たちは安心を買っているんだよ」

「安心を買ってるって?」

「孤独にならない。それに犯罪も少ない。王都・マーテルの規律に従うことさえできたら」

「……私、エリュマの裏路地に逃げる人の気持ち、すっごくわかる」


 それから二人は正門から続く、大通りに戻った。

 最初に見た時には壮大だったが、改めてしっかり見てみると、無駄に綺麗で面白みのない景色だ。


「ルイスどうしよう。私ひねくれてる。人間らしさも面白みもない景色~とか思ってるもん」

「こら」


 ルイスは薄く笑って、窘めるようにそう言うが、おそらく同じことを思っているに違いない。


 しかしここで文句ばかり言っていてもしょうがない。

 残り九日、王都・マーテルで過ごさなければいけない。さらに騎士採用試験に合格したら、ずっとこの雰囲気の中に居なければいけないかもしれない。


 ロアは落ち着いて、自分の思考へ意識を向けた。


 王都・マーテルの規律は〝他人型〟だ。

 どれだけ自分の肌に合わないと嘆いても、すべて無駄な時間。

 なぜならその規律は、ロアには変えられない範囲のものだから。


 それなら、自分で変えられることに集中する。


 ふと目に入った看板には、〝王室御用達〟の文字。

 バターの専門店と書かれた看板には、紋章が描かれていた。


 王都・マーテルの規律なんて知るか。

 せっかく遠路はるばるやってきたんだ。王都・マーテルを楽しみつくしてやるからな。という気持ちで、ロアはびしっと看板を指さしてルイスに言う。


「ルイス! 私、今からこの高級バターを食べる!」

「じゃ、買おう」


 ルイスはあっさり言うと、もう扉に手をかけていた。


 危うく無駄に綺麗な大通りに取り残されかけたロアは、全速力で、かつ何事もなかったような顔をして、ルイスのすぐ後ろを歩いた。

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