【母視点】第一章④:優雅にして策士、皇后陛下ただいま見参
目を開けたとき、私はまず、枕がふわふわすぎて驚いた。
(……あら? 私、死んだんじゃなかったかしら?)
記憶をたどる。車。衝突音。眩しい光。
——そこまでで記憶は途切れていた。
だけど、次に見た天井があまりにも豪華で、正直、私の脳は理解を拒否した。
(え、なにこの宮殿?)
次に気づいたのは、手。
細い。白い。爪が美しい。
これは……いやいやいや、もしかしてこれ、推しのラノベに出てくる皇后様的ポジションなのでは?
え? マジで?
どうしよう、テンション上がってきた。
「……お目覚めになられましたか、皇后陛下」
扉の外から聞こえた声。美声。執事っぽい。
私は深呼吸して、ゆっくりと姿勢を整えた。立ち居振る舞い? 任せて。
こういうときのマナー本、10冊以上読んできた。
「ええ。少し夢を見ていたようだわ」
口調は、自然に“皇后口調”になった。
もはや癖みたいなものだ。ラノベを読みすぎた副作用とも言える。
——とはいえ、私にはわかっていた。
これは、現実だ。異世界だ。そして私は、この世界で皇后として生きることになった。
(……正直、楽しいわね)
* * *
周囲からの反応は、最初は“あたりまえ”のようなものだった。
皇后は贅沢好きで高慢、貴族の婦人たちを束ねる“威圧系マダム”として恐れられていたらしい。
それを聞いた私は——
(なるほど、はいはい。そういうキャラ設定ね。了解了解)
と、あっさり受け入れた。
ラノベあるある。貴族界における女帝ポジション。
これはつまり、「社交界を制する者が、王城を動かす」って展開になるわけね。
「では、私のやるべきことは明確だわ」
私は侍女たちを呼び、情報を集めた。
社交界の構造。家系の序列。貴族婦人のグループ。噂話の流通経路。
人脈マップを頭の中に構築していく。
……正直、日本の弁護士会よりややこしくない。
それに、私はこの手のラノベを山ほど読んでいる。
悪役令嬢モノ、王妃陰謀モノ、宰相との政略結婚未遂モノ、なんでもござれ。
知っている。この世界では、“礼儀と言葉”こそが最大の武器になる。
* * *
それから一週間後、私は貴族婦人たちとの“午後の茶会”に姿を現した。
皇后が突然現れた、ということで一同は静まり返っていた。
そこで、私はにこやかに言った。
「皆様、お集まりいただきありがとう。今日は“お話”をしに来たの。少しだけ、お時間をいただけるかしら?」
その日、王城の社交界は震撼した。
“あの”皇后が、笑顔で人の話を聞いた。
“あの”皇后が、気遣いの言葉を口にした。
“あの”皇后が、誰よりも礼儀正しく、完璧なマナーで紅茶を淹れてみせた。
私はあえて、一人一人に視線を合わせ、
表情、仕草、指先の震えまで観察した。
(この中で“味方になれる人間”は誰か。誰が“宰相派”で、誰が“王家寄り”か)
この場は、“社交”などではない。
私にとっては、完全な法廷だ。
表面は笑顔で、内心は戦場。
私はそのやり方を、かつて弁護士として叩き込まれてきた。
「私、この国の未来のために、できることをしたいの。
争いじゃなくて、協力で、変えていけたら素敵よね」
……その言葉を受け取った貴族たちの表情が、微かに揺れた。
それで十分。今はまだ、“信頼の種”をまく段階。
だが、いずれ——
この王宮の女たちの頂点に、私は立つ。
それが、家族の改革を支える“社交界の柱”としての私の役割だから。