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13:名前のない恐怖と議論の入り口

「そういえばおばあちゃん、前に『騎士は城の周りにある研究都市で、それぞれの得意を活かして国のために働く』って言ってた。それって、学者とか研究者のこと?」

「そうそう。マーテル城と城下町の間には、研究都市がある。騎士たちはそこで日々自分の仕事や研究をして、魔法の暴発が起きたら現地に向かうんだ」


 シェルの説明で、やっとイメージが湧いた。

 騎士というのは、魔法を使って戦ったり、直接国を守ったりするだけが仕事じゃない。


「採用試験に合格するには、なにをしたらいいの?」

「わからないんだよ。なにが評価されるのか、公表されてない。……シェルも知らない?」

「俺にもわからない。でも、ルイスみたいな人は欲しいと思うよ。自分で勉強して魔法が使えて、自分で研究しているような人」


 自分で勉強して魔法が使えるわけでも、研究ができるわけでもない。

 とびぬけてこれがあると、明言もできない。


 でもそれはまだ、諦める理由にはならない気がした。


「じゃあ、魔法が使えなくても騎士になれるって言うのは本当なんだね」

「そう。魔法が使えるかはあんまり見てないって言ってた。使えない人は多分、ほとんどいないけど」

「……魔法が使えない人、ほとんどいないの? おばあちゃん、平民も大歓迎って言ってたけど」


 騎士の中に魔法が使えない人は、ほとんどいない。まわりが全員、魔法を使える。

 自分にできないことを明らかに他人ができる中に飛び込むのは、恐怖だった。


「ロアの言う通りだよ。騎士に身分は関係ない。関係ないけど、騎士の中で魔法が使えない人はほとんどいない。……どうしてだと思う?」


 急に飛んできたルイスの問いかけで、ロアの恐怖心はどこかに隠れた。


 ルイスの問いに答えようと、頭の中で必死に答えを探す。


 村の人たちは、自分に魔法が使えるなんて思っていない。

 そしてロア自身も、自分が魔法を使えると思ったこともなかった。


 そしてルイスは大多数の平民からはみ出して、魔法が使える。

 つまり答えは――


「魔法が、才能だから?」

「うーん。おしい……かな。半分正解。魔法はね、立派な学問なんだよ。順番に学んで行けば、誰にでも使える。でも、魔法は王族や貴族が使うものだって思っている人は、そもそも自分が魔法を使えるなんて考えない。だから使えないんだよ」

「使えると思っていないから使えないってこと?」

「そう。リディアさんも言ってたよね。魔法は〝想い〟。気持ちが大切なんだよ」


 ――魔法はね、心で感じるんだ。

 初めて魔法を見せてくれたときに、シェルが言った言葉を思い出した。


 それぞれの魔法で感じた心の動きも、よく覚えている。


「騎士の採用試験を受けるような一般国民は、自分はこれが得意だとか、これは自分の才能だって知っている。だから採用試験を受ける時点で、魔法を操れる精神構造があるってこと。だから、才能といえば才能かな」

「なるほど。じゃあ、私もその気になったら魔法が使えるんだ」

「うん。そういうこと」


 騎士の採用試験を受けて合格すれば、マーテル城に隣接した研究都市に行ける。

 シェルを助けられる可能性が間違いなく上がる。

 これ以上の選択は、おそらくないだろう。


 そうわかっていても、ロアはすぐに騎士を目指すとは言えなかった。


 喉の奥が、きゅっと縮む。この感覚には覚えがある。

 言葉を選ぶ前に、評価が下されていく、あの感じ。

 ロアの胸をひっかいているのは、一度目の人生のことだった。


 訳もわからないまま、知らない人に評価される。

 基準の見えないまま、自分を差し出す面接。

 いつ飛んでくるかわからない質問。

 逃げ場のない、体系化された組織。

 値をつけられて、〝いらない〟と言われる恐怖。

 その中で、息を殺していた過去。


「そうだ、ロア。リディアさんが、ロアを呼んで来いって言ってたよ」


 ルイスの言葉が、ロアの思考を切った。


「……うん、わかった」

「屋敷に来るようにって」


 ルイスに言われて、ロアはぼんやりとした頭のままで図書館を後にした。


 ロアは図書館から出ると、屋敷に向かって歩いた。


 騎士になるには、採用試験を受けなければならない。

 大学受験のような筆記試験ではなく、なにを見られているのかもわからない試験だ。


 一度目の過去が、息をしている。

 どこからともなく漂ってきて、視界を曇らせる、嫌な霧みたいに。

 その過去は胸の奥にまとわりついて、深呼吸をさせてくれない。


 今、騎士試験を受けることが最善だとわかっている。

 でも、それ以外の方法もあるんじゃない? と心の中の誰かが囁いていた。

 その囁きを受け取って、〝最善〟から目を逸らそうとしている自分に気付いた。


 ぽつりと思い浮かんだ思考を冷静に眺めて、溜息を吐く。


 不思議な感覚だった。

 怖い、という感情を客観的に眺めているようだった。


 だからこの怖さは、明日が嫌で眠れなくなる怖さじゃない。

 この怖さをしっかりと、分析できる。必要なら、この悩みに近いものを図書館から拾い上げることができる。


 ロアには三度目の人生で成長している実感が、確かにあった。

 

 だけどやっぱり、騎士採用試験が怖い。

 

 ロアは息を吐き切って気持ちを切り替えると、自分の家とは思えない屋敷の中に入った。


 シェルの従者にリディアの居場所を聞き、階段を上がる。そして、部屋の扉を少し開いた。


「おばあちゃん、ロアだけど」

「入りな」


 ロアは扉を開けてリディアを見た。

 リディアは一冊の本を広げて、ソファに座っていた。


「なんの手伝い?」

「手伝いじゃない。そこに座りな」


 訳も分からないままロアは短く告げるリディアに言われるままに、向かいのソファに腰を下ろした。


「今のお前に、手伝いをさせるのは惜しい」


 そう言ったリディアは、視線だけを本からロアに移した。

 杭を打たれたように、ロアは硬直して、動けなくなった。魔法と錯覚するほど。


 一体これから、なにが起きるんだろう。


「議論を始める」


 心臓を射抜かれた感覚だった。

 もうこの空間に、一歩たりとも逃げ場はない。


 二度目の人生で、リディアは一度だってこういう場にロアを招いたことはなかった。

 なにを求められているのかもわからない。

 ひとつの言葉も、返すことができない。


 リディアは視線を本に戻す。

 沈黙が落ちた。


 心臓の音だけが、ロアの鼓膜を揺らしている。

 ほんの少しの不自由を残して、自由が戻ってきた。


「自分で選ぶことと、誰かに選ばれること。どちらが楽だと思う?」


 唐突すぎて、ロアは問いの意味を掴めなかった。


「……なにを選ぶの?」

「私に聞いてどうする」


 リディアは本のページをめくった。


「問いを向ける先が違う。その問いは、お前自身に向けなさい」


 自分自身に、問いを向ける。


 ――自分で選ぶこと。誰かに選ばれること。どちらが楽か。


 ロアはゆっくりと息を吐いて、リディアの質問を心の深くに落とし込んだ。


 誰かに選ばれる。それはつまり、自分で決めるべきことを誰かに決められること。

 じゃあ、自分で決めるべきことはなんだ。

 例えば、重大な決断、人生。


 それならリディアの問いを、〝自分で選ぶ人生〟〝誰かに選ばれる人生〟と仮定する。

 そのうえで、どちらが楽か。


 胸の奥で、言葉にならないなにかが、かすかに形を取り始めている。

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