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【旧稿】シリーズ 第4部 台所と世界はかわる (知覧編)  作者: 朧月


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32B

32B

鹿児島空港から北海道へ帰るために飛行機に乗った。席は32A。

1903年、ライト兄弟が初めて飛行機を作ったことから、飛行機の技術は急速に発展した。そして1960年、鹿児島―羽田間が開通し、飛行機はますます身近な存在となった。そんな中、1973年から1974年には、父と一緒に飛行機に乗って知覧へ向かい、その道中や知覧での盆踊り大会が心に残る印象的な経験となった。

1975年からは、ジュニアパイロットの制度を利用して知覧の夏を過ごすことになった。縁側で過ごした時間、読書感想文の本たち。結局、記憶に残る本は『アンネの日記』だけだった。毎年、ひとりで飛行機に乗って知覧を訪れ、その特別な時間が今でも鮮明に思い出される。

初めは父の隣に座っていた。

あの時の父の表情を思い出す。無表情で、特に何かを話していた記憶もない。ただ、隣に座っていただけで、今日、見知らぬ32Bの隣の男性と同じように。

あの時、父は何を考えていたのだろう?

ゆっくりと、自分の中のもやもやを解きほぐしていく。今回、どうしても知覧に行きたかった。でも、あの一瞬の同窓会で十分だった。あとは、時間をかけて、少しずつ整理していけばいい。

結局、今回は特攻隊基地には行かなかった。

幼い頃、何度も訪れたあの場所。

知覧特攻隊基地記念館。

今は変わってしまったのだろうか?ただ、あそこの空気の色は覚えている。飛行機に乗って、片道の燃料のまま、そのまま空に向かった、りりしい軍服のお兄さんたち。九九を覚えたばかりだった私は、額縁に収まった若き軍服の青年の多さに驚いた。文字を覚えたばかりの私が読む最後の手紙。

あの時、ゼロ戦の横で待っていた父の顔も、やっぱり無表情だった。

食卓で、地理を教えることもなく、地名を覚える楽しさを語っていた父は、生き生きとしていた。

「白い紙を出して、日本地図やら世界地図を書いて、地図を見なくても、そっくり書けるようになるんだ。そうなるまで何枚も書くんだ。」

そう言って、自慢していた父は、いきいきとしていた。

「僕は、先生に世界を渡る仕事がしたいって言ったんだ。そう言った時、どうすればそうできるのかわからなかったけど、たまたま、でもお父さんはアルミを売る仕事で、あちこち外国に行けることができた。」

この時も、父は誇りを持って話していた。

母に言わせれば、私は父の目に入れても痛くない、たったひとりの娘らしい。

いつも、優しいまなざしで私を見ていたのだろうけれど、飛行機での父の表情も硬かった。

あの時、まだ出来たばかりの鹿児島空港で、買ったばかりのカメラで写真を一枚ぐらい撮っていたはずなのに、ない。

母の語る父は、特攻隊記念館では私の手を引いているはずだが、ゼロ戦の横で待っていた。

その「どうして?」がわかった時、涙がこぼれてきた。

32Bの隣のおじさんに気づかれたら、なんだ、この人って思われたくないと思い、必死に涙をこらえる。でも、涙腺を止める金具がなくなったみたいで、思い通りにならない。していないコンタクトのせいにでもしようか。

「男は泣くな。」父はそう育ってきたし、自分の弟にも、私の弟にもそれを強く言っていた。

特攻隊記念館の中には、その掟を破ってしまうものがあった。

10歳の時まで、一緒に食卓を囲み、一緒に遊んでくれたそのお兄さんたちの顔を忘れたことはないだろう。特攻隊の宿舎にあふれた若者たちが、幼い父の家でも過ごしていたと聞いている。

「さよならを笑顔で言ったお兄ちゃんの写真を見た再会」それが「男は泣くな」という鹿児島の掟を守る方法だったのだろう。外に戦後の風に当たるゼロ戦の横で、「おばあちゃんと行っておいで」と私を待たせるしか思いつかなかったのだろう。

いつも自信たっぷりで、未来に向かって怖いものなんてないと胸を張っていた、身一つで世界を飛び回った昭和の企業戦士に、そんな繊細な心の引き出しがあったとは思いもよらなかった。

父が生涯見せた一度の大きな涙と、ひとつの小さな涙。それらは、父の心に隠された大きな引き出しのほんの一部だったのだろう。

誰が、この国の開かずの引き出しを埋め込んだのだろうか。

父の「開かずの引き出し」もまた、海の一粒。あの特攻隊記念館だけで、太平洋の一部にすぎない。

悲しみが怒りになり、怒りに変わった時、どうにかなってしまいそうだった。


 


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