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01:幼馴染が闇落ちしてた

 気付くとロアは、豪華絢爛な部屋の中にいた。


 つい先ほど、村の入り口から、婚約者を見送った。

 どうして自分がこんな場所にいるのか、なにもわからない。


 ロアはベッドに横たわったまま、辺りを見回した。

 深い赤を基調としたその部屋は、いつか歴史の本でみた、中世ヨーロッパの貴族の部屋に似ている。


 不自然なのは、眠っていたベッドのすぐ右側にある、鉄格子。

 天井から床までを等間隔に貫く鉄の棒は、一つの広い部屋をふたつに分断していた。


 ロアは身体を起こすと、縦に伸びた鉄棒のひとつを握り、鉄格子の向こうを見た。


 部屋の中央にある、天蓋のついた、品格高いベッド。


 男がひとり、座っている。


 ロアが息をのみ、鉄の棒から手を放す。しかし男は、うつむいたままピクリとも動かない。


 男はずいぶん身なりのいい恰好をしていた。

 質のいい紫の服。ベルベットの赤いマント。

 赤いブローチには、王家の紋章。


 それから、さらりとした、黒い髪。


 ひとりだけ、思い当たる人物がロアの頭をかすめた。


「……シェル?」


 もう二度と会うことがないはずだった男の名前を呼ぶ。

 七年前。小さな村から自分の故郷へ帰った、幼馴染の名前。


「うん。おはよう」


 返ってきたのは、知っているよりも、少し低い声だった。


 安心感から、ロアはゆっくりと息を吐く。

 意識の外側にある違和感には、気付いているのに。


 七年間、一度も会わなかったシェルは、あの頃のまま大きくなっていた。

 なにも変わっていない。柔らかい黒い髪も、暗い髪の色が落ちた赤い目も。

 変わったところといえば、前髪を分けた髪型くらいだ。


 元気だった?

 ここ七年、どうしてた?

 結婚したんだってね。ひとこと言ってくれたらよかったのに。

 私もね、結婚するんだよ。


 聞きたいことも、聞いてほしいこともたくさんある。

 それなのに始まりの雑談どころか、社交辞令の挨拶さえ、声という形にならない。


「久しぶり、シェル」


 ロアはやっとのことで、差し障りのない言葉を吐いた。

 それからは、顔を上げるシェルの様子を食い入るように見ていた。

 前髪がさらりと顔に落ち、影を落とす。

 心臓が一度強く打ったのは、シェルの顔に見たことがない笑顔が浮かんでいたから。


「久しぶりだね、ロア」


 柔らかくて、他人行儀な、大人の愛想笑い。

 シェルだと気付いてからあった違和感が、もう押し込められない速度で、膨らんでいく。


「ここはどこ?」

「俺の家だよ」


 シェルの家。

 つまり、マーテル城。


 マーテル地方を治める王の住む城。

 二人が出会った村から、つまりロアの故郷、トアルの村から離れた、王都・マーテル。


「どうして私は、ここにいるの?」

「俺が、ロアをここに連れてくるように言ったから」


 シェルは、あっさりという。

 たいして色のない表情で。


 昔のシェルは、よく笑っていた。

 昔のままのシェルなら、〝ロア! 会いたかった!〟と嬉しそうに言って、きつく抱きしめるくらいのことはしそうだ。


 身分や社会的階層をわきまえない。うっかりときめいて勘違いしてしまいそうな行動を平気でする、メンヘラ製造機。

 それがシェルだったはずなのに、今、当時の面影は少しもない。


 大人になったシェルは、ぞっとするくらいの落ち着きと品格を備えていた。


「どうして、私を連れてきたの……?」

「ロアに会いたかったから」


 シェルは予想通り、メンヘラ製造機の名に恥じないセリフを吐く。

 あまりにもあっさりと。

 ただ感情の上辺を撫で取ったみたいに。


「どうして私は、檻の中にいるの?」

「二人きりで会いたかったから」

「じゃあそう言えばよかったのに、どうして、わざわざこんな……」

「俺が会いたいって言ったら、二人きりで会ったって言い切れる?」


 違和感のような、嫌な予感。

 しかしどうすることもできずに、ただ、シェルが放つ次の言葉を待っていた。


「ロアはもうすぐ、ルイスと結婚するのに」


 ルイス。

 それは、ロアの婚約者の名前。

 同時に、シェル自身の親友だった男の名前だ。


「もうすぐルイスと結婚するロアが、俺と二人で会うとは思わなかった。それがロアが俺の部屋にいる理由」


 何の説明にもなってない。

 しかし、こうやって俺様主義で強制的に話を終わらせようとするところは、間違いなく、ロアの知るシェルだった。


 ロアはむっとした気持ちを隠さず、そのまま表情に出した。


「なにが言いたいのか、全然わからないんだけど。ルイスと結婚すること、言わなかったからふてくされてるの?」


 それを聞いたシェルは、ゆるりと立ち上がる。ロアは身の危険を感じて少し身を引いたが、シェルは無表情のままロアに背を向けて歩き出した。

 シェルが部屋を出て行くつもりだと分かったとたん、ロアは鉄の棒を両手でひっ掴んで、顔を近付けた。


「シェルが結婚したとき! にっ、二年前! 私だって直接なにも聞いてないんだから!」

 

 シェルの向かう先には、一枚のドア。


「ちょっと……! 逃げるなっ! なに考えてるの!?」


 シェルはもう、ドアの取っ手に手をかけていた。


「シェル!!」


 大きくも小さくもないドアが閉まる音、ロアの叫び声。それから、沈黙。


 嫌味な静けさが、部屋の中をいっぱいに満たしている。


 久しぶりの再会は、どんなときも必ず〝懐かしいね〟と語り合って始まるものだと思い込んでいた。

 今から14年前。シェルは世間勉強のために、ロアの生まれ故郷のトアルの村にやってきた。

 そして今から7年前に、トアルの村から、王都・マーテルへ戻った。


「あんの、メンヘラ製造機」


 ロアの強がって出た声は、ぽつりと部屋の中に響いて、あっけなく落ちた。

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