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10:あの頃の私より少し先へ

「ルイス・ミレインくん」


 ベルトラードはやはり重みのある音で、ルイスにそう声をかけた。


「君の話は分かった。非常にいい意見だ。考え直さなければならない部分があることを、認めよう。ただし、王は象徴である、という私の意見は変わらない。次は、私の話を聞いてくれるかな」


 ベルトラードの問いかけに、ルイスは頷いた。


「君は非常に勉強熱心な人だと聞いている。個人的な感情で国を滅亡に追いやった、諸国の王たちを知っているだろう。人の上に立つ人間は、自らの欲を消し、自らを犠牲にしなければならない。国民に平等な〝象徴〟であれば、王の判断は国民に受け入れられる。自由には、必ず責任が伴う。その前提で私は、責任を殿下一人に取らせるのは重荷だと考えている」


 リディアが迷いの森の方角を見た。

 そこには、一冊のノートを抱えたオズワルドがいた。


「ご報告したいことがあって、参りました。ベルトラード公爵」


 ベルトラードはルイスから視線を逸らすと、オズワルドに向き直った。


「わかった。話してくれ」


 オズワルドは言葉を探すように、口を動かした。


「……殿下は、この村でとても。……とても、よく笑っておられます」


 オズワルドはうつむいたまま、ベルトラードの感情のない視線から目を逸らし続けている。


「私は王の在り方について、ずっと〝正しさ〟だけを学んできました。ですが……殿下が笑っているのを見て、それが国にとって悪いことだとは、どうしても思えなかった。殿下は、ここでロアさんやルイスくんとぶつかり、迷い、それでも逃げずに、自分で選んでいらっしゃいます。その姿を見て……」


 オズワルドは強く拳を握りしめると、視線を上げベルトラードを見た。


「私は、シェルさまが〝自分らしくあること〟も、王としての強さになるのではないかと、考えるようになりました」


 そう言い切った後、オズワルドは深く頭を下げる。


「出過ぎた発言でしたら、お許しください。ですが、どうしても今、申し上げたかったのです」


 オズワルドの言葉を聞いたベルトラードは、また静かに考えている様子だった。


「発言をお許しいただきたい。ベルトラード殿」

「……ええ、どうぞ。リディア殿」


 リディアは、公爵を恐れるでも、自分より年が若い男をさげすむでもなく、空気を裂くように口を開いた。

 公爵を相手にしても凛としたリディアの態度が、彼女が現役時代にどんな騎士だったのかを物語っている。


「あなたの言うことは至極正しい。王が象徴であるべきだというお考えも、個人の感情で国を動かすべきではないというお考えも。あなたのご意見を借りるなら、この子よりもよっぽど、弟の方が見込みがありそうだ」


 風が木々の隙間を抜けた。

 リディアはシェルに視線を投げて、それから再びベルトラードを見た。


「しかし、どちらにせよ。自分の運命を恨む国王には、国そのものを憎む国王には、誰もついて行かない。ただし、この国のためになら自ら欲を消してもいいと、自ら犠牲にしてもいいと、自分で〝選ぶ〟のなら、きっと立派な国王になれる」


