【父視点】第一章②:王の一手、沈黙の城にて
「王政の回復——それが、我々の第一目標です」
クラウスの言葉に、私はうなずいた。
この国の王政は、すでに形骸化していた。
王は“象徴”として扱われ、実権は老宰相とその派閥に握られている。議会も貴族によって牛耳られ、法案は私益を守るための道具となっている。
「現状、王の命令はどこまで通用する?」
「儀礼上の決裁には反映されますが、実務レベルでは“宰相の承認”が必要とされています」
「王の命令に“承認”が必要とは……民主主義の悪いところと、封建制の悪いところだけを組み合わせたような政体だな」
私は顎に手を当てて考える。
まずは、情報だ。
力なき者に、正義を成すことはできない。
「クラウス。現状の権力構造を、紙に書き出せるか? 役職と人間関係、忠誠の方向、財源の流れまで、可能な限り詳細に」
「畏まりました。三日あれば初期の図をお渡しできます」
「一日だ」
「……承知いたしました」
クラウスはほんの一瞬、眉をひそめたが、すぐに頭を下げた。
信頼できる。彼は、できる男だ。
「我々がこの国を動かすには、まず“信頼できる人材”を集める必要がある。どれだけ理想を語っても、実務を担う者がいなければ話にならん」
「現時点で、完全に“陛下に忠誠を誓っている者”は私ひとりかと」
「それで十分だ。だが、今後の採用基準は二つ。“利ではなく理に従う者”、そして“庶民の目線を持つ者”だ」
「貴族の多くは、そのどちらにも該当しませんが……」
「だからこそだ。“変化”を起こすには、既存の勢力に頼ってはならない。
……クラウス、王命として第一の命令を出す。“情報収集部門の創設”だ。」
「情報部門、ですか」
「そうだ。名前は……そうだな、“内政監察室”とでもしよう。表向きは文書整理と報告管理、実際は……国王直属の調査機関だ」
「宰相派閥の監視……いえ、それだけではありませんね」
「全てを調べる。誰が、どこで、何をしているか。そして、何を考えているか。
知ることが力だ。知ることが、正義を守る唯一の武器だ。」
* * *
部屋の片隅には、かつて“王の机”と呼ばれていたであろう立派な執務机がある。
だが、その上には書類の山と、未開封の封筒、乱雑な印章が散らばっていた。
「……王の“仕事”すら、まともに与えられていなかったか」
王冠をかぶっているだけの人形。
“前任の王”は、無能というより、従順だったのだろう。
ならば私は、違う。
「クラウス、三つ目の指示だ。明日の朝、王命として“緊急王国会議”の招集をかける。
名目は“予算案の再審議”、だが、実際には**“権限回復の布石”**とする」
「……敵が動きます。危険です」
「わかっている。しかし、ここで動かねば、一歩も前に進まん。
今の王は、**“自ら語る王”**であると、彼らに知らしめる必要がある」
* * *
日が暮れたころ、クラウスが去ったあとの部屋で、一人、私は呟いた。
「……この世界でも、“理想”は理想のまま終わるのかもしれん」
だが——
「それでも、私はやる。……この手に、権力がある限り」