表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/28

【父視点】第一章③:王の沈黙を破る日

カリスティア王国・中央王城。

 白と金の大理石が敷き詰められた広間に、王国会議の出席者たちが集まっていた。


 貴族の威厳を誇る老齢の者から、派閥の秘書官を連れた若き家臣まで。

 彼らはひとつの共通した“認識”を持っていた。


 


——本日の会議も、王はただ座るだけだろう。


 


 彼らにとって、国王とは“飾り”であり、“儀式の演出”にすぎなかった。

 この国を真に動かしてきたのは、宰相ヴォルク・ラインベルグとその一派。


 王は、黙って印を押し、言われた通りに頷いていればよかったのだ。


 


 ——だが、その認識は、今日を境に変わる。


 


 


「陛下、ご入場!」


 


 廷臣の声が響き、私、国王レオン・カリスティア(中身:元国会議員、春野昭一)は広間へ足を踏み入れた。


 真紅のマント、純金の王冠。


 だが、もっとも重く感じるのは、**国の期待も失望もすべて乗せられた“王の椅子”**だった。


 


 一歩、また一歩。


 沈黙の中を進むその足音が、貴族たちの表情を少しずつ曇らせていく。


 


 


「これはこれは……」


 


 中央席の前で、老宰相が笑みをたたえて頭を下げた。


 ヴォルク・ラインベルグ。

 この国の“首相”とも言える存在。笑みの奥に、牙を潜ませる政略家。


 


「長らく静養されていたと伺っておりましたが……本日の会議にご臨席とは。まことに、おめでたい」


 


 その声にこもる皮肉を、私は正面から受け止める。


 


「そなたの忠言には、いつも感謝しているぞ。おかげで、ようやく身体も、そして“心”も整った」


 


「それは何より。やはり、“王たるもの”心身の健やかさこそが何よりの資質でございますからな」


 


「そして、“統治者たるもの”、責任を他人任せにするべきではないとも、再認識した」


 


 ヴォルクの笑みが一瞬、ぴたりと止まる。


 私が“口を開いた”。それだけで、彼にとっては想定外なのだ。


 


(口を開くだけではない。“理解し、判断する”王としての一歩だ)


 


 


「本日は、王として、予算案の再審議を求めたい」


 


「ほう……再審議を。失礼ながら、既に前月、陛下ご自身による裁可が下っておりますが?」


 


「その裁可は“儀礼的なもの”だったと聞いている。私は今、自らの意志で再確認を行い、問題点を見出した」


 


「……なるほど。“ご自身で”予算案をご覧になった、と」


 


 声は穏やか。だが、その実、完全に“侮蔑”だ。


 


「ご多忙な王に、それだけの時間とご理解があるとは——いささか驚きでございます」


 


「それは、私が“王である前に一人の政治家”であったことをご存知なければ、当然かもしれんな」


 


 私がそう言い返すと、周囲の空気が僅かに変わった。


 


「その上で確認したい。

 第七予備戦略部隊への軍事費、五十万ゴールド。宰相殿、この費用の使途を説明願おう」


 


「……ふむ。“第七予備”でございますか。ええ、確かに計上されておりますが、こちらは軍部よりの要請に基づき——」


 


「その要請には“正式な文書”が添えられていなかった。“極秘指定”の印のみ。

 しかも、その押印は、あなたの管理下である“内政宰相局”が発したものと記録されている」


 


 どよめきが、起こった。


 


「さらに、付随する物資の搬入経路、補給ルート、装備品購入先の契約業者……

 すべて実態の確認が取れていない。“帳簿上の数字”でしか存在していない」


 


「……随分とお詳しい。いやはや、陛下がここまで精読されたとは、我々も身が引き締まる思いですな」


 


 ヴォルクは笑っている。だがその目は、完全に“敵を見る目”に変わっていた。


 


「精読だけではない。私はこの予算案を、財政の観点からも、軍の運用の観点からも、明確に“無駄”と判断した。

 したがって、以下の改善案を提案する」


 


 私は王の杖を軽く机に置き、用意しておいた文書を広げる。


 


「第一に、非公開予算の中で“戦略部隊”として計上された三部門を統合し、監査対象とする。

 第二に、“王直属の監査室”を新設し、貴族・軍部双方の金の流れを洗う。

 第三に、それらの再編予算として、既存の式典・贅沢費用を圧縮する」


 


「……“王直属”?」


 


「そうだ。法に反することはない。だが、これまで王が沈黙していたために、存在しなかった機構だ」


 


 


 議場が、静まり返る。


 私は今、宰相とその派閥が守ってきた“利権”に、正面から手を伸ばした。


 王としての“静かな一撃”。


 


「……まことに、ご立派なご提案でございます」


 


 ヴォルクは、かすかに目を伏せた。

 だがその口調は、もはや“上からの皮肉”ではない。


 彼の脳内では、おそらくいま私の“危険性”が分析されているだろう。


 


 ——この王は、口だけではない。理解している。動こうとしている。

 そして、自分たちの“領域”に干渉するつもりだと。


 


「……陛下、もしや近ごろ、どなたか優れた参謀を得られましたか?」


 


 それは遠回しな探りだった。


 


「参謀などおらん。ただ、私はこの国にとって必要なものを考えただけだ」


 


「そうでございますか……では、次回会議までに、こちらでも代替案を用意させていただきましょう」


 


 ヴォルクは深く頭を下げた。


 だがその目は、冷静で、そして警戒に満ちていた。


 


 


* * *


 


 王座に戻ると、私は深く息をついた。


 初戦は終わった。


 言葉だけで終わるなら、ただのパフォーマンス。


 ——だが私は、この言葉の先に“実行”を置く。


 


 この国は腐っている。だが、まだ死んではいない。


 


 ならば、私は王としてこの国を、生きたものに戻す。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