 リディアはシェルの元へ歩き、彼の頭に手を乗せた。力強いそれは、激励のように見えた。


「この村でシェルは、人として大切なことを学ぶでしょう。人並みの喜怒哀楽。平等な友との関わり。国民の生活。優しいこの子は、この場所だからこそ学べるものがある」


 リディアはシェルの頭から手を下ろすと、ベルトラードを見た。


「陛下のご命令でないのなら、どうぞこのまま私にお預けください。発言は以上です。ご判断を」


 リディアの言葉を聞いた後、ベルトラードは視線だけをシェルに移した。


「あなたの意見を伺いましょう。殿下」

「俺は……」


 シェルは口ごもって、それからベルトラードをまっすぐに見た。


「まだ、トアルの村にいたい」


 長いのか短いのか、それすら不明確な沈黙。

 誰もが、ベルトラードの判断を待っていた。


「わかりました。では、そのように致しましょう」


 最初から最後まで変わらない、ベルトラードの平坦な口調。

 ロアは、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。


 誰にも奪われなかった。シェルは自分で、未来を選んだ。

 未来は少しずつ、変わっている。


「陛下への報告も、私から致します。……殿下、左手を出してください」


 シェルが左手を出すと、ベルトラードは昨日シェルが壊したものと同じブレスレットを、シェルの手首につけた。


「魔法は危険なものです。次はありませんよ」

「うん。わかった」


 ベルトラードは顔を上げて、一人一人の顔を見回した後、小さく微笑んだ。


「非常に有意義な議論でした。ありがとう」


 ベルトラードはそう言うと、シェルに視線を戻す。


「では、我々はこれで失礼いたします、殿下」


 ベルトラードはシェルの返事を聞かずに踵を返し、迷いの森へと歩き出す。


「またね」


 騎士の男は、誰にそういったのか。あまりにもあっさりした様子で、踵を返し、ベルトラードの後ろを歩いた。


 二人の背中が、木々の間に消える。

 やっと、トアルの村らしい静けさが、戻ってきた。


「……よかったあ」


 ロアはそう言ってしゃがみこみ、息を吐き切った。


「終わったかと思った……」


 シェルもロアと同じようにその場に座り込み、目を閉じて空を見上げた。


「魔法の暴発を利用するなんて、考えたじゃないか。ルイス」

「はい。リディアさんが来ていたし、あの男の人も騎士だし。どうにかなると思いました」


 リディアはルイスから、放心するシェルへと視線を移した。


「シェル、よく意見が言えたな。あのクソ真面目な貴族に」


 シェルは俯くと、自分の心臓の上に両手を当てた。


「心臓まだバクバクしてるよ……。昔から怖いんだよ、ベルトラード公爵。……っていうか! リディアさんさ、俺のことそんな風に思ってたの?」

「そんな風って?」

「俺よりウィルのほうが国王の見込みがあるって!」

「事実だろう。これからは冷静に、国の内側に目を向けないといけない時代だ。お前より弟の方が国王に向いてる。絶対に」


 〝絶対に〟そう言われてシェルはリディアを睨んでいた。


「俺、悲しい。リディアさんは俺に期待してくれているのかと思った」

「他人の期待なんて背負うもんじゃない。重荷にしかならないだろう」

「そういうことじゃないんだってー」


 盛大にふてくされるシェルをよそに、リディアは全員の顔を見た。


「さて。もう昼すぎだ。屋敷へ行こう。食事の準備をするように言ってある」


 リディアに言われて、ロアとルイスとシェルは迷いの森へ向かって歩き出した。

 オズワルドだけが、うつむいたまま立ち尽くしている。


 シェルはオズワルドの隣で、ピタリと足を止めた。


「裏切りクソ真面目オズワルド」

「……裏切り、クソ真面目……?」


 〝裏切り〟〝クソ真面目〟の後に自分の名前が来るとは思っていなかったのか、オズワルドは、顔を上げてシェルを見た。


「俺のこと売ろうとした~」

「……シェルさまを売ろうなど、そんなわけがありません!」

「『お待ちしておりました。ベルトラード公爵』とか言って、屋敷の中に入れたくせに!」

「あれは……! 仕方なかったのです! 急に来るとおっしゃるから! だいたい、シェルさまが魔法を使うから……」

「裏切りクソ真面目オズワルド~」

「誤解です! 話を聞いてください!」


 真面目なオズワルドは、シェルに話を聞いてもらおうと必死に追いかけている。


「オズワルドさん。国王に向いてないって言われたシェルの八つ当たりだよ。気にしなくていいって」


 呆れてそう言うロアの隣で、ルイスも呆れ笑いを浮かべていた。


「そういうわけにはいきません。末代までの信用に関わります」


 本当に〝クソ真面目〟すぎて話にならない。

 ロアは二人を放置することに決めて、迷いの森を歩いた。


 迷いの森を抜けたら、やはりトアルの村は今まで通りの雰囲気を持っていた。


 井戸で会話をする三人の婦人。

 畑仕事をする人。


「あら、シェルくん。さっきの人はご家族?」

「うん、そう。お父さまとお兄さま~」


 王族であることを隠してこの村で生活しているシェルは、いい所のお坊ちゃんで療養のために田舎の村に来ているという設定になっている。


「そうかい。シェルくんのお兄さま、素敵な方ねえ」

