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西郷どんのまなざし

西郷どんの まなざし


洋子おばちゃんにも会いたい。

横浜から毎年のように鹿児島へ訪れた夏休み。洋子おばちゃんはいつもこう言っていた。

「たいして、どこも連れていけなくてね」

そう言いながら、連れて行ってくれたのは、知覧の隣町、枕崎。太平洋への入り口の町。

響香は洗面所の鏡を見つめ、逆流する涙をそっと拭った。「これなら、大丈夫」——そう自分に言い聞かせる。

そのとき、隣に並ぶ女子高生たちの会話が耳に入った。

「西郷どんがさ、西郷どんがさ、うちのママがうるさくて……」

最初、響香は「西郷丼」という鹿児島らしい名物の話かと思い、聞き耳を立てた。しかし、それは料理の話ではなかった。どうやら西郷隆盛を引き合いに、母親が人生の選択について説いているらしい。


ふと、自分の立ち位置がぼんやりしていることに気づいた。話の終わりを待たず、響香はそっとその場を離れる。薄曇りの空を見上げ、深呼吸をした。

「どこか、落ち着ける場所はないだろうか」

そう思いながら、ポケットの50円玉を取り出す。さっきの女子高生たちの話と、鏡越しに見た自分の姿が、頭の中で交錯する。

——50円玉をじっと見つめる。

「そういえば、西郷さんの銅像……」

約150年前(1898年)、日本で最初の公園に、明治政府が犬を連れた西郷隆盛の銅像を建てたと習った。その公園は「恩賜公園」と呼ばれ、「恩賜」とは「天皇から賜った」という意味だ。1924年(大正13年)、大正天皇が寄贈し、現在の上野恩賜公園となった。

小学校の社会科見学で、その銅像をバスで見に行ったことがある。

なぜ、日本最後の内戦の敗者、それもある意味「反逆者」とされた人が、一等地に立っているのか——幼い頃の自分は不思議に思ったものだった。

つい最近、司馬遼太郎が好きな拓郎に何かの拍子で聞いてみた。

「どうして西郷さんは、あんなに堂々と銅像になってるの?」

拓郎は少し考え、こう答えた。

「彼は志を同じくした仲間との戦いで、自ら切腹の道を選んだ。だからこそ、敵味方を超えて敬意を持たれたんじゃないかな」

その言葉の真偽を確かめたくて、スマホで検索してみた。

『西郷隆盛の真意や葛藤を知れば、彼の姿勢や行動が単なる反逆者ではなく、理想を追い求めた人物であることが理解できる。西郷が求めたのは理想的な社会。しかし、彼の進む道は時代の流れと合わず、結果として孤立し、戦いを余儀なくされた——その背景を知ることは、現代にも通じるテーマである』

スマホの画面に表示された文章を読み、ゾクリとした。

西郷さんは、単に歴史上の人物ではない。

その足跡は、今もなお、私たちの生きる時代と重なっているのではないか。


薩摩西郷さんは 世界の偉人 国のためなら オハラハー 死ぬと言うた

『鹿児島小唄』(かごしま こうた)いつか、聞いた歌が聞こえたようだった。

ふと、鼻をくすぐる香りに現実へ引き戻された。

目の前には、懐かしい市場の光景。

いや——成熟した文化の光景。

ここは枕崎の市場だった。生臭さを感じさせない新鮮な魚の匂い、木箱に積まれた野菜、忙しそうに行き交う人々のざわめき。それらすべてが、さっきよりも温かく響く。潮風に混ざる鰹節の香りが、胸の奥に広がった。

待ち人がいるふりをして市場を歩く。

——そのとき、足が止まった。

「あっ……」

目の前には、鰹節売り場の棚。

「新さつま節 800グラム 2600円」「本枯節 L 520グラム 3500円」

値札のついた黒く固い鰹節が、かつて祖母の家で削っていた光景を呼び起こす。

「あっ……」

目の前に置かれた木製の箱を、そっと撫でた。

——響香は、時の流れの中で、確かに自分の立ち位置を感じ始めていた


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