「そうそう。俺はお兄さまに似てるんだ~」


 あの綺麗な顔で優しい雰囲気を纏った騎士は、やはりトアルの婦人たちを虜にしたらしい。

 それに便乗してすぐさま兄弟設定にするあたり、シェルはちゃっかりしている。


 平然とした顔で婦人たちの横を通り過ぎるシェルを見て、ルイスは呆れ笑いを浮かべている。


「またそんな嘘を堂々と……」

「年齢もちょうどそれくらいだし、問題なし」


 その設定を疑っていない婦人たちは、村に入ってきた新しい話題を楽しんでいた。


 あの綺麗な顔をした騎士は、絶対にただの綺麗所に収まる男じゃなかった。

 自分の見た目の良さを分かっていて、女を騙しているに違いないと、ロアは彼に対して最低最悪のイメージを持っていた。


 薬草畑を通り過ぎて屋敷につくと、オズワルドはロアたちに深く頭を下げた。


「私はこれで」

「オズワルドさん、一緒に食べないの?」

「私は遠慮します。……ベルトラード公爵に、自分の意見をはっきりと述べられなかった。私は今すぐ、このことを振り返りたい」


 オズワルドはそう言うと、リディアに深く頭を下げて、食堂とは逆の方向に歩いて行った。


 残った四人で屋敷の食堂へ行くと、すぐに昼食が出てきた。

 三人は思い思い午前中のトラブルを振り返り、リディアは黙ってその話を聞いていた。


「お前たち」


 三人は今まで黙っていたリディアの声に耳を傾け、彼女の言葉の続きを待った。


「魔法の暴発をどう思う?」

「国民に魔法の教養が広まってないのが問題だよ」


 すぐにシェルが答えると、ルイスは視線を下げて少し考え、それから口を開いた。


「じゃあ、国民に魔法の教養がない事実を、どう解決するかって話になるね」

「……ちょっと待って!」


 ルイスの言葉が終わってすぐに手を挙げてそういうロアに、三人の視線が集まった。


「〝魔法の暴発〟って、なに?」


 ロアの問いに答えたのは、リディアだった。


「魔法は感情を介して発動する。魔法を使える者は自然と制御ができるものだが、魔法が使えない一般国民は、気付かないうちに感情が漏れてそれが魔法として発動することがある」

「それを〝魔法の暴発〟っていうの?」

「そうだ。今は対処療法しかない。魔法が暴発すれば国に報告が行き、騎士が駆けつけて解決しているんだ」

「へー……そんなことが起こるんだ。そういえば、ポワの幽霊屋敷の水の女も〝魔法の暴発〟なんでしょ? おばあちゃん、どうして消さないの?」

「守り神みたいでいいじゃないか。泉から出てくる女って」

「そんな浅い理由……?」

「理由なんてそれで十分。あの屋敷は古いから、変に立ち入っても危ない。いい用心棒だよ」


 食事を終えた三人は、屋敷の一室で今日の午前中のことを話した。


 それから夜になり、三人は展望台に上った。


「そういえば、シェル。あんなスピードで空を飛んだら危ないよ」

「だって、ロアがもっともっとスピードあげてーっていうから」

「なんでそんな嘘つくの……!?」


 シェルは自分に突っかかってくるロアを、笑って受け流した。


「でもよかったよ、本当に。シェルがトアルの村にいられて」

「本当。感謝してよね、シェル」


 ロアは落ち着いた口調で言うルイスに同意すると、わざとらしくシェルに向かって言った。


「……ルイス、ロア。ありがとう。俺の側にいてくれて。二人のおかげで俺、毎日楽しいよ」


 まさかそんな素直な言葉が返ってくると思っていなかったロアは、「別に、まあ」と呟いた。


「そうやって素直に言えるところ、シェルのいい所だと思うよ」


 ルイスに褒められたシェルは、少し照れくさそうに笑っている。


 夜風が頬を撫でて、通り過ぎていく。

 ようやく、地面に足がついたような感覚だった。


「ねえ、二人とも。私、王都に行きたいって思ってる」


 ルイスは穏やかな表情を変えずにロアを見た。シェルは目を見開いていた。


「まだどうするとかなんにも考えてないけど、とにかく王都に行きたい。二人には言っておきたいと思って。私の、決意表明」

「じゃあ僕も、王都に行こうかな」


 ロアに続いてあっさりというルイス。

 驚いていたのは、やっぱりシェルだった。


「ルイスも王都に行きたいなって思ってたんだ」

「今はトアルの村を思いっきり楽しんで、その後は王都もいいかなって」


 ロアとルイスは二人で微笑み合った。それから、ひとりだけついて行けない様子のシェルに視線を向ける。


「シェルは、どう思う? 僕たち二人が、王都に行くこと」


 ルイスの問いかけに、シェルは俯いて乾いた笑いを漏らした。

 顔を上げたシェルは、本当に嬉しそうな顔で笑っている。


「……ずっと、二人が王都に来てくれたらもっと一緒にいられるのにって思ってた」


 王都・マーテルに行く。

 そんな選択肢、二度目の人生では持つことさえできなかった。


 思い出すのは、二度目の人生で息を引き取ったシェルのこと。


 この人生のシェルには、絶対に、同じ思いをさせない。


 私はもう、あの頃の私じゃない。

 きっと、もっと先へ進める。


 人生を三度送って初めて、そんな根拠のない自信が胸いっぱいに広がっていた。

